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守骸伝 〜転生猫娘、陰竜僵尸と出逢う〜  作者: 犬丸工事
第八章「貴竜公様のおなり!」
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第27話 貴竜公の到着

 その日。漣建(れんけん)の街は湧きに湧いていた。


 ついに待ちに待ったご巡幸の始まり――皇太子らの一団が到着したのである。

 その入場は実に華々しいものであった。


 一分の隙もなく隊列を組んだ兵士たちを引き連れて、絢爛なる彩车(山車)が町を練り歩いていく。翻るは、現皇室において聖なる色――(あお)の地に、金糸で龍の縫い取りが施された旗である。


 行く先々の地面に花が撒かれ、景気よく爆竹が弾ける。腹に響く勇ましい太鼓の音と、楽団の奏でる音楽にしたがい、彼らは進んでいく。


 並みいる群衆は黄色い声をあげて、『皇太子さま万歳』を唱える。

 それに満更でもない笑顔で手を振って宝保(バオバオ)は応じ、その隣で軽薄な笑みを浮かべながら、貴竜(グイロン)も時おり手を振っていた。


 そうして――あまりにも多くひしめき合う人だかりの中、それでも気張って冽花たちは観覧に乗りだしていた。主に冽花が阿鼻叫喚(あびきょうかん)であったが。


「……っ、見えねえ。賤竜、見えるか?」


『是』


「そっか。っ、あたしはどう足掻いても見えやしねえよ。屋根……は、やっぱ駄目だよな」


『是』


「うおおっ、押される!! (つぶ)……っ、ちょ、賤竜、掴ませてくれ!」


『是』


 群衆の熱狂と押し合いへし合いに打ち勝つのには、冽花は些か小柄で薄っぺらすぎた。賤竜という堤に掴まり、その場に留まるので精いっぱいだ。


 お言葉に甘えてその裾を掴み――その直後に、どん、と背中を押されて、硬い胸元に顔から突っこんでいく。鍛えられた胸筋は容易と冽花の柔らかい鼻を押しつぶした。


 くぐもったうめきをあげて、顔をしかめると、八つ当たり気味に賤竜の胸をはたく。


『いっってぇ~……っ、ンだよ、この硬さはよ! 岩みてえじゃねえか!』


 パァン! と景気よく音も鳴る。張った平手のほうが痺れるというものであり。なおも顔をしかめて睨みすえていた後に――ふと、妙案がうかんだ。


「お前の胸、支えにちょうどいいな。ちょっと使わせろよ」


『是』


 しっかりとした胸板に手を当てて、踵を浮かせる。何度も伸び縮みして、今一度観覧を試みてみる。

 と。ふと、目の前をさえぎる頭が塩梅よく揺れて、チラリとだけ真珠色が見えた。


「あ?」


 冽花は目を疑った。


 彩车(山車)の上で気紛れに愛想を振りまいていた貴竜が、折しもちょうど、こちらを向いていたのである。


 笑みまじりのその瞳と、視線が交わった、ような。


 だが、一瞬のことであった。目の前の頭が再び元に戻り、快哉を叫びだす。

 冽花は茫然としていた。ほんの偶然だったかもしれないけれど。夢の中でのみ見てきた存在が、そこにいる。もうすぐ近くまで来ている。


 その夢か現か分からない現状にしばし呆然として、その間に太鼓と楽の音が遠ざかったのである。その場に純粋な喧噪のみが残った。


 ようやく、ひと心地がついたような気がして、冽花は溜息をついていた。賤竜から離れ、軽く伸びをし、凝り固まった体をほぐす。


「んっ。――……行っちまったな。見れたか? 賤竜」


『是』


「……さっきからお前、『是』しか言わねえな?」


『是』


「…………心ここにあらず、か」


 ふと見上げた先にいる賤竜は、いつも以上に茫洋と、硝子球のような目をして。義弟が去った方角を眺め続けていた。


 感動か、呆然自失か。悲喜こもごもであろうか。


 三百年ぶりに姿を垣間見た義弟は――賤竜の目に、どんな風に映ったのだろう。

 少しだけ思いを馳せてから、冽花は賤竜の手首を取った。血の通わない冷たい手を掴み、熱狂冷めやらない群衆から連れ出そうとした。


 その時であった。

 ふと、何気なくすれ違う男性が――低い声を発してきた。

 冽花は耳を疑った。


「『奉納の舞、特等席で見せてやるから来いよ』――貴龍公からの言伝だ」


 目を見開いて、慌てて振り返ると、その人物は瞬く間に雑踏へと溶けてしまう。

 冽花は狐につままれたような思いを味わっていた。


 おもわず思い出したように頬を――否、先ほど潰れた鼻の頭を軽くつついてみると。


「いてっ」


 夢でないことが分かったのだった。

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