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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第十四章「竜は陽に焼かれる」
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第46話 そして、『柳鳴鶯園(りゅうめいけいえん)』へ

 そして、暮れなずむ夕陽が大地を赤く染めだす頃。

 冽花と賤竜は、園林(ていえん)、『柳鳴鶯園(りゅうめいけいえん)』へと足を踏み入れていた。


 ゆっくりと遊歩道を歩いて空を見上げる。無数に植えられた柳の木の枝が、初夏の風にあおられて、夕焼け空に流れていた。


 陰になっていることもあり、『幽鬼の招きのようだ』なんて――冽花は考え、柄にもなく苦笑する。不安になってきているに違いない。胸をどんと拳で突き押し、鼓舞する。


 ここ『柳鳴鶯園(りゅうめいけいえん)』は、むしろその遊歩道に立ち並ぶ柳の木と、王泉(おうせん)と呼ばれる石造りの泉が有名な園であった。


 時期が時期なら柳にとまる鶯の(さえず)りを楽しむことができ、また泉というより巨大な池のようである王泉は、見応え抜群だ。

 翡翠色の水面に色とりどりの鯉が身をうねらせる様は、珠玉の美しさがある。

 こんな時でもなければ、ゆっくりと昼間に散策したくなるような――そんな園であった。


 遊歩道の外れまで来て、ぐるりと見回す。浩然(ハオラン)の姿は見当たらない。

 さすがに三人で抱水に挑むことをしぶり、『仲間に声をかけてみる』と言い、あとで合流する算段となったのである。


 そわそわと落ち着かない気持ちをおさえ、冽花らは約束の、王泉の(ほとり)へと向かう。


 王泉の景観を左右に臨みながら、石造りの園路を渡り、あずまやに到着すると、すでに抱水が供を連れて腰をすえていた。

 畳んだ扇のさきで口元を隠し、じろりと彼は二人を見遣ってくる。


『夕刻まで時を与えたというのに……馬鹿正直に二人で来るとはな』


 そのあんまりな言い様につい口を開くものの、冽花はかわりに唇を尖らせた。


閉嘴(うるせえ)。昨日の今日でどうこうできるモンでもねえだろ。……ほら、来てやったんだから、返せよ」


 片手を突きだしてみせると、『ふむ』と抱水は相槌をうつ。


『そんなにこれが大事か。賤竜の契約者よ』


「っ!」


 衣擦れをたてて、卓上に置いていたもう片腕が持ち上げられる。

 冽花は目を見開いた。


 筒袖の奥から引き出された手にぷらりと吊り下げられる、首飾りがあったためだ。

 息を飲んで、睨みすえる冽花に、抱水は目を細めてみせる。


『取引をせぬか、賤竜の契約者よ』


「取引だァ?」


『是。我らがもと、喜水城に来い。賤竜の契約者として破格の待遇を約束するぞ』


「ぜんたい、どういう風の吹き回しだ?」


『我ら風水僵尸を扱える契約者というのは、それだけ貴重な存在なのだよ。富を生み、利益を生む。私を現在使っておられる懶漢(ランハン)様も……とても有効活用してくださっているぞ」


 目元のみを皮肉っぽく笑ませる抱水に、冽花は色んな意味で奥歯を噛みしめる。


 『馬鹿にしているのか』という思いと、『そんなことを抱水に言わせている、懶漢(ランハン)への憤り』で。

 拳を握りしめた。小さく息を吐くと、ゆっくりと首を振った。


「お断りだよ、抱水。あたしには、やらなきゃいけないことがあるんだ。ゆっくりしてる暇はない」


『ほう?』


「賤竜を龍脈に還さなきゃいけないんだ。……今度こそね」


『……ッ』


 冽花の言葉に、抱水は目を瞠る。冽花が蟲人であることを知る彼にとって、その言葉の重みは十分に理解できたはずだ。


 そして、賤竜を見やる彼女の横顔を見て――どこか辛そうに刹那に瞳を歪めた。

 瞬く間の変化であったのだが。冽花が目を戻した時には元の平静を取り戻していた。


『そうか。残念だ』


「ああ。だから――」


『それなら……こうするしかあるまい』


 冽花の言葉をさえぎり、抱水は動いた。


 首飾りを持つ手を跳ねあげ、吊るしていたそれを手中に収める。ついで流れるように、無造作に肩ごしに放った。背後の翡翠色の水面へと。


 冽花は愕然とした。そして同時に、とっさに――瞳を肥大・縮小させていた。


「っ、なにすんだよ!」


 その目は落ちゆく首飾りに釘付けられるまま。


 おもわずと噛みついて、動いていた。


 賤竜が後ろから止めんと手を伸ばすのもすり抜けて、瞬時に猫娘に転化。艶やかな杏の花香の薫風を引き連れ、亭の柵に乗り上げ飛びだしていく。


 その手が首飾りへと届いて――掴みとる。


『愚かな』


 抱水の声が、風にのって後ろから届いた。


 その一言で我に返り、頭が真っ白になる思いがした。

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