その12:さらば同じ穴ブラザーズ
「殺人鬼!」
「ストーカー野郎!」
「痴漢!」
「コソ泥!」
「詐欺師!」
「食い逃げ!」
「ぼったくり!」
「美人局!」
「アレだ! ガイカンなんとか! 1番罪が重いヤツ!」
保健は踏まれ続けていた。流す涙も謝る声も枯れ、今はただ体を丸めて生まれてきたことを後悔している。
「おい、手前ら!」
ああ、また四方木礼祀が増えた。
もう止めてください。もう許してください。なんでも言うこと聞きますから……
「他者様に化けて勝手なマネすんなって言ったよなぁ!」
次の瞬間、保を襲っていた暴力の嵐が止んだ。
四方木礼祀が、四方木礼祀たちを蹴散らしたのだ。
「ぐぇぇぇ!」
「ぎゃああ!」
「げぇぇっ!」
「うわぁあー!」
派手な悲鳴を上げて、転がった四方木礼祀たちが動物の群れに変わっていく。
タヌキ? アライグマ? よく分からない。それぞれ微妙にデザインが違う気がするが……
「なんでぇぇ!?」
「話が違うっすよ旦那ぁ!」
「コイツらのためには何もしないって言ったじゃないですかぁぁ!」
喋った。人語を。
「手前らの教育のためにやってんだ、ボケっ!」
こっちの四方木礼祀は人間のままだ。いや形相は牙を剥き出した獣のようだが。今までの四方木の群れより数倍怖い。
「やりたきゃ手前の面下げて手前の甲斐性でやれや! 次に他者の面ぁ使うような狡いマネしやがったら、体の中と外を逆にすんぞコラあ!!」
国家の法も世間の常識も通じない怪異をまとめる礼祀のやり方は、言っちゃなんだが警察よりも任侠に近い。
震え上がった動物たちは、金玉を縮こませながら礼祀の足元に平伏した。
「済みませんでした!」
「反省してます!」
「自分らがバカでした!」
「もうしません!」
「心を入れ替えます!」
四つん這いでヘコヘコする狢どもの姿に、天野手鞠がころころと笑う。
「はぁ…… もういい。行け。これ以上手間取らせんな」
「はいッ!」
「失礼しましたッ!」
雷獣の如き疾走で、タヌキやらアナグマやらハクビシンやらが逃げていく。
保健室に静寂が訪れた。
四方木礼祀は無言で踵を返し、去っていく。保のことは見向きもしない。天野手鞠が鼻唄を唄いながらその後を追っていった。
「……なんだったんだ……今のは何だったんだ……うう……」
保健は床に蹲ったまま、呆然と嘆く。
全身に無数の動物の毛と、泥まみれの肉球の跡が残っていた。雨に打たれた犬の臭いがした。




