その7:くびづかかぞえうた
一方、現世の教室。
「じゃ、後は勝手にしろ。俺はもう知らん」
四方木礼祀はそう言うや否や自分の席に戻り、ドカッと腰掛けるとそのまま机に突っ伏してしまった。
はぁ?
二度寝すんの? この状況で?
どういう神経してんだ。
呆然とするクラスメイト達の中、礼祀の眼光から解放された小輪雁夏水が、ぷしゅ、と息を吐いて床にへたり込む。
「あっ…… だ、大丈夫? 小輪雁さん」
役得とばかりに近くの男子が駆け寄る。
普段なら彩湖蓮由璃が確実にインターセプトしてくるが、その彩湖蓮が今は床に転がって悶えている。
十字河護里は膝をついて右腕を抱え、必死に呼吸を整えている。根瓶誠二は投げられた拍子に眼鏡がズレたままだ。
「おいコラ! なに寝たフリしてんだ!」
「無視してんじゃねぇ! ストーカー野郎!」
「意味分かんねーこと言ってんじゃねーよ!」
クラスメイトたちが口々に騒ぎ立てる。
礼祀は無反応だ。それでも、みんな遠巻きに騒ぐだけで、近づこうとする者はいなかった。彩湖蓮や十字河と同じ目に合わされるのは困る。
それでも、
「四方木、いい加減にしなよ! アンタ、先生が来てもそんな態度とれるの!? これ以上暴力なんか振るったら、どうなるか分かってんでしょーね!」
1人の女子が礼祀に向かって足を踏み出した。天野手鞠。ハンドボール部でキャプテンを務めるだけあって中々の度胸と率先力だ。
礼祀を揺すって起こそうと、肩に手を伸ばす。遠巻きにしているクラスメイトたちがゴクリと唾を飲み込む。
触れた瞬間に、天野の手が止まる。
1秒、2秒、3秒。
4秒、5秒、6秒、7秒……
天野は動かない。不自然な間。
「……手毬ちゃん?」
違和感を覚えたクラスメイトが声を掛ける。
天野は、礼祀から手を離すと、すぅっと背筋を伸ばして、
「よーみのすそのの くびづかの
こよいのまつりの いちばんくびは
どなたにござる どなたにごーざる」
歌い始めた。
「てま……ちゃん?」
天野手鞠はハンドボール部だ。歌と言えば手鞠の出番、なんてキャラじゃない。
そんな彼女が、ミュージカルのように突然歌い出す。聴いたことも無い歌を。朗々と、玲々と。
「こーよいこなたの いちばんくびは
ひとつひれつな つかいっぱしり
ひめはたすけて おとこはみすて
にかいのおじょうに くびつかまれて
ひどいひどいと なきながら
ひがないちにち さかおとし
くびひとつーめは さーかおーとしー」
凄く楽しそうに、とても無邪気な笑顔で、天野は歌った。
透き通るような声の、物寂しい残響が消える。
「……え? な、なに? 何の歌?」
「ないしょ」
天野手鞠は、そう言って、自らの唇の前に指を1本立てると、童女のように笑った。
どうツッコめと?
予想と理解を越えた事態の数々に、中学生達の対応力は限界を迎えつつあった。
直ぐ傍で高らかに歌声が響いても、礼祀は起きるどころか寝息を乱すことさえなかった。




