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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第一章「巡り巡りてもう一度」
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第4話 風水僵尸・賤竜の目覚め

 その口付けは、初めは触れ合うのみのものであったが。次第に濃く深くなっていった。


 冽花の背には男の腕が回り、冽花の両手は男の胸元で握りしめられていた。


 それは口付けの形をした『給餌(きゅうじ)』であるとともに『契約』の瞬間でもあったので。

 固く閉ざされた腕のなかで執拗(しつよう)におこなわれたのだった。


 傷ついた口のなかの傷を、何度も冷たい舌が舐める。溢れでる血をすすられる。


「う……ッ」


 息をもつかせぬ、痛みをともなう行為であった。


 それでなくとも疲弊していた身だ。跳ね強ばる体は、やがてくったり脱力していく。

 その舌を濡らす血液すらも吸い、舐めあげられて、体を震わせる。


 うっすらと濡れる目で見上げると、半ば下ろされていた瞼がきちりと持ち上がっていた。

 ぬるり、と舌が引き抜かれる。


「っ、は……」


 硝子球の瞳が、冽花をじっと見つめていた。

 そうして、次の瞬間には細く眇められたのだった。


『嘘吐き』


 ぽつり、とそう短く吐きだされた冷たい声に、冽花は目を見開く。そうして、浮かべた涙を零れ落とした。


 ――瞼の裏に鮮明に蘇る場面があった。


 これもまた、見続けてきた数多の夢の光景の一つである。

 『あたし』が『私』であった頃の記憶。苦い苦い、悔恨と絶望の。


 豪華絢爛(ごうかけんらん)たる部屋の片隅にて、毛足の長い絨毯(じゅうたん)に膝をついた。

 対面にいる賤竜。彼に、何か言わなきゃと思うのに。口がわなないてしまい、たまらなかった。


 視界に映りこんだ黒備えのつま先が、みるみる揺れ、歪んでいった。両手で顔をおおい、ようやく涙もろともに振り絞ったのは。


 やはり謝罪と、たまらない罪悪感より絞りだされた懇願だった。



「もし、もう一度……貴方に巡り合えるのなら、お願い」


「なじってちょうだい。私のことを、『嘘吐き』と」



 それは。


「……ああ……あは」


 紛れもない、『約束の履行』だ。


 冽花のなかの魂魄が、歓喜と痛みに震えていた。

 夢でずっと見続けてきた“気”の認識だか、別の機構でかは知らない。分からぬけれど、彼は、間違いなく自分を自分として認識していた。


 この冒冽花(マオ・リーホア)が、罪人である『玉環(ユーホン)』であったことを。

 それが涙の出るぐらい嬉しくて、悲しくて、たまらなかった。

 そのため、また謝罪がこぼれた。


対不起(ごめんなあ)、賤竜。次こそは。……今度こそ、は」


『……その謝罪を受け入れるべきでしょうか、(これ)は』


「いい。……いい。冽花、って……呼んで。冒冽花、だ。敬語もなし」


『……知道(りょうかい)。契約者、冒冽花……冽花』


 重々しく頷く。そうして、賤竜は――龍の首を模した冑に、鱗状に甲片を連ねる歩人甲ラメラーアーマーを纏う僵尸は、冽花の肩ごしにその背後を見たのであった。


 淡々と告げた。


『冽花。迅速な現場対応のため、情報入力に協力を』


「え? あー……」


 その言葉に我に返り、冽花もまた肩ごしに背景を見やった。

 そこには一部始終を見守り、行動を測りかねている老鬼や黒尽くめの集団、そして人獣らの姿があった。


 賤竜からしてみれば、自身を目覚めさせた少女は傷だらけな上、大所帯である。

 『どういう状況か説明しろ』ということなのだった。


 冽花は窮屈な棺のなか、賤竜の腕に支えられつつ背景をあらためて語った。


「後ろの奴らはな、お前を、てめえのモンにしようとしてた奴らだよ」


(これ)の所有を』


「そう。で、あたしは……今度こそ、お前を、龍脈の大河に還すために来たってわけ」


『なるほど。……そちらの身体的状況との因果関係は?』


「見たまんまだよ。ボコボコにやられた。あの、飴色髑髏の老鬼にな」


『老鬼』


 くろぐろと無機質な瞳に見つめられて、老鬼は肩を揺らすなり、おもむろに顎を引いた。


 冽花は嫌な予感がした。彼が方針を固めたように感じたからである。

 一歩踏みだしては口を開いてきた。


「賤竜。……お前が契約者重視な僵尸であることは承知している。そこで提案する。契約者を連れ、俺たちと共に来ることを」


 ほら、やっぱりロクなことを言いださなかった! おもわずと冽花は吼える。


笨蛋(バカ)言ってんじゃねえよ! お前が――」


「必要な措置としてやったまでのことだ。俺たちは対立関係にあった。が、この中でその契約者を治療し、延命しうるのが、どちらの集団であるのかは明白なはずだ」


 被せるように言葉を発してくる老鬼に、冽花は歯噛みした。


 確かに、自分は孤立無援だ。その自覚はあった。ごり押ししようにも体調も最悪である。

 あまつさえ、情勢は決していた。老鬼の言う通りだ。


 人獣らは彼と冽花との一連で委縮してしまっており、牽制されていねば、恐慌を起こし、散り散りになっていたとて不思議ではない有様だった。

 賤竜の目が老鬼と人獣らを見回し、終いに冽花を見下ろしてきた。


『冽花』


「あン?」


『意見を聞きたい』


「意見?」


 ぱちとおもわず瞬き返すと、律儀に『意見だ』と言って頷き返される。


『情報収集は完了した。あとは冽花、そちらの命を待つばかり。此はお前の風水僵尸なのだから』


 その物言いにポカンとした後、冽花は納得した。


 夢のなかでも彼は『命じられたために耐えて』、『辛い役目を全うしていた』からである。

 なにより老鬼が言ったではないか。賤竜は契約者重視の風水僵尸なのだと。それは契約者の心をも気にかけるということなのかもしれない。


 この機を逃す手はなかった。


「そんなモン……」


 冽花はぎゅっと眉を寄せてみせた。首を振るう。


「どっちについてくのも却下だ。下手なしがらみができちゃ、身動き取りづらくなるしな」


『承知した。然らば、指示を』


「ア?」


『命令を。この場を離脱するのに、力の行使が必要であると判じた。その許可を求む』


「あァ~~……」


 賤竜の物言いに、一気にその場に緊張が走るのを感じた。


 冽花は(ひょう)の刺し傷がない無事な左腕で、ガリガリと頭を掻く。どよめく黒尽くめたちを鎮めて、自身の背中ごしに指で符号を送る老鬼を――ちらと見やった。


 自身は到底、打破しようのないこの状況を。賤竜は打破しうることを知っていた。

 彼は風水僵尸なのだから。

 

 ――一瞬だけ、また脳裏に蘇る一場面がある。


 黄色い砂塵の舞う、荒野にて。

 馬上で剣を抜きながら、『私』が傍らの賤竜を見下ろして告げる映像が。


“賤竜――”


 現実に帰る。目の前には指示を待つ賤竜の姿があった。あの頃と同じように。

 冽花はひとつ深呼吸をした。そうして、次の瞬間、はったと睨むように、強い眼差しで賤竜を見据えたのだった。


「賤竜」


(シー)


「第一段階、『水滴石穿(すいてきせきせん)』の使用を許可する。――……頼む。助けてくれ」


 命令を、と言われて。でも、自分は言い慣れない言葉を使うのに躊躇い、付け足した。

 頼む、という言葉に賤竜は瞬いたが。ほどなく。


『……知道』


 目を細めて頷いた。そうして、抱きすくめていた冽花の身を解放したのであった。


 そして、賤竜は動きだした。


 冽花とともに棺から出て、彼女を傍らに残し、一歩を踏みだす。

 そこで足を止めた。


「賤竜?」


 冽花はおもわずと怪訝に眉を寄せるものの――ふと、つかの間に目を見開かせた。

 やはり、前世の知識が告げていた。この行動は。


真的(マジで)? ここ? え、ここなのか、賤竜!?」


『是。ここが適当だ』


 否、だからこそ、この場所に賤竜は眠らされていたのかもしれない。


 風水僵尸(ふうすいきょうし)陰之断流(いんのだんりゅう)》型、賤竜。


 その力は、『風水』の名を冠する通りに。


 ――握りしめた拳に、黒き炎……陰の気をみるまに帯びさせていき。


「総員退避!」


 声高に老鬼が叫び、黒尽くめらが一斉に背をむけた。大わらわになった人獣たちが右往左往するのも構わずに、賤竜は流れるような動きで足を肩幅に開き、腰を落としがてら、上体を大きく捻らせた。


 握り拳を、おのれの足元に打ちつける。


 一拍後にその拳が一段沈んだ。どん、とその場の面々の腹に響く、太鼓めく鳴動が響きわたる。半径二尺余り(一メートル)の円形の陥没、炎を噴きだす亀裂が生じた。


 そうして、炎の一打が呼び水となったがごとく、亀裂に添うようにして、『灰色の水』が溢れだしてきた。


 水は大きな波紋をともない、敷かれている石床をも巻きこみ、めくれ上がらせて、四方へと伝播していく。床はもちろん、柱をも駆けのぼり、天井へと至っていく。

 炎噴きだす亀裂が先行し、それを灰色の水が追いかけ、破壊をもたらしていく。


 ……夢で垣間見たので知っていた。彼に指示を与えると、どういうことになるのかを。


 だが、いざ目の当たりにするとなると違う。

 予想以上である。


「ぁ……あァ……」


 悲鳴をあげて逃げ惑う人獣たち。さっさと退散する黒尽くめ。


 天井で揺れていた吊り灯篭がある時を機に、一斉に床に落下しだす。耳をつんざく破砕音の連続に、つられる形で冽花は頭を抱えた。


「あああああァ! ……っ、許可は、したけどよぉぉ!」


 波紋はもはや、廟中の亀裂、ひび割れと化して派生している。

 察するところは、この場の崩落、全破壊だった。


 安易に……否、決心はしたものの。それでもちょっぴり指示したことを後悔するぐらいには、そう、賤竜の力は凄まじかったのである。


 風水僵尸、賤竜。その力の在り様とは。


 ――その身に纏いし、濃厚な陰気。独自のそれをもって、その地に走る気脈を刺激し、任意の効果を発現させるものであった。


 本来の流れを断ち、思い通りに動かす。それが故の《陰之断流(いんのだんりゅう)》型である。


「分かってたけど……さぁぁあ!」


 もはや嘆くほかない冽花へと伸びる腕があり、その身が抱えこまれた。


 濡れるような漆塗りの柱も梁も、極上の(ろう)かん翡翠の彫刻も。孔雀石で象られた絵図も。厳格な黒と萌えるような緑色で彩られた廟も。


 すべてを灰燼に帰す力であった。そうして、賤竜に躊躇いはなかった。


 冽花を連れて、その場の何もかもに背を向けて、離脱していったのだった。

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― 新着の感想 ―
Xから来ました。 5話まで読ませていただきました。 中国語が織り交ぜられている世界観がすごく素敵でした。 戦闘描写もかっこよかったです!
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