第41話 真恶⼼(むなくそわるい)ものの発見
――明るいところと暗いところが、本っ当分かりやすいな。
冽花は走りながら思う。
これまでの町は夜になると全体的に寝静まっていたものの、さすがは福峰である。
夜半でも明かりが灯る区画は健在であり、猫の夜目もつ冽花には、真昼の輝きが地上に残っているように見えた。暗く静まった場との対比が著しい。
目標の屋台通りは明るさを帯びている場だ。早速向かうことにした。
風のように冽花は駆け渡る。体を低くし、屋根と屋根を駆け、飛び移って、時に転がり、また起き上がる。細い足場も尾で上手く均衡をとって滑らかな足取りで渡っていく。
そろそろ初夏の兆しが滲み始める夜風は気持ちよく、ほのかに水の香りがした。
「いい夜だな」
冽花は上機嫌であった。
そうして、あっという間に屋台の通りの近くにたどり着くと、物陰で耳と尾を消した。屋台の物色へと移る。
昼間は選ばなかったものも捨てがたかったし、夜にのみ出ている店のものも目を惹く。
冽花は悩んだ末に、糟鶏(茹で骨付き鳥の酒粕ベースのたれ漬け)と茴香豆(茴香、陳皮で味付けしたソラマメの煮物)にした。酒が飲みたくなる逸品であった。
持って帰ろうとしたのだが――ほこほこ熱々の茴香豆の香りに負けた。
独特の香りがあるものの、冽花は好きな方だ。一つ摘まむともう止まらなかった。
行儀悪く歩きながら糟鶏にも齧りついてしまう。たれに二日も漬け込んだという肉は柔らかく、皮もぷりっぷりだ。髄まで夢中になってしゃぶり、舌とお腹が喜ぶのに熱中してしまった。
そうしながら、通りをなんとなく見物しつつ歩いていたのだが――ようやくホッと人心地ついた頃には、通りの果てまで来ていた。
冽花は瞬いた。目の前には、闇に濡れそぼる静かな通りが広がっており、後ろには変わらずに賑わう屋台通りが存在する。
お腹も満たされて、また酒を使う食べ物を食べたためか、体がぽっぽと暖かかった。
少しだけ静かな場で夜風を浴びたくなった。
最後の屋台の屑籠へと手にしたものを放ると、静かな通りへ足を進め始めた。
「はぁ~、美味かったなあ」
腹を擦って、やはり上機嫌である。少しだけ地上を歩いて、お腹が落ち着くのを待ってから屋根へと登ろう。そうして帰ろう。そんな心づもりであった。
異変を感じたのは、程なくののちだ。
冽花は通りのおくで、細い悲鳴があがり、途中でかき消されるのを耳にした。
確かに聞いた。女の悲鳴であった。
ぴくりと眉を跳ねさせては寄せる。しばし考えた後に、最寄りの角を曲がった。
通り魔か、あるいは質の悪い恶棍か。いずれにしろ、気分のいいものではない。
ほんの気紛れだった。
せっかくのいい気分を台無しにされたくはなく、また少しの驕りが彼女を突き動かしていた。探路にも告げた通り、たかを括っていたのである。
――どーせ、フツーの一般人だろう? と。
大股に足を進めていくと、揉み合うらしい物音が聞こえた。
小さくか細い呻き声と苦しげな吐息。口を押さえられているのだろう。それから湿った、仔猫が皿の乳を飲むような水音が響いている。
鋭い冽花の聴覚だからこそ、拾うことができた情報だった。
さらに足を進めると、予想通りの光景が広がる。
総勢五人の男が、一人の女を手籠めにせんとしていたのである。
見張りが二人、女の手足を押さえる者が二人、馬乗りになる者が一人。
――真恶⼼(むなくそわりぃ)……っ。
舌打ちまじりに歩み寄っていくと、その全容があらわになった。
女に馬乗りになっている者は、奇妙なことに目深に外套を被っていた。そうして、女の腹の上に腰をおろし、前のめりにその顔を――。
見張りの者が一歩を踏みだし、下卑た笑みをうかべて口を開いたので、そちらへ冽花は瞳をむけた。
「見せもんじゃねえぞ、消えな。それとも……混じりたいのか?」
冽花の瑞々しく引き締まる体を見て、だらしなくその目尻が下がる。フンと冽花は鼻を鳴らし、後足をひいて腰を低く落とした。




