第29話 舞踏から武闘への誘(いざな)い
その演舞『奉納の舞』は太陰の輝く夜に、飾りつけられた土舞台でおこなわれた。
最前列に誇らしげに貴竜を見やる皇太子、宝保の席があり、彼らの傍らに貴賓席があり。そこから丸く円を描くように規制の輪が敷かれて、規制を担当する兵士たちは、みな手に『藍染に龍の金刺繍』の旗を握っていた。
そうして、規制の輪に添うように観客たちが詰めかけており、その観客たちのなかに冽花はいた。今回はきちんと貴竜の姿が見られるような位置取りを心がけて、目を眇めて、彼の一挙手一投足を見つめていた。
土舞台の中央に立つ貴竜は、ひと言で言い表すに『氷肌玉骨』であった。
本来は女性に用いる美称であるものの、まさに今の容貌は『中性的』と言って差し支えない。
土舞台の黒のうえに立つ、白皙の佳人。
藍玉をあしらう銀の髪飾りを差し色にした髪は、それ自体が真珠の輝きをはらんでいる。太陰の光を浴び、煌々と濡れるような光をうかべて艶めいていた。
元より目元のくっきりとした吊り目の童顔にも、化粧を施している。
額に聖なる蓮の赤き印を入れて、目元にも赤を。唇もまた、露をふくめた蓮の花びらのごとく赤い。白くゆったりとした衣装にようよう映えていた。
彼が目を伏せる。その一挙動だけでも、おもわず息を飲むほどに艶めかしい。
白き麗人。紅顔の美少年。そのどちらもが当てはまる、性別をこえた美しさを彼は持ち合わせていた。
スッ、とその身が低くしゃがめられて掌が地面につく。始まるようだ。
地を震わせる太鼓の音が厳かに打ち鳴らされだし、少しずつ楽隊が柔らかい音域の音を奏でだした。
貴竜は愛おしげに地面を撫でると、その手を頭上まで持ち上げながら上体を起こした。高く浮かせた片腕とつられてあげるもう片腕とを、連動させるよう波打たせる。
高く足を上げ、トン、と地を踏み鳴らし、たっぷりとした袖の布地をたなびかせて回る。
一度止まって、再び両手を浮かせて、太陰を見上げると、反対回りにくるくると何度も連続して回る。その姿は暗夜に咲く昙花の如しである。
その掲げた両手に白き炎が燃え上がるのに、冽花ふくめた周りの観客はどよめいた。
陽気の炎。それを両手に灯した貴竜は、艶めかしく波打たせる両手を交互に突き出した後に、軽やかな足取りで土舞台を駆けた。
トン、と片隅で足を止めて、靴底を柔らかく擦らせて円を描くようにし、身を伏せての、その手を土へ――大地へと触れさせる。
手の炎がふわりと解けて、地に溶けていくではないか。
すると、貴竜の手元を起点に、見る間に柔らかい緑の下生えがはえる。
観客たちは息を飲んでどよめき、静かなる歓声をあげる。
再び身を起こした貴竜は、また舞台上を駆けまわり、時に回っては白き花と化しつつ、大地に陽気を――目に見えた恵みを与えていった。
冽花はその姿におもわず見惚れてしまいながら、同時に思った。
――賤竜は、
こういう事できないよな、と。
おもわず傍らを見やる。賤竜は食い入るように舞台上を見上げている。
その横顔は何百何千回と、夢で見てきたものと同じだ。
夢のなかで、賤竜は多くの場面、戦場に立っていた。
黒き陰気の炎をその身に宿し、彼が駆ければ何百何千の悲鳴があがった。地をどよもし、断ち割り、破壊を生んでいた。
だからだろうか、厄介な神として廟に閉じ込められたのは。
こんなことが賤竜にもできたのならば、三百年の間、人目に触れることもなく隠され、義弟や義妹と……離れ離れになることもなかったのだろうか。
風水僵尸。その陰型と陽型の違いとをまざまざと自覚して、自然と唇を噛みしめていた。
そして、そう、そんな折に。
おもむろにまた身を起こした貴竜が――真っ直ぐに冽花らを見つめてきたのであった。
賤竜がかすかに肩を揺らし、目を瞠る。
そんな珍しい場面を見た冽花は、おもわずとつられて前を向き直し、息を飲んだ。
貴竜の左足が。それまでの円をえがく柔らかさを失い、つ、と滑るように後ろにさげられた。流れるように腰を落とす。両腕が軽く折り曲げられ、前後し、『構えられる』。
――この格好……っ
冽花は背筋を震わせた。
明らかに演舞とは異なる、この姿は、構えは。
武闘のものであった。
そうして、固まった冽花の前で貴竜は口を開いた。
『さて。そろそろお勤めも終わりが近い。だが、いい機会だとは思わないか?』
そう、よく通る声で告げてくる。
周囲が異変に気付いて、ざわめきだす。
貴竜の視線の先にいる――冽花、そうして賤竜へと、皆の注目が集まりだすのだ。
ゆっくりと皆は自然と後ずさりして、両脇に分かれた人垣ができた。
――特等席って、こういう事か。
一気に注目を浴びてしまったことに苦虫を嚙みつぶし見返す冽花。そして、その傍らの賤竜へとむけて、貴竜は手招いてきた。
掌を上にむけて、小指から順番にゆっくりと折って招いた。白い粒の揃う歯を覗かせて、その牙まで剥きだし笑う。
『俺たちの本領を見せ、かつあんたの再稼働を世に知らしめるのに、またとない好機だよ。なあ――哥哥よ。久しぶりに“遊ぼう”』
そう告げると同時に、その身は白き炎に包まれた。




