◆17 シン/ご主人様の苦手
レオの判断で、最短ルートを諦めて別ルートで進むことになった際、ナノカご主人様に触れているだけで癒し効果をもらっていることが発覚した。
可愛いから癒される、という方の癒しではなく、怪我や疲労の癒しの方である。
慣れない旅の一日目の夜も、すんなり疲れが取れたのは、獣人故の強硬な身体のおかげかと思ったが、ご主人様のおかげでもあったらしい。なるほど。
二つの翼を広げて「抱っこ!」とせがむ姿は、可愛さで癒されてしまう。
仕方なく、本当に仕方なく、今だけはレオに譲ってあげることにした。レオは両手に抱えて頬擦りをする。
しかし……。今のところ、最初の街の『マローネ』の住人と神殿の者は、保護とかこつけて閉じ込めてはこなかったが、神様と同様の力を持っている神様の眷属であるご主人様は、悪党に利用されかねない。
癒しの効果があるご主人様の綺麗な金色の羽根が、むしり取られる……。
それを想像しただけで、まだ見ぬ悪党どもに殺意が湧く。
「シ、シン? 怖い顔してるよ……?」
レオに頬擦り攻撃をひたすら受けているナノカご主人様から、戸惑いの声がかけられたので、ニコリと笑みを取り繕っておく。
「なんでもありませんよ」
大丈夫。僕達が守ればいい。利用するような悪党を蹴散らそう。
また殺意が零れてしまったのか、ご主人様はぴよこの身体をぶるりと震わせた。
沼地までレオがご主人様を運ぶことで話をつけて、獣化で駆けて移動。この場合、レオの鬣に必死に捕まるご主人様の体力が心配だ。走ったあとは、一番疲れていらっしゃる。しかし、時間的に沼地を手早く抜けないと、沼地の中で一夜を過ごさなければいけなくなるので、ご主人様には悪いが耐えてもらった。
沼地が見えてきて、半獣人化に戻る。レオからご主人様を受け取り、肩に留まってもらった。
沼地に入る前からゲコゲコとカエルの鳴き声が響く。これは間違いなく、カエル型の魔物が繁殖しているに違いない。すぐに対処出来るよう、レオ同様に両手を開けておいた。
その時、ご主人様が強張っていることに、不覚にも気付かなかったのである。
「ゲロックって名のカエル型の魔物の繁殖期らしいよ。雷魔法で襲ってくるのは処理して、なんとか埋めようか」
そう提案したレオの言葉に反応して、肩のご主人様がビクッと震えた。
「ご主人様?」と声をかけるタイミングで、そのゲロックが飛び出してくるので、レオが雷魔法で射抜く。中型犬サイズの大カエルの姿の魔物は青白い。騒ぎを聞きつけたのか、魔物らしく襲撃に来る音が近付いてきた。
ググッ。
ご主人様の顔が、僕の頬に押し付けられた。
「ご主人様?」と、また声をかける。
すると「グスン」と鼻を啜る音が耳に届いた。
「ナノカご主人様!? どうかしたのですか!?」
泣いている!?
慌てて、肩から持ち上げて顔が見えるように目の前に移動させる。
しょんぼりとした泣きべそかいた表情のぴよこは。
「……かえる……こわいぃ……」
と、か細い声で訴えた。
カエルに怯えて泣いている……!!
雷を身に受けたように衝撃を受けた僕とレオは、急いでゲロックの駆除を始めた。
「すぐいないいないするからね!! オレが仕留めるから、シンは埋めて!!」
「はい! 大丈夫ですよ、ご主人様! すぐに視界に入らなくしてみせますから!!」
押し寄せるゲロックの群れに、バリバリと轟く雷魔法を放つ。
僕は地魔法でどんどん穴を作っては埋めて、片腕でしっかりご主人様を抱き締めた。カタカタと震えながら、ぐすんぐすんと泣いているご主人様は僕の胸に顔を押し付けている。濡れていると感じるから、涙も流しているのだろう。焦燥に駆られながら、カエル駆除をしつつ沼地を進んだ。
大仕事に汗が垂れる。しかし休憩している間も惜しい。
沼地を抜けた森の中は、ようやくカエルの鳴き声も聞こえなくなっていた。
「ご主人様! もういないよ! ごめんね? カエル、苦手だったんだね?」
「ううぅ」
レオが覗き込めば、僕の胸から顔を上げたご主人様は、水色の瞳からポロポロと涙を零す。
「もう大丈夫です。いないですからね、よしよし」
ただでさえカエルが苦手なのに、それが魔物、しかも群れで迫っては恐怖でしかないだろう。
相当怖かったであろうご主人様の背中を、二人で必死に撫でてあやした。
「二人とも、お疲れ様……ありがとう」
沼地から少しでも離れようと歩いていれば、落ち着いたらしいご主人様から労いをもらう。
「いいんだよ、ナノカ様。他には何が苦手? 蛇とか? 蜥蜴は? ご主人様の苦手な物、聞かせて」
「うーん……蛇と蜥蜴は平気、かな。魔物だとわからないけれど。カマキリは平気だけれど、飛んでくる虫は苦手なの……バッタとかセミとか。あと、ゴキは無理」
「僕も虫は苦手です、お揃いですね」
「そっかぁ……なんでカマキリは平気なの?」
「……カマが、かっこいいから?」
こてんと不思議そうに首を傾げるぴよこなご主人様。可愛い……!
「もふもふは大好き」
緩んだ顔を見せてくれるから、僕達も口元が緩む。
僕達のことですね! わかります!
ずいぶん沼地から離れられたので、今日の野営場所を決めて、夕食作りに取り掛かる。
「苦手な食べ物はなんですか? 辛い物が苦手だとは知っていますが、他にもありますか?」
ご主人様はまだカエルショックから完全に立ち直ったわけじゃないとわかっていたので、レオと一緒にテーブルの上に置いたご主人様と話しながら、作業をした。
「えっとね……生魚があんまり得意じゃない。あと、ナスとレバーが食わず嫌い」
ぺしょぺしょした表情でご主人様は答える。どうしてそんな顔をするのかと見つめていれば。
「前にね、親にこっそりみじん切りにしたナスを料理に入れられて、知らずに食べさせられたことがあるの」
「え、酷いね……嫌いだって知ってたのに?」
「うん、そう……。その時は食べるのは平気だったけれど、あとからネタバラシされて、嫌な気持ちになった」
しょんぼりと沈んだ声で答えたご主人様。顔も俯いている。
「なんて酷い……」
それはご主人様を傷つけたと言うことではないか。
克服させるためかもしれないが、そんな騙し討ちでは、ご主人様の信頼を踏みにじっただけだ。
見知らぬご主人様の親に怒りが湧いた。
「オレ達は無理矢理嫌なものを食べさせたりしないからね! ご主人様の嫌なもの苦手なもの、もっと教えて! 気を付けるから!」
レオが言う通りだと、横でうんうんと頷く。
僕達は、ご主人様を傷つけたりはしない。もうそんな親の元に帰しはしない。
「ありがとう……レオ、シン」
ホッとしたように柔らかく水色の瞳を細めたご主人様に、ほっこりした気持ちになった。
「それにしても、ご主人様のことをもっと知ることが出来て、本当に嬉しいです。ご主人様が好きな物も、もっと教えてくださいね」
ニコリと笑いかけて、夕食を一緒に食べる。
ご主人様の信頼を踏みにじるような真似なんてしない。好きな物だけを与えるし、害ある物は全て退けてみせる。
僕達の大事な大事なご主人様。
泣いたとしても、涙を拭えます。抱き締められます。
だから、安心して腕の中にいてくださいね。
2024/08/12




