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その5:霊能少年、ヤサグレる

 礼祀(れいじ)十字河(じゅうじがわ)の手を掴み返して(ひね)った。手首・肘・肩の関節が破壊され靭帯が断裂する。

 同時に、腹を踏みつける由璃(ゆり)の足を掴んで(ひね)った。足首・膝・股の関節が破壊され靭帯が断裂する。

 拘束を排除した礼祀は立ち上がり、制服の(けが)れを(はら)い落とす。


 ここまで一瞬である。


「「ぎあぁぁぁああぁあ!!??」」


 ブチブチという(おぞ)ましい音の直後に、転がった鈴が割れて砕けたような絶叫が響いた。


「どういうつもりよ?」


 床に転がって悶絶する由璃に、礼祀は問いかける。

 とは言え、足の靭帯を()じ切られた女子中学生にできることは少ない。由璃は端整な顔をくちゃくちゃに歪め、足を抑えて泣き叫ぶばかりだ。


 十字河は…… 関節の痛みに多少の慣れが有るようで、脂汗を垂らし呻きながらも悲鳴を噛み殺している。中学柔道は関節技禁止のはずだが、なんたら柔術とやらにそう言う配慮は無いのだろう。


「おい十字河。どういうつもりかって聞いてんだ」

「ちょっ…… まっ……」


 絞り出すような声で応えながら、残された左手の(てのひら)を礼祀に向けてくる。タイムの要求だろうか。手前(テメー)が始めたんだろうに勝手なヤツだ。仕方なく礼祀は残る1人に声をかける。


「おい小輪雁(こわがり)。説明しろや。ワケ分かんねーんだけど」


 呆然としていた夏水(なつみ)はビクッと肩を震わせた後、この世の終わりみたいな顔で礼祀の方を見た。


「え…… えーと……」

「待て待て! 逆ギレは止めろ!」


 見物人の群れの中から、一人の男子生徒が飛び出して来て、夏水を(かば)うように礼祀の前に立つ。

 クラスの委員長だ。確か名前は……


「メガネ星人」

根瓶(ねがめ)誠二(せいじ)だ!」


 黒縁眼鏡をクイッと上げながら、根瓶が叫ぶ。


「あー、仲()いワケでも無いのに愛称で呼ばれても気持ち悪いよな。済まん」

(ぼく)の愛称はネガちゃんだ!」


 あれぇ、結構メガネ星人ってフレーズを聞いたような気がしたんだが。やはり睡眠学習で人間関係を把握するのは難しい。


「責められるのは君の自業自得だろう! まずは謝ったらどうなんだ? ストーキングした上に、暴力まで振るって……」


 そう言いながら根瓶は、奇声を上げながら床で悶絶している由璃を指差して、


「えっ……」


 絶句した。

 爪先が前後逆になっている。


「邪魔だ、メガ……ネガメ」


 由璃の足を2度見3度見している根瓶をひょいと退()かして、礼祀は夏水に詰め寄る。

 ひょいと放り投げられた根瓶は黒縁眼鏡もろとも宙を舞い、染みの目立つスクールパーケットに叩きつけられた。グェッと声を上げ、大人しくなる。

 礼祀が投げられても何も言わなかったのだ。これくらい何とも無いだろう。


「誰が何を見たって? ちゃんと言えや、小輪雁」

「ごっ、ごご、ごめんなななさ」


 夏水の声は(かす)れている上に震えていて、誰にも聞き取れない。


「おい、()めろよ!」

「脅して言わせたってしょーがないでしょ!」

「なぁ、彩湖蓮(あやこはす)さんの痛がり方、普通じゃなくないか?」

「何か、ゴ…… 十字河さんの手、変じゃね? 向きがおかしくね?」

「アイツ何したの」

「やべーんじゃねーの」

「やっぱりね」

「いつかやると思ってた」

「サイテー」

「朝寝昼寝で夜はストーカーかよ」

「いい御身分だな」

(こわ)っ」

「キモっ」


 高見の見物を決め込んでいる連中から、野次と罵声が広がっていく。

 どうやら、礼祀の味方はもちろん、中立で様子見する者もいないらしい。

 まぁ、仕方ないだろう。ろくに話したことも無い奴と、クラスの人気者、どっちの肩を持ちたくなるかは分からんでもない。

 人を証拠も無しに犯罪者扱いするのは、信じるだの信じないだのと言う個人の感情とは全く別の話だが。


 中立ならいい。無視されるのも構わない。

 だが、こいつらが、礼祀が(しいた)げられている時に、何もしないどころか態々(わざわざ)唾まで()いてくると言うのなら……



「もう手前(テメー)らの(ため)には、(なーん)もしねーことにするわ」



 人の心身を食らわねば生きていけない者共と、人間社会との間の調停…… 礼祀が睡眠時間を削って黄昏から暁まで奔走しているそれは、誰に頼まれたわけでも命じられたわけでもない。善意と呼ぶのも烏滸がましい、単なる礼祀の個人的な趣味。

 だから、食うに困ったわけでもないのに敵対してくるような人間を、腹を空かせた妖怪変化達を差し置いてまで贔屓してやる必要も無ければモチベーションも無い。




「「はぁ?」」


 礼祀に何をして貰った憶えも無いクラスメイト達は、揃って首を(かし)げる。




 その裏側で




 尋常でなく耳の早い者たちが、日の当たる場所には聞こえない喝采を上げた。

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