◇13 優先順位
あの白髭を蓄えた高貴なおじいちゃんって感じの老人は、神殿の最高責任者である神官長に、シンが上手いこと言って神様語りをさせた。
恭しくこうべを垂れた神官長は、語る。
神、トルトアウェス様について。
かの神は、創造神。この世界を創りし神。
その姿は、美しい金色の翼を持つ巨鳥。
黄金のように爛々と輝くようで、太陽の日差しのように燦々と輝く羽根が集まった翼。羽根一つには、瀕死の病人も怪我人も治癒する癒しの力がある。そして、羽ばたきは邪悪な瘴気も払い除ける。
瞳はこの世界の空の色。空の支配者でもある。
神の怒りに触れれば、六つの翼は嵐を巻き起こす。何もかも破壊するような大嵐。そして何もかも吹き飛ばす。貫く雷鳴は、神の怒号。
神官長は、長々と神様の逸話を語る。疫病が流行り、人々が倒れた時に、金色の羽根を降らせて癒した、とか。悪党が蔓延る街ごと、嵐が襲い、雷が落ちた跡だけを残して吹き飛ばされた、とか。
神様の仕業であろう逸話は出るわ出る。
それを聞きつつも、ギルドマスターがレオの雷魔法が私という神様の眷属様の僕だからという理由に納得した訳がわかった。神の怒りの象徴のような雷だからこそ。特化していても不思議ではないと思われたのだろう。
私と違って飛べるのね、神様。まぁ、私は四つの翼持ちのぴよこですけど。……翼が四つもあるのに、飛べないって相当じゃない!? 飛ぶ練習しよ……。
「もう十分です」
異世界のいの字も出てこないから、私達の異世界転生の情報が入らないと悟ったシンが神様語りを止めた。
「「ありがとうございました」」と、私とレオは聞かせてくれたお礼を伝える。
神官長は推し語りをしたオタクの如く、つやつやホクホク顔で退室した。
入れ違いに、ギルドマスターが入室。
「おかげさまで、レッドワイバーンの被害はゼロでございます。誠にありがとうございました!」
キビキビ動いて、身体を曲げて頭を下げた。
「ちなみに、シンが対処してなかった場合の予想被害はどれくらいですか?」
「……レッドワイバーンと戦える推奨レベルは80オーバー……かつ飛行タイプの魔物と戦えることを前提で、冒険者を集めて対処しても、あれほど近付かれては被害は免れなかったでしょう。火事も引き起こされて、死傷者は出ていたはずです」
後学のためにも、レッドワイバーンの脅威を聞いたところ、思ったより非常事態だと伝わる。
シンも飛行タイプの魔物は滅多に来ないとか言っていたし、慣れている冒険者に対応させるのも時間がかかっただろうから、その間に被害が出ていたに違いない。そうすると、被害ゼロって奇跡的なのかも。
「シン、よくやったね。ありがとう」と、改めて労う。
「いえいえ、それほどでも」と、顔を綻ばせるシン。
「オレだって一発で仕留められるし」と、膨れっ面をするレオがいた。レオならやりかねない。
ギルドマスターは、本日レオが換金した魔物素材のお金を届けるのと、シンの冒険者登録カードを渡すため。夕食前に頼んでおいたのだ。シンも冒険者カードを持っておくべきである。なんと言っても身分証になるのだから。今回はレッドワイバーンをギルドマスターの前で仕留めて見せたことが優位に働いたため、冒険者の登録が可能となった。これでシンも、この世界の冒険者である。
「我が主の僕は、まだいます。その情報を買いますので、探してもらえませんか?」
そうシンは、情報を求めて交渉を始めた。
「は! なんなりとお申し付けください!」
熱狂信者なギルドマスターは、やる気に満ちた顔で引き受けてくれる。
「熊の獣人で名は【セブ】です。特徴は純黒の毛並みと黒い瞳。半獣人の姿は、大柄で褐色の肌をした青年です」
そこまでシンが情報を提示すると、ギルドマスターの顔が強張った。深刻そうに考え込む素振りをするものだから、シンも気付いて一度止まる。
「どうかしましたか?」と、私が声をかけた。
「いえ……その、確認なのですが、その熊の獣人は、神様の眷属様の僕で間違いないのですね?」
「はい、私のペットです」
開き直ってペット発言をしておく。
「そうですか」と一つ納得した様子で頷くと、ギルドマスターは改まって向き直る。
「至急、見つけ出さないと、その獣人の身が危ないでしょう」
「「「!」」」
まさかの問題が浮上した。
「黒い毛並みの獣は、忌避の対象です。暗い焦げ茶や、黒に近い灰色の毛並みですら、差別されると聞き及んでいます。……ハッキリ言いましょう。運が悪ければ、討伐されかねません」
顔色悪く、ギルドマスターは告げる。
まさかの差別対象。黒に近い毛並みというだけでも差別されるなんて、真っ黒な毛並みのセブは危なすぎる。そして、ハッキリと告げられた“討伐されかねない”事実に、血の気が引いた。
私とシンは崇められる対象なのに、セブは真逆なんて……。
「すぐさま各冒険者ギルドや周辺の街に、伝令を送ります! “神様の眷属様の僕である”ことを伝えた上で保護させます!」
ギルドマスターは気休めの言葉を言うことなく、頭を深々下げると飛び出していった。
「大丈夫ですよ、ナノカ様。この世界の基準ならば、そう簡単に討伐されませんから」
「そうだよ、セブも強いから、大丈夫」
「……うん」
シンが背中を撫でてきて、レオも声をかけてくれる。でも心配だから、私はしょぼくれた。
そのあとは、適当に神官を捕まえて、黒の獣が忌避されている理由を聞き出した。
なんてことない。瘴気にまみれた魔物が、黒い毛並みだからという理由らしい。瘴気に満ちた谷に住まうドラゴンも真っ黒なんだとか。それが恐れの始まりで、獣人の王国では黒に近い毛並みの獣人は差別を受けるほどのことなのだという。
黒の獣は、総じて悪の存在だと虐げられる。
そういうことを聞くのは、悲しくなる。
焦っていてもしょうがないと、夜になったから就寝することになった。場所は、シンが神殿から与えられた部屋。シンはレオには別の部屋を与えようとしたけれど、レオが「一緒がいいに決まっている!」と駄々をこねるため、同じベッドで寝ることに。
大きなベッドに、私を挟んで横たわる。焦ってもセブの情報が何もない今、身動きも出来ないけれど、心配なものは心配だ。
うとうとと睡魔に襲われて一度は眠りに落ちるけれど、それがあまりにも浅すぎてすぐに目を覚ます。その繰り返し。その度、レオかシン、または両方の手が伸びてきて、背中を撫でられた。
全然寝た気がしない一晩を過ごす羽目になったや。夢の中でも仕事に追われた時よりも気分最悪な起床である。
そんな朝を迎えると、進展が起きた。
神官長が夢の中で神トルトアウェス様に会い、私達に祈りの場に来てほしいと伝言を頼まれたという。
本当は私の夢に現れたかったらしいが、夢が安定しなかったために無理だったらしい。なんか、不眠気味ですみません。でも神官長は、夢でも神様に会えたことに感涙していた。
神殿に滞在したおかげか、神様から接触してくれるとは。セブ捜索を優先したいところだけれど、異世界転生の理由をハッキリさせるためにも行こう。
としたけれど、シンに「先ずは朝食です」と止められた。
「少しでもいいので、食べてください」
レッドワイバーンの煮込みスープとホカホカの焼き立てパンをちまちまと食べさせられた。
レオが「オレが食べさせたい」と言うも「だめです」とシンはキッパリと断り、私の給餌を続ける。
レオは膨れっ面をしたあと、やけ食いのようにスープを口いっぱいにかき込んだ。
「それにしても、神様は何の用だろうね」
「変な要求をされないといいですが」
罰当たりだよ……シン。
でも、確かにそう。今優先したいのは、セブだ。ギルドマスターの伝令が行き渡って、保護されているといいのだけれど……。セブを捜したいのに、何か頼まれては困る。
あの悪を倒して~、とか。この国を救って~、とか。神様の呼び出しあるある。
「話だけで済むといいね。今日はすぐにセブを迎えに行けるように色々買い揃えないと。ご主人様、靴買おう。人に変身する度に素足だと怪我しちゃうかも」
「それはいけませんね。ご主人様の靴を最優先で購入しましょう」
「優先順位おかしい……」
昨日、寝る前にお風呂に入れてもらった。女性の神官がやると買って出てくれたのに、シンとレオが一蹴。曰く「ご主人様をお世話するのは自分達だ!」とのこと。
どうせぴよこ姿だし、と私は獣耳を生やしたイケメン二人に、もこもこの泡だらけになるまで洗われた。
レオもシンも、交替で入浴を済ませて、それからは寝巻用の白いズボンとシャツ姿。
「マジックバッグ買ってぇ、ご主人様に似合う服を買ってぇ」
「自分の服も忘れないでね」
「うん! ナノカ様の服を買ってからね」
「旅用の動きやすい服と、街を出歩くお洒落な服と……」
「自分の服も忘れないでね」
「大丈夫ですよ。ナノカ様の服を買ってからです」
優先順位、おかしいって。
変身時の服事情はよくわからないけれど、私は大半がぴよこ姿だよ。
2024/08/08




