◇18 瘴気の谷へ追放
恐怖の沼地も越えた。恐ろしいテリトリーだった……。
そこに夏の鳴き虫もいたら、私は大泣きしていたと思う。怖いよ、セミ。道路に落ちているだけでビクリと恐怖で震え上がるんだ……足が閉じていようとも開いていようとも、怖い。鳴きながら道路をのたうち回る光景なんて見たなら、号泣する。ヒン、怖い。
もふもふセラピーする。イケもふ、素敵。
せっせとレオとシンにあれやこれやとお世話されてしまい、心苦しい私はせめて飛べるようになろうと羽ばたきの練習をする。
…………なるほど、飛べぬ!!
ならば、と次は人化しようと、ぐぬぬと呻く。
思い出せ! あの羞恥心が爆発するような過剰スキンシップを受けた時の感覚を!! ぐぬぬ!!
……だめだ。もう忘れてしまったよ、そんな昔の感覚。
いっそ、また過剰スキンシップを頼もうかと思ったけれど、それは最終手段だ。ホントに変身が必要に迫られた時の最終手段である。過剰スキンシップをしてと頼んだ時の彼らの反応が、ある意味怖い。
やめて、イケメンの過剰摂取は……。
そんなこんなで予定より一日遅れて、最果ての街、『ドムスガンド』に到着した。
最初の街よりも物々しい分厚く高い壁に囲まれた街の門番の反応からして不信だった。
私の姿を見るなり、青褪めてしまい、低姿勢で案内をされたのだ。
少し待たされたところで、ゾロゾロと大人数がやってきて、そしてひれ伏した。
「「「申し訳ございません!! 神様の眷属様!!!」」」
嫌な予感が冷たく胸を射抜く。
「……なんの謝罪ですか」
シンに抱えられたまま、私は無意識に冷たい声を放つ。
この場にいないセブの無事を祈るけれど、果たして、総出の謝罪の意味はなんだ?
心構えをして、話を聞くことにした。
代表して懺悔したのは、この街を治めている辺境伯爵だ。可哀想なほど震えているけれど、同情は出来ない。
五日前のこと。純黒の熊の獣人は、門番に助けを求めた。しかし、あまりにも黒い毛並みのその獣人を、門番だけではなく目撃した住人も受け入れなかった。
何を言われようとも石を投げた。魔法攻撃をして遠ざけようとした。
それでも近辺をうろついている報告を受けて、捕らえた。
そして、存在そのものを悪だと断罪し、瘴気が立ち込む谷へ追放したという。
そのあとに、伝令が届き、黒の熊の獣人は神様の眷属の僕だと知り、慌てて保護に向かったそうだ。しかし、追い込んだっきり。その獣人が出てきた形跡はないという。捜索はしたが、瘴気という毒が立ち込むそこには長くいられないと断念した。
神様の眷属の僕を追い込んでしまった大罪を許しほしい。そう懺悔したのだ。
ピカッと晴天の空が光り、ピシャン! と雷鳴が轟く。ひれ伏した住民達から、悲鳴が上がる。
「あの子が……何をしたというのですか」
ゴロゴロと雷がぐずる音が遠くで鳴っていると思いつつも、私は口を開く。
「偏見で嫌悪するのは勝手ですが、何もしてないあの子を迫害して、石を投げたのは何故ですか!? あの子は牙を向けましたか!? 害を与えましたか!? 悪だと決めつければ、手を上げてもいいと思っているのですか!? 自分だったら、そんな仕打ちを許せますか!?」
ドン!! と爆発するような落雷が落ちた。
「あなた達が謝るのは私ではないです!! ちゃんとあの子に謝ってください!!」
私に懺悔は不要だ。謝罪をする相手は、なんの罪もなかったあの子である。
「迎えに行こう、シン、レオ」
「「はい、ご主人様」」
シンとレオは、踵を返してくれた。
バチバチ。なんか身近からそんな音が聞こえてくる。
バチバチ。どこからするのかと思えば、私の金色の羽毛が膨れ上がっていて、静電気みたいになっていた。
「なんかバチバチする!」
「あれ、気付いてなかったの? ご主人様、ずっとバチバチ放電してたよ?」
「雷も落としましたよ」
「私の仕業なのアレ!?」
自然発生とか思ったよ!! 私、雷落としデビューしちゃったのか……!
キョトンとしたあとに笑った二人は、バチバチする私の羽毛を撫でつけた。
「……誰にも落ちてないよね?」
「大丈夫、地面を抉っただけだよ」
地面、抉ったのか……。
どうりでみんなガタガタと震えていたわけだ。神の怒りの表れの雷に震え上がったのだろう。
「さて、瘴気の谷に行きますが……光魔法の結界で身を守りつつ、進めるでしょうか? 光魔法で退けられるタイプの瘴気ならば、セブも中で生存しているはずです。セブは回復魔法が使えたはずですよね?」
「うん、光魔法の治癒が使えるよ」
レオは光魔法の適性はないけれど、シンもセブも適性がある。シンは結界もそうだけれど、HPを回復させる治癒も使えるし、セブの方は全回復とはいかないがちゃんと治癒の魔法が使えるのだ。
それで瘴気のダメージを回復しているなら、瘴気に満ちている谷でも生き延びているはずだと推測した。
猶予は一刻を争う。
獣化して全力疾走してもらった瘴気の谷。
曇ってもいないのに、薄暗い枯れた森の先。
「入る前から息苦しいね。死臭が臭いし」
「鼻が利きづらいでしょうね。結界を張ります」
レオが息苦しいと言うが、私はあまり感じない。シンはうっすらと白いベールの結界を張った。
灰色の岩だらけの道を進み、たまにレオがしゃがんで地面とにらめっこをする。「多分こっち」と進む方向を指差すから、セブの追跡をしてくれているのだろう。
「おっと!」
ワニのような図体だけれど、どっしりした足が長い黒い魔物の襲撃を受けたけれど、危なげなくレオは雷魔法で貫いて仕留めた。そんなワニ魔物から、明らかに雷魔法の感電で焦げたわけではない黒いモヤが漏れ出している。
「あれが瘴気かな?」
「恐らく。そして空気中にも微量ながら蔓延しているのでしょう。奥に連れて濃くなるかもしれませんね」
「この谷、一番強いのは黒いドラゴンらしいよ。推定レベルは150オーバー。オレ達より強いかもって話だよ」
「それは困りましたね。レオ一人では苦戦するかもしれません」
「ご主人様を避難させられれば、二人で瞬殺出来ると思うんだけどね」
「な、なんか足手まといでごめん……」
「そんなことないよ、ご主人様」「そんなことありません、ご主人様」
二人で協力すれば、ここのエリアボスを瞬殺出来るって話はとんでもないな、と思いつつも、私の安全を懸念しているとわかってしょんもりしてしまう。二人はキッパリと否定。
「ご主人様が一緒にいないなんて選択肢はそもそもないからね」
「そうです。あんな自己中で身勝手な街に置いておけませんし、かと言ってその辺にお一人にも出来ませんから。そばにいて守らせてください」
「大丈夫、ドラゴンが出てきても負けないから」
私に顔を見せて、にっこりと笑って見せるレオとシン。
この二人がついているなら、守り抜いてもらえると信じられた。
すると、そこで怪獣のような叫びが地鳴りを起こすように轟く。
噂をすれば影が差す。十中八九、ドラゴンの叫びだろう。
「ご主人様。もしかしたら、セブが戦ってるかも」
「! 行ってみよう!」
レオが予想を口にするから、私は行く許可を出す。
そうして、駆けつけると――――見付けた。
黒い鱗に覆われただけではなく、黒いモヤもまとうドラゴン。大きな馬車を三台並べても足りなさそうなほど大きい巨体の先にいたのは、傷ついて横たわる真っ黒な熊だった。
2024/08/13




