◇19 お迎え
「セブー!!」
私が咄嗟に声を上げたら、熊の耳がピクリとこちらを向いて、黒いお目めもこちらを見た気がするけれど、ドラゴンまでもがこちらを向いた。
「あ、ご、ごめんっ」
ドラゴンの気を引いてしまったことに謝罪をする。
「ご主人様は悪くないよ。オレ、引き付けてくる」
レオが飛び出す。
でも、結界……! 結界から出てる!
「あわわっ! シン! レオの援護して!」
「え? 嫌です。ご主人様はどうするのですか」
「私、回復する能力あるって話だったでしょ!? 大丈夫! セブの近くに降ろしてくれれば行くから!」
「……」
キッパリと拒むシンは不機嫌な顔をした。でも説得すると、少し悩んだ様子。
レオは、光魔法に適性がない。戦いながら動き回れば、それだけ空気中の瘴気も吸い込んでしまう。それを避けるために、瘴気を防げる結界が使えるシンに援護をしてほしい。
神様の眷属である私なら、きっと瘴気には負けない。
「……すぐに終えますので、セブを頼みます」
タン、と地面を蹴ると、横たわる熊のそばに降り立つシンは私を置いた。
「セブ。ご主人様を頼みますよ」
「……」
セブに一言だけを告げると、シンは素早く移動してレオの援護に向かう。
「セブ、起きれない? 怪我したの?」
「……幻聴……」
てくてくっとセブの元まで歩み寄って声をかけると、ボソリと何か呟いた。
大きな黒い熊は、顔を伏せてしまい、こちらを見ようとしない。
「今更何の用だ……。オレ達を見捨てたくせに……いや、捨てられたのはオレだけか? フン。オレはほっておけ。どうせこの世界の嫌われ者らしい。お前に捨てられたんだ……もう生きる意味なんてない……」
落ち込んだ様子の熊は目を凝らしてみれば、黒い毛並みでよく見えないだけで瘴気が集まっていて覆っていた。
生きる気力も失ったセブ。ただでさえ、気弱な性格なのに、瘴気で精神汚染が始まっているんだ。
ツキン、と胸が締め付けられる。
セブも最後のログインから時間が経ち過ぎて、捨てられたと思っている。その上、異世界で迫害を受けると言う仕打ちを受けて、傷つかないわけがない。
何も悪くないのに。セブは何も悪いことをしていないのに。
目頭が熱くなり、涙が込み上がってくる。
「捨ててないよ! 会えなかったのは、ごめん! 忙しいを理由に会えなくてごめん! ごめんね!」
ボフンと金箔の煙を撒き散らして、人の姿になった私は叫ぶように言い募る。
癒しの効果があるのなら、どうかセブを癒して、と祈りながら背中の翼で包み込む。
「これからは一緒だから」
そして両腕で熊の頭を抱えるように抱き締めた。
抱き締められたセブは、涙を零したのか、ポロポロと光が反射する雫を落とす。金色の翼は仄かに光っている。癒しの効果を発揮しているのだと思う。
背後では壮絶な戦いをしているであろう音が響いているけれど、私は私でこっちに集中しようと振り返らなかった。正直、恐竜映画で聞いたことのある恐竜の叫び声にはビビッてしまうけれど、レオとシンの二人なら倒せると信じて待つ。
セブはグスングスンと鼻を啜り、私にしがみついている。
よしよし。ごわごわしてしまっているもふもふを撫でて、あやした。
大きな熊の獣人のセブは、気弱な性格だ。ネガティブなのである。その割にはツンツンと突っぱねる言動をするし、そのあとしっかり反省して落ち込む。ツンしゅん属性。
可愛い奴め、と思って愛でていたっけ。だって、低いイケボでツンしゅんするんだよ……愛でたくなるじゃないか。もふもふしまくって励ましたよ。
瘴気は取り除けたかな……? 背中を撫でて黒いモヤがないことを手探りで確認する。
「セブ、落ち着いた? 私よくわからないけれど、瘴気は取り除けたかな? 自分で確認、出来る?」
優しく声をかけると頷いた熊は、のっそりと起き上がった。
おっきいなぁ……真っ黒熊さん。同じく地面に座り込んでても、のっぽである。座高、高い。
ボフンと白い煙を撒き散らして、変化。真っ黒い髪と褐色の肌のイケメンが現れる。しかし、頭の上にはキュートな熊耳。そして黒の背広は少し、いや、だいぶ汚れてしまっている。かっこいい衣装だったのだけれどね。
「……怪我も瘴気もない……」
ボソリ。イケボで報告してくれるセブは、黒い瞳に涙を貯めたままだ。
「よかった」と微笑んで、目尻の涙を拭ってあげると、うっとりした表情で見つめてきた。
「……ずっと一緒か? ご主人様……」
「え? あー、うん。ずっと一緒だよ。この世界でね」
「……この世界……」
“この世界の嫌われ者”と言ったから、迫害対象だと理解しているのだろう。セブは沈んだ声を零す。
そこで、ドスンと重たい物が落ちる音がしたので振り返ると、ドラゴンが倒れていた。もちろん、二人は立っていて無事の様子だ。
そんな私の髪を、セブは取る。
「髪色が違う」
「あ、うん。私、転生したの。神様の眷属として。だから顔は似ているけれど、髪色とか目の色とか、身長とか違うの」
ブルネットだった髪は、今や金色の髪色だ。正直、キラキラしていて、まだ慣れていない。
「転生…………死……?」
転生したのなら、その前に死んだということになる。それを言いたかったのだろうけれど、あまりのショックに言えなさそうに顔を青褪めさせるセブ。苦笑してしまう。
「うん。だから、私はこの世界に異世界転生したの。そしたらイレギュラーでレオとシンとそしてセブも来ちゃったんだって。この世界は、黒い毛並みの生き物を差別する傾向にあるから、セブは生きづらいと思う……」
私はセブの手を両手で包んだ。
「でも、私は神様の眷属として崇められている対象だから、一緒にいればきっと大丈夫だよ! 私がセブを守るよ! 大丈夫だからね! ご主人様に任せて!」
「ご主人様……」
ふんすふんすと気合いを入れる私を見て、セブは目をウルウルさせた。
任せて! ぴよこ姿ってだけで、きっとセブを守れるから!!
「流石ご主人様ぁ! 頼りになるねー!」
「わわっ!」
後ろからレオに抱き締められた。
「レオ! ズルいですよ! 僕だって抱き締めたいのですから早く退いてください!」
「だめー、オレ瘴気吸ったから、ご主人様に浄化してもらうー」
「ええ!? 大丈夫!?」
「ムムムッ!!」
慌ててレオの瘴気も取り除こうと、向きを変えさせてもらって、正面から抱き締めて翼で包み込む。
シンは、地団駄踏んだ。
レオはゴロゴロと頬擦りをしては、深呼吸をした。
「あー呼吸が楽になってきたぁ、ナノカご主人様の匂い~」
「に、匂いは吸わなくていいから!」
旅でお風呂に入っていないんだから、匂いは嗅がないでぇ~!
「……お前達、ずっとご主人様と一緒だったのか?」
見てみれば、ジト目のセブがいた。
「僕は二日目に合流しましたが、レオはずっとご主人様といましたよ」
「あ! シン、卑怯!」
シン、レオにヘイトが集まる言い方……。
「へぇー、フーン……オレはずっと一人だったのに……お前達はずっとご主人様といたのか。フーン……」
結局、セブはシンも一緒にレオ達に責めるジト目を向け続けた。
「げっ、出たよ。セブのめんどくさいヤツ!」
そう言えば、セブのこういう嫉妬をレオが嫌がるエピソードあったなぁ、と思い出す。
「いいじゃんいいじゃん! ご主人様はずっとお前のこと心配してたんだからな! 慣れない旅も頑張ったんだからな! ズルいぞ! 心配かけやがって!」
レオは、プンスカと抗議した。後ろでライオン尻尾が振り回されている。
「そうですよ。心配をかけたのです。謝罪とお礼は言いましたか? ご主人様はか弱いぴよこの姿で旅をしたのです。感謝しなさい」
シンも、お叱りモード。
「お前らはいいよな!? 黒い毛並みじゃないから迫害されなくて!!」
セブはセブで、逆切れモード。
「それもちゃんとご主人様が怒ってくれたからね! 雷まで落として激怒したんだから! あの街の住人は、みんな震え上がっていたよ!」
「!?」
レオ……そんな話をしないでほしい……。雷を落としたのは、無意識なんだよぉ。
「オレのために……怒ってくれたのか?」
ぱぁああっと黒曜石の瞳を輝かせるセブ。
「だって、セブは何も悪いことしてないでしょ? 理不尽すぎて……セブが可哀想で。ごめんね、もっと早く迎えに来れなくて」
「ご主人様が謝ることではありません。何も悪くありませんよ? ちゃんと迎えに来たではありませんか。許しなさい、セブ」
「シン……」
許しを強要しないで……シン。
私の謝罪が気に入らないようで、刺々しいシンはレオを退かそうと押している。レオは私を放さまいと抱き締めた。ぐえ。締まる。
「……ご主人様が慰めてくれるなら、大丈夫」
私の右手を持つと、スリッと頬擦りをしたセブ。
「小さい手……。これからは、ずっと一緒なんだな」
うっとりと恍惚とした表情をしたセブの黒い瞳の中に、どろりとした感情が見えて、ぞわりと悪寒に襲われた。
セブ……お前もか……!!
2024/08/14




