その2:霊能少年の生き方
空が白む頃、礼祀は自宅に帰った。
今日も悪霊を成仏させたり怨霊を宥めたり怪異の様子を見たり妖怪に説教したり神霊と相談したり……忙しい一日だった。
街外れの山の中に建つ大仰な洋館の門を潜る。
「おう、お帰りさん」
父、慶祀がソファに寝転がったまま、スマホ片手に言った。こちらを見もしない。
「……ただいま」
溜め息を吐くように礼祀は答える。
父がこんな時間に起きているのは、礼祀を迎えて労うためではない。日本とは時差のあるどこぞの国で、株か何かの取り引きをしているのだろう。
四方木慶祀、35歳。個人投資家と言う名の無職。
霊能力を使ってしこたま儲けている、礼祀の父親だ。
「毎晩毎晩、よく続くねぇ」
呆れか嫌味か、いずれにしろポジティヴな感想は含まれていそうにない父の言葉。
いちいち相手にしているヒマはない。今日も学校があるのだ。さっさとシャワーを浴びて、少しでも仮眠を取らなければ。
「大いなる力には大いなる責任が伴う、ってか?」
無視されても、まるで怯んだ様子を見せずに言葉を続ける慶祀。
礼祀は引き続き無言と無視で答える。別に責任を背負い込んだつもりは無い。礼祀が己の力を用いて人間社会と怪力乱神の仲立ちをするのは、自分がそうしたいからだ。
己の飢えを満たす術も知らず、何のために生まれて来たかも分からないまま、苦悩と虚無の果てに消えていく怪異を見たくないから。
欲や情に溺れて己を見失った怪異に、悪業を積むためだけに殺される人間を見たくないから。
食い殺される兎を選び、飢え死にする狼を決めるような、いつ刺されても当然の所業を熟せる力を持っていることに意味を感じるから。
言ってしまえば、単なる趣味だ。他にしたいことが見つかったら何時でも辞めてやるさ。
と、心の中で舌打ちして、礼祀は慶祀の横を素通りし、風呂場へ向かおうとする。
「責任なんてのは取るべき人が取るんじゃなくて、取れる奴が取らされるもんだぜ」
あ?
と、思わず出掛かったその言葉を、礼祀は呑み込む。
父と喧嘩しても不毛でしかないことはもう分かり切っている。少なくとも、今の礼祀の力では、慶祀に何か責任を取らせるようなことは出来ない。
四方木の家に生まれた子供は、数え年で七つになるまで、人として扱われない。
礼祀の兄を、姉を、弟を、妹を、まともに名付けもしないままに過酷な修行を強いて殺したのは、礼祀達の父である四方木慶祀なのだ。
父も祖父から同じ扱いを受けたことは理解している。
だから尚の事、家族の犠牲の果てに得た力を、自分がダラダラするため以外には陸に役立てようとしない此の男が不愉快だった。
父親の稼いだ金で不自由なく暮らす身であることが忌々しい。
間に立つなら半分は人間の視点を持っていなければなるまいと、義務教育くらいは受けるつもりでいるが、中学を卒業したら、直ぐにでもこのイカれた家を捨てるつもりだ。
冷たい水で頭を冷やすと、礼祀は短い眠りに就いた。