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16/20

その16:決まってんだろ、こんな奴らの運命なんて。ホラーなんだから

 血のように赤い斜陽に照らされ、(おど)(おど)ろしい陰影を浮かび上がらせた廃病院の姿に、彩湖蓮(あやこはす)由璃(ゆり)は震え上がり、十字河(じゅうじがわ)護里(まもり)は汗を(にじ)ませた。


 え? ここが目的地? ここで治療するの?

 このボロボロの廃病院の中に、実は設備の整った清潔な手術室があるとでも?

 どこの秘密基地だよ。闇医者のアジトにも限度があるだろ。


 薄々感じていた恐怖が、怪我の痛みを上回り始める。

 これ以上は自分をごまかせない。この状況は、異常だ。


「ま、待て! これはどういう事だ!? 納得のいく説明を聞かせろ! 私は鳥熊(とりくま)道場の十字河護里だ! 無体な扱いは互いのためにならんぞ!」


 痛みを(こら)えて、十字河は叫んだ。

 道場の名を出すのは虎の威を借るようで不本意だが、右腕がこれでは抵抗などできるはずがない。元より、個人の力など(たか)が知れている。武道家の強さは武道を通じて(つちか)った武門の絆の強さだ。


「………………」


 白衣の男たちは、また、顔を見合わせる。

 また、だんまりか。そう思った矢先、


阿呆(あほう)よのう」


 男の一人が口を利いた。

 地獄の底から響いてくるような声だった。


「その歳で分別もつかぬとは」

「7つの子でもあるまいに」

裳着(もぎ)を済ませてもよい頃合いよな」

「人の道を外せば、餓鬼畜生と同じよ」

「我らのようにな」

「違いない」


 はっはっは、と、男達は笑った。


 ……子供だと甘く見て、まともに話をする気が無いのだろう。と、十字河は判断した。

 目的は営利誘拐か? それとも、変質者が女子中学生を慰み者にしようとしているのか……

 学校からケガ人を運び出すフリをして攫ったということは、状況を把握して計画的に事を起こしている。通り魔ではない。

 そもそも、教室の内情をどうやって把握したのか? 内通者がいたと言うことか。考えられるのは当然、四方木(よもぎ)礼祀(れいじ)だ。奴が夏水(なつみ)をストーキングしていたのは、個人的な劣情を満たすためではなく、犯罪者集団の手先となって獲物を物色するためだったのだ。おのれ、どこまでも卑劣な……!


 歯軋りしようが、どうにもならない。右腕の靭帯を()じ切られた少女と、右脚の靭帯を捻じ切られた少女は、担架に乗せられたまま白衣の男達に運び出されていく。

 運び込まれた待合室は(すべから)く廃墟であった。朽ちた内装が爛れた皮膚のように垂れ下がり、割れたガラス片に切り裂かれた椅子から綿がはみ出ている。綿は血のように赤い夕日に照らされて赤黒く染まっていた。


 ひゅうッ、と由璃の喉が鳴る。十字河でさえあまりの不気味さに固唾(かたず)を呑み込んだ。


「ちょっと、あの、んギッ!!」


 抗議しようにも、乱暴に運ばれる激痛で口を利くことも(まま)ならない。


 そのまま、容赦なく手術室へと搬送される。

 不気味に点滅する『手術中』の表示灯に、二人の顔が引き()った。


「いやああああああ! いやあぁぁァァアアアッ!!」


 ()えた臭い。錆びたメス、濁った注射器、見たこともない機械。変な染みのついた手術台の上に転がされ、由璃は身も世もない絶叫を上げた。


「ほほ、やはり若い娘は活きが良いのう」

(しか)り然り。御陵(ごりょう)(さま)()(たっ)しとは言え、耄碌(もうろく)した老耄(おいぼれ)は食い飽きたわ」

「少子高齢化対策の一環、だったか?」

「人の世も大変よの」

「まぁ我らには預かり知らぬことよ」

「違いない」


 はっはっは、と、男達は笑った。

 少女達は全身の毛を逆立てた。もう痛いとか言ってる場合じゃない。このままだと変質者どもに犯されて殺される。


護里(まもり)ィィィイッ! なんとかしなさいよォオッ! なんとか流の継承者なんでしょォォオッ!?」

「言われずとも! 扱心(きゅうしん)武徳(ぶとく)流柔術鳥熊(とりくま)派、十字河護里! 変態どもの好きにはさせんッッ!!」


 一世一代の見得を切ってアドレナリンを迸らせた十字河は、手術台から跳び降りながら男の一人を目掛けて蹴りを放った。

 高所から長身を活かして体重を落とし込むような、予備動作の無い滑らかで重い蹴り。

 およそ腕を痛めた女子中学生の蹴りとは思えない。そこらの喧嘩自慢は勿論、腕に多少ならぬ覚えがある武術家ですら、足刀の軌跡を察することも(かな)わずに骨を砕かれていただろう。それは確かに、並ならぬ才能を血の滲むような努力で磨いた(わざ)だった。


「ほほ! やはり若い娘は活きが良いのう!」


 十字河護里は会心の蹴りを掴まれ…… 振り上げられ、振り下ろされた。

 由璃の鼻先を、身の丈2メートルの巨体が唸りを上げて通過する。

 十字河は跳び降りたばかりの手術台の上に戻された。


「が、ふ」


 受け身もクソもない。

 棒切れのように叩きつけられた肢体から、ベシャッという湿った音とペキッという乾いた音が同時に響いた。

 動かなくなった十字河に手術台を占領され、片隅に身を寄せた由璃はガタガタと震え始めた。


「よさんか、身が痛む」

「少し柔らかくした方が良かろ?」

「柔らかいのは小さい(ほう)だけで()え。大きい(ほう)は歯応えのあるままにしとこうや」

「まだ絞めるなよ。肝は生き肝に限る」

「何を(ツウ)ぶっとるか、この悪食(あくじき)が」

「違いない」


 はっはっは、と男達は笑った。


 由璃は震える手で必死にスマホを掴み出す。

 迷わずロック画面の緊急通報ボタンを押し、110番をタップした。


『……彩湖蓮か。どうした。(なん)かあったんか?』

「はぁあっ!? 四方木!?」


 何これ? どういうこと? なんでアドレス帳に登録してすらいない四方木に繋がるわけ!?

 スマホが壊れた? 乗っ取られた?

 ああ、そうだ。クラスの連中が言ってた。このあたしが悶え苦しんでるのをほったらかしにして、四方木にスマホをハッキングされたと大騒ぎしてやがった。

 四方木? アイツが?

 この状況はアイツのせいなの? アイツに仕返しされてんの?

 あたしの足をこんなにしといて、まだ足りないの? どんだけ執念深いの?


『今さら何の用だ。さっきの戯言の説明でもする気か』

「え、えっと…… あ、あの」


 由璃は震える声で四方木に話し掛ける。激痛に苛まれていたはずの右足は、凍りついているかのように感覚がない。


「こ……これ、アンタの差金よね?」

『知るか』


 プツッ……

 十字河護里が小さく痙攣して、こぽっと血泡を吹いた。


「ちょ…… ちょっと! ちゃんと(はなし)をしろよ! 勝手に終わらせんなよ! これじゃワケ分かんないのよ! ねぇ! 四方木!」


 どんなに叫んでも、スマホは何も答えない。

 男達は顔を見合わせ……




 爆笑した。


「あぁ、あぁ、なんと愚かな!」

犍陀多(かんだた)に通ずるものがあるな」

(まっこと)救い難い」

「多少なりとも感じぬものかや」

「心に映すものがないんじゃろ」

「違いない」


「分かるように言えよ!」


 哄笑を遮って、彩湖蓮由璃は絶叫した。


「アンタら、どこの誰!? 何でこんなことすんの!? あたしをどうしたいの!? ちゃんと説明しろよ! ナメてんの!? 何様のつもりよ!」


 小輪雁夏水(ちゅみ)に近寄る(ハエ)どもを、何度も恫喝してきた。十字河護里(メスゴリラ)を後ろに従えて睨みつければ、思い通りにならない奴などいなかった。

 そのメスゴリラは今、寝転がってピクピクしているが、どうでもいい。もうワケ分かんないのだ。




 男達は、また顔を見合わせ……

 やはり、爆笑した。


「おう、おう、我らが何様か、見せてやろうかの」

「うむ、心は十分に()ろうた」

「そろそろ(しし)()むとしよう」

(モモ)は我ぞ」

(バラ)(ワシ)に」

「目玉を寄越せ」

「久々の若い娘じゃ。子宮(コブクロ)を食わずには()れぬ」

大腸(クソワタ)を破くなよ。臓物(モツ)が台無しになる」

「言うに及ばずよ」

「小さい(ほう)の娘が()えの。肉が(ヤワ)い」

「硬いも柔いもあるか。どうせオヌシは丸呑みじゃろうが」

「おうよ、喉越しが肝よ」

「生き肝は譲らんぞ?」


 男たちがマスクを剥ぎ、白衣を脱ぎ捨てた。

 一回りも、二回りも、大きくなる人影。


 ある者は剛毛を生やして角を突き出し。

 またある者は、ぬらぬらと鱗を纏って牙を剥き出す。

 羽を広げ爪を伸ばす者もいた。




 それは、人ならぬモノどもの宴。



 

 少女の唇から、積み上げた皿が雪崩れ落ちたような凄まじい悲鳴が上がった。






 その後、彩湖蓮由璃と十字河護里の姿を見た()はいない。

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痴漢冤罪やってた女子高生が堂々とテレビで自慢げに冤罪を話してた事を思い出す。
この件が無くても冤罪事件やらかしてた疑惑
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