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その4:霊能少年の受難

 放課後。


 ホームルームが終わるや否や、黄昏時まで仮眠するかと机に突っ伏した礼祀(れいじ)

 今日もいつもの非日常が始まる……はずだった。


「おい」


 伏せた礼祀の髪が掴まれた。無理矢理に頭を上げさせようとする感触。


「あれ? ……おい! このっ…… え? おい! 四方木(よもぎ)!」


 髪を引っ張った程度では四方木を起こす(・・・・・・・)ことなど不可能だが、名指しで呼ばれては仕方ない。

 礼祀は眠たげな表情のまま、ゆっくりと顔を上げた。


「……十字河(じゅうじがわ)か。どうした。(なん)かあったんか?」


 十字河護里(まもり)。四方木礼祀のクラスメイト。

 身長2メートル前後で体重70キロ超級(・・)の女子中学生。餃子になった耳を丸出しにしたベリーショート。女子柔道部の絶対的エースで、なんたら柔術を伝えるなんとか道場の後継ぎ、らしい。


 花沢の後ろには、目を吊り上げて腕を組んでいる彩湖蓮(あやこはす)由璃(ゆり)と、右手を上げたり下げたりしつつ口を開けたり閉じたりしながら視線を(せわ)しなく動かしている小輪雁(こわがり)夏水(なつみ)がいた。


「どうしたじゃないよ…… この、ストーカー野郎が」

「………………………………は?」


 ドスを利かせた十字河の声に、礼祀は絶句した。


 意味が分からん。なんだこいつ。


 四方木礼祀を傷付けることは、十字河護里が取り得る如何なる手段を(もっ)てしても……それこそ核ミサイルのボタンを押そうが……不可能だ。

 (ゆえ)に危機感が仕事をすることは無く、礼祀は呆けた顔のまま怒れるゴリラを見上げていた。


 十字河(ゴリラ)は、そんな礼祀(まぬけづら)の胸倉を掴み上げ、


 投げた。


 椅子の上から引っこ抜かれるように吊り上げられ、礼祀の体は染みの目立つスクールパーケットに叩きつけられる。


 教室にどよめきが走る。

 ひっ、と、夏水が息を呑む声がした。

 由璃が般若の形相で、仰向けに倒されても(なお)絶句している礼祀の腹を踏みつける。もちろん上履きを履いたままで。


「は? じゃないっての! トボけないでよ! アンタが夏水(ちゅみ)のことイヤらしい目で見ながら付け回してるのは分かってんだから!」

「………………………………は?」


 全然分からん。何言ってんだこいつら。


 ちゅみ、要するに小輪雁夏水(なつみ)の方を見る。夏水は両手で口元を抑え、真っ青な顔で震えている。

 十字河はさっきから四方木の腕を()じって関節を()めようなどと無謀な挑戦を繰り返している。

 クラスメイト達が遠巻きに見物席を形成し始めた。

 由璃は濃い目のアイラインが入った強烈な目力(めぢから)で礼祀を見下ろしながら、足に体重を掛けて来た。


「毎日毎日寝てばっかりで、夜中に何やってんだと思ってたら、この変態野郎! あんた、覚悟はできてんでしょうね? 泣いて謝るまで……泣いて謝っても許さないから!」

「さっきから何言ってんだ、お前ら?」


 呆れ返った気の抜けた声で、礼祀は自分をどうにかしようとしているらしき女子共(じょしども)に問いかける。見上げた視界の隅に短いスカートの中のスパッツが映ったが、心底どうでもいい。


「いつまでシラ切ってんのさ? 今さら誤魔化せやしないよ。さっさと観念しな!」


 礼祀の腕と格闘していた十字河が、息を切らせながら獣のように吼える。


「ストーカー? 俺が、小輪雁を? したことねーぞ、そんなこと」


 踏みつけられたまま、気のない声で当然の主張をする礼祀。

 そりゃ、夏水に限らず霊波を感知して、怪力乱神に襲われたら分かるようにはしているが、それもストーカーって言うのか?


「嘘つくな! 由璃が見たって言ってんだ。なぁ由璃?」

「そうだよ! 夏水(ちゅみ)も見たよね? ね?」

「え、え」


 後ろで縮こまっていた夏水は、10センチ背の高い親友と50センチ背の高い友人に水を向けられて、さらに縮こまった。


 二人の視線が夏水を射貫く。

 礼祀も夏水の(ほう)を見る。

 クラスの目が夏水に集中する。


「ね?」


 由璃が首を(かし)げながら、にこーっと笑ってそう念を押す。

 人に詰め寄られた時に助けてくれていた親友に詰め寄られ、限界まで全身を硬直させた夏水は、


「ひ、ひぅ」


 声にならない声を出しながら(うつむ)いてしまった。


「ほら!」


 由璃が満面のしたり顔で礼祀を見下ろす。


「ほら、って何だ…… まさか、今ので首を縦に振ったとでも言いたいのか?」


 呆れる礼祀の上で、


「こんなに女の子を怖がらせといて、罪悪感のひとつも感じないのかい? 見下げ果てた奴だね!」


 十字河が改めて鼻息を(あら)らげた。


「ええ…… お前らに怯えてるんじゃねーのか、アレは」


 礼祀の呟きに、誰も答えようとしない。

 マジかよ。やっぱり。サイテー。クラスメイト達が口々に礼祀を罵り始める。


 少年少女たちの、嫌悪と憎悪と軽蔑と嘲笑の顔が、倒れた礼祀を取り囲み、見下ろした。




 ああ。


 そうかそうか。つまりそう言うことか。




 礼祀は、念のために改めてクラスの連中を霊視する。

 取り憑かれていないか、操られていないか。別のモノが化けていないか……

 全員の無事を確認すると、




 礼祀は、明王の(ごと)き憤怒の相を浮かべた。

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