第1話 傷つき怒れる猫娘
目が覚めて一番に感じたのは、痛みであった。
起きたことを若干、反射的に後悔する。
背中を中心に、全身に重苦しい痛みがあり痺れており。ついで、額と頬の燃えるような熱に気がついた。
反射的にもごつかせる口元に、針で刺されるような痛みを感じる。
じわりと口のなかに広がる鉄の味。おもわず口を浅く開いた。鼻孔を突き抜けるほどの濃厚な生臭さを、今更ながらに自覚したためであった。
それこそ、吐き気をもよおすほどのもの。
堪らずと。
「いッ……ぐ! っ、うぇぇェ、うぉ……ッ」
痛む体をおして転がり、反射的に床へと血を吐きだしていた。そんな少女――冒冽花にむけて。
『冽花! よかった、目が覚めて!』
息も絶え絶えなその身へと、涙ぐむ少女が縋りついたのであった。
今年で十七になる、歳の割には起伏にとぼしい――代わりに、獣を思わせるしなやかな冽花の体に縋って見下ろすのは、齢十にも満たぬ幼子であった。
甘い蜂蜜色の目は潤んで、今にも溶けて零れ落ちてしまいそうである。
まろい顎下で揃えられた髪――金茶に黒い筋の混じる、縞模様をえがく色みの頭には、ぺったり猫耳が伏せられていた。
よく見ると、少女の泣き顔を透かし、向こう側の風景が見える。
そんな人ならざる異形の少女を見上げて、冽花は弱々しく微笑みを浮かべるのだった。
「は。死んでたまるかよ……っ、これしきの、ことで。今、どうなってる?」
『周りの“気”に変化はないわ。哥哥は、まだお目覚めにはなられていない。でも、怖い帅哥たちも蟲人の人たちも、ずっと奥へ行ってしまったわ』
「休んでる暇は、ないってことか。ったく、本当に……」
呻きを飲んで、床に手をつき起きあがろうとする。が、下っ腹に引き攣るような鈍痛が走り、なかばで身を強張らせていた。腹を押さえ、舌打ちを漏らす。
「っ……他妈的、女の顔と腹殴りやがって。あの野郎、タダじゃすまさねえ……!」
薄く歯列すら剥きだして歯噛みし、冽花は行く手を睨みすえた。
脈打つ熱と痛みを訴えつづける頬をも押さえ。
天井や柱、跪拝台(神前の供物諸々を置く台。この前で跪いて礼拝する)に――転げる調度品。横倒しの香炉。首なしの武神像に至るまで。
すべてが厳格な黒と萌えるような緑色で彩られ、かつ荒らされた廟内から、最奥の壁に開かれた隠し扉を見据えたのであった。
ともにそちらを見た少女が頷く。そうして、ぱん、と硝子の弾けるような音を生んで、その身が薄紅色の光の粒子と化し、散る。
入れ替わるように冽花の、少女と同じ蜂蜜色の目の瞳孔が肥大した。円く肥大するやの、その頬に、じわりと浮かびあがってくる『絵図』があった。
赤く腫らした右頬と、左頬に咲く、艶やかな『杏の花』の絵図。
細い首筋をたどり、背中、それから袖より伸びる引き締まった両手の甲まで。柔らかい布靴に包まれた足の甲まで。その刺青めく痣は花開き、芳しい芳香がひろがった。
そうして、変化は終わらない。
冽花の頭上に猫耳が生えた。先端に房毛があり、先の少女の髪を思わせる、金茶と黒の縞模様がある。しゅるりと袍の裾から、しなやかな縞模様の尾も生えてくる。
生えた瞬間に『けば立つ玉蜀黍』よろしく膨れあがったものの。
苛立たしげに、その尾でタン! と柔く床を一打ちして、両手をついて尻を浮かせた。それこそ、伸びする猫よろしく。
尾は怒髪天を衝くまま激しく振られ始めて、耳は後ろに引かれていた。背を弓なりにし、飛びかかる寸前――臨戦態勢の、憤怒の猫の形相がそこにはあった。
「賤竜を好きにはさせねえ。今度こそ龍脈に還すんだ!」
尖る八重歯を剥きだしにし、吼える。人身・猫耳猫尾の冽花は、縞模様の風と化す。
騒ぎの渦中に飛び込むまで、あと幾ばくだった。