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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第十七章「赤錆色の襲来」
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第54話 因縁の対決

 風雲急を告げる事態に、抱水と部下たる青年は急ぎ情報交換をおこなっていた。


『詳しく話せ!』


「は。先見の報告によれば、成体の虎型の蟲獣。群れは郷南(ごうなん)の方角から北上中とのこと。到達までの予想時刻はおおよそ一刻(二時間)……!」


『一刻だと……! よりにもよって、然様な大型の蟲獣の群れへ対処するのに、一刻しか猶予がないというのか……!』


 茫然としかけるものの、すぐに歯噛みし、抱水は片腕を振るう。


『っ、民に家から出ぬよう、通達を! 水門を閉じ、また兵士らにも急ぎ城壁にて守りを固めるよう伝えるのだ!』


「は!」


『私は――……』


 抱水は自身の手を、扇を見た。やはり歯噛みしつつ背を伸ばし直す。


懶漢(ランハン)のもとに行く』


「っ、抱水(ほうすい)様!?」


『血が必要なのだ。それも契約者の血がな。あやつが持っているので最後だ』


 抱水は目を伏せる。一方で賤竜たちを顎でしゃくるなり、続けた。


『こやつらが瑟郎を保護してくれていると言う。故に、あの男への奉仕は終わりだ。……カタを付けてくる。娘らも解放してやりたい』


「抱水様……」


『私が不甲斐ないせいで忍従の日々を送らせてしまったが、これまでだ。……責任は取るつもりだ。だが今は少しでも力を取り戻すのが先だ』


「……お供いたします」


 (かしず)く青年を見下ろし、抱水は瞳を揺らす。『うむ』と小さく頷くなりきびすを返し、その場を後にしようとした。


 が。


「おいおい、あたしらのこと忘れてねえか?」


 そんな何気ない、冽花の発言に足を止めた。


『…………』


 せっかく整えた気分と空気を台なしにされ、抱水は半眼を作り、冽花を見返した。唸るようにおもわずと告げる。


『もそっと時と場を考えて発言できぬか、賤竜の契約者よ』


「できねえなあ。この突っこみ癖は筋金入りだからさ。な、賤竜」


『是』


『是、ではない。きちんと契約者の手綱を取らぬか、賤竜』


 唱反調(ああいえばこういう)というのが、まさに冽花にとっては適切な表現であった。


 だが抱水は気付く。口調のわりに冽花が、真剣な顔つきで自分を見つめていることに。

 視線の意味が気になり、こめかみに手を宛がいつつも抱水は振り返る。


『何か言いたいことでもあるようだな?』


「あたしらも行く」


『なに?』


「そもそもの話、その懶漢ってヤツのせいで酷い目に遭ったんだ。一言言いにもいきたくなるだろ。それに……いま酷い顔してたからさ、アンタ。一緒に行く」


 じわりと抱水は目を剥いた。前半はともかく、後半の――言われたことの意味が理解できなかった。だが、そこで賤竜が応じてくるのである。淡々と。


『こういう契約者なのだ』


 その顔は無表情ながらも、どこか誇らしげに見えた。なぜだろうか。

 そして、抱水がそれについて口を開くまでの間に――横から浩然が合いの手を入れた。冽花は即座に応じた。


「あと、一発殴りてえよな」


「うん。一発と言わず殴りたいよな」


『おい』


 ほんのひと摘まみだけ見直そうとした気持ちが、綺麗に消し飛んでいった。

 おもわずツッコむ抱水にたいし、またも賤竜が口を開いてきた。


『かような契約者たちなのだ、抱水』


 その顔は無表情ながらも、目を細めており。どこか“楽しげ”で――。

 抱水は追及を諦めたのだった。


『……~~っ、勝手にしろ。ただし、懶漢の居室には香が焚かれている。嗅ぐ者の思考を鈍らせるもの故、生者のお前たちは難儀をしような』


「入ったら窓割ってくれ、賤竜」


『是』


『是、じゃない。何ゆえお前たちはそう力任せなのだ……っ』


 ついに頭を抱えてしまう抱水だったが――心配と安堵でない交ぜの瞳を向けてくる青年、側近の視線に気づいて、咳払いを落とす。


 どうにも、この連中といると調子が狂う。

 盛大に舌打ちをかますなり、背筋を伸ばして『行くぞ』と号令を発した。


 一同、その場を後にし、懶漢の居室――最上階の寝室を目指していく。




 いつも、その部屋に行く時の抱水は最悪な心もちになる。


 が、今日は違った。抱水は急いでいたし、なにより認めたくはないものの――独りではなかったからだ。

 具体的にも心強かった。居室の前を陣取る護衛たちは、瞬く間に冽花たちが蹴散らしていった。そのため、心置きなく勢い扉を開けることができたのだった。


 今日も今日とて薄暗く、甘ったるい薫香に満ちた部屋を鼻で一蹴し、ずんずんと足音も荒く突き進んでいく。その後に影のように側近も付き従っていく。


『懶漢』


「騒がしいぞ、抱――……おい、何をしている!」


 脇を素早く賤竜がすり抜けていき、棍で豪快に窓を叩き割る。もうそちらは諦めていたので止めなかった。

 本日も見るに堪えない姿で――幸いにも今日も下は穿いていた――(ベッド)より身を起こした肉塊、懶漢は、面喰らった様子で肉に埋もれる目を瞬かせた。


 目の前に立つ抱水、その打って変わって毅然(きぜん)として立つ、不遜(ふそん)な様を前に、値踏みするかのごとくに目を眇めた。


「一体、なんの真似だ。お前は蟲獣襲来の対応をしているはずだが」


『さすがに耳が早いな。その対応のために、お前に血を――貰い受けに、という言い方もおかしな話だ。元は私のものだ。よって、奪い返しにきたまでのこと』


 抱水は扇を突きつけると、顎でしゃくってみせた。


『渡してもらおうか、瑟郎の血を』


 懶漢は重ねて目を瞬かせた後、ついで、いやらしげに口元をにやつかせた。


『仕事はでかしたのか? 抱水』


『言うている場合か。それに――』


 抱水は扇をひいた。もう片掌にあてがい弾ませる。


『お前の管理下にすでに瑟郎がいぬことも知っているぞ。もはや脅しに屈する道理はない』


 にやつく笑みを引っこめ、懶漢は眉を寄せた。

 その反応に、抱水は会心の笑みを――浮かべることはできなかった。彼は、次の瞬間、苦虫を噛み潰したような顔をした。


 場を読まない冽花の驚愕の声が、静寂を叩き割ったためであった。


「っ、ぅ……なんだ、この匂い……くっせぇぇ! ――って、おいおい!」


 部屋を覗きこむなり、息を飲んで大慌てで駆けこんでいく。袖で鼻を覆いつつ、力なく倒れている娘たちの肩を揺り動かした。


「おい、しっかりしな……!」


「おーおー、ある意味、壮観な図だ。悪役って感じがプンプンしやがる」


 冽花の傍らに賤竜が添い、あとからのんびりと浩然が後頭部に手を組み、入室してきた。

 抱水の作り上げた緊張感は露と消えはてていた。


 思いのほか大所帯であったことに、懶漢はキョロキョロと瞳を巡らせる。怪訝と不快と、若干の焦りをまじえて唸った。


「なんだ、お前たちは。ここがこの懶漢の居室と知っての狼藉(ろうぜき)か」


「てめえの居室もなにも奪ったモンだろ、ここも。瑟郎から。それによぉ――」


 浩然はせせら笑う。大股で懶漢のもとへと歩み寄っていくなり、勢いしたたかに、牀に片足を叩きつけた。ちょうど懶漢の股間の真下に。


 その振動も相まって、おもわず息を飲まざるを得ぬ懶漢に、獣さながらに歯を剥きだし笑う。


「狼藉者はどっちなんかねえ。瑟郎を……おおかた、事故の時から仕組んでたんだろうが。事故に見せかけて拉致した挙句に、何食わぬ顔でここへ来ては悪行三昧。街を荒らし、歹徒(あくとう)どもをのさばらせて……挙句の果てにはこれだ」


 浩然は周りを見回す。

 そこでは冽花が娘たちの肩を揺すり、また賤竜に上着を脱がせて、娘を包んで部屋の外へと運びださせる様子があった。側近の青年の袖をもひいて、彼からも上着を借りている。


 目を細めると、反対に厳しい目で懶漢を睨みすえた。


「世をみそなわす大龍とて、目ん玉ひん剝くだろうよ。ネタは上がってんだ。神妙に縛につくんだな。もっとも、その前にとんでもねえ厄介ごとを処理しなきゃあいけねえが」


 ちらりと浩然は抱水を見やる。

 抱水はここで鼻を鳴らすなり、再び扇を懶漢へと突きつけた。


『選ぶがよい。ここでつまらぬ意地を張って、福峰もろとも滅びるのか。命ばかりは拾うのかを』


 そう告げると薄く意地悪く笑う。その口元を典雅に、開いた扇で隠した。


『最後の署理知府(しょりちふ)の役目を果たしてもらおう。――なに、心配は要らん。ここが一番安全なのだからな。もっとも、逃げも隠れもできはせぬだろうが。せいぜい震えて縮こまっているといい。後の沙汰を待ちながらな』


 その言葉になおも悔しげに歯噛みをしつつ、懶漢は――銅鐸に手を伸ばした。


 こうして、抱水は瑟郎の血を手に入れた次第であったが。


 娘たちの救護に一生懸命だった冽花は、あとで『ぶん殴る』機会を失ったことを知り、それはそれとして悔しがったという。

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