その11:霊能少年、目覚める
茜色に染まった黄昏時の陽射しに照らされて、四方木礼祀は目を覚ました。
クラスは惨憺たる有り様だった。
腰から崩れ落ちている根瓶誠二。
膝から崩れ落ちている矢追文花。
一郷恋波と上成二愛が掴み合いの喧嘩をしており、その間に挟まれた府玉田翔流は右の頬が真っ赤に腫れて左の頬には引っ掻き傷。
彩湖蓮由璃と十字河護里は呻き声を上げ、小輪雁夏水はペタンと座り込んだまま虚ろな目でカタカタ震えている。
そんな惨状を他の誰かがどうにかしようとしているワケでもなく、各々自分のスマホをぢっと見つめたり、狂ったように電源を入り切りしたり、バラしてカードやらバッテリーやらを抜き出したり、床に叩きつけて踏みつけたりしている。
どうでもいい、好きにしてくれ。と、礼祀は席を立つ。
「にーさまー」
そんな礼祀にそんな声を掛けたのが、天野手鞠だ。
「おー、サキか。そうやってんのは珍しいな。楽しかったか?」
「うん。メリーさんも、おおはしゃぎだった」
「マジかよ。お前ら、こんな時間からどーしちゃったの」
礼祀は思わず苦笑した。昼間っから大騒ぎする連中もいなくはないが、妖魅心霊のテンションが上がるのはやっぱり逢魔時からである。
「そんなに飢えてたんか? ちぃと締め付け過ぎてたんかなぁ」
『N-no! you're right, sir!』
誰かのスマホから返事が聞こえた。
「あー、メリー。こいつらのスマホ、名義は保護者だろうから、繋がる限り食い散らかしたりすんなよ。いつも言ってるけど、程々にな」
『Sir, yes sir!』
幼女みたいに舌足らずだった日本語と違って、英語は妙に流暢だ。
「サキも程々にしとけよ。他人の体に馴染み過ぎると、後々困るぞ」
「んー、じゃあ、あといっこだけ。あまいのたべたい。あめじゃないやつ」
「分かった分かった。そこのコンビニで好きなの買ってやる」
「ぱーらーがいいー」
「もうそろそろ逢魔時だから、また今度な」
「むぅー。はーい」
傷つき疲れ果てていたクラスメイトたちも、これには度肝を抜かれた。
にーさまって何だ。サキってどういう事だ。
こいつら、こんな関係だったんか。
つまり、この惨状の元凶はこいつらか。
ブッ殺してやる!
……とは思ったが、相手はゴリラを瞬殺するバケモノで、他人のスマホを好き放題に弄ぶスーパーハッカーである。
道理でよく寝てるわけだ。地方の公立中学校なんかに用があるとは思えない。なんで居るの?
それでも…… それでも全員で襲いかかれば、いくらなんでも、どうにか……
しかし、クラスの絆はズタズタに引き裂かれたばかりである。一致団結しての連携攻撃なんて出来る気がしない。迂闊に前に出たら誰に盾にされるか分かったもんじゃない……
「全部あんたらの仕業かぁぁぁぁあ!!」
冷静さを失った生徒が単身、天野の背後からタックルを敢行した。天野の親友だった女子。
天野がすぅっと女子の脇に手を差し入れてクルリと身を翻すと、襲いかかった女子の体が鮮やかに弧を描いた。
反転して背中から床に落ちた女子は、ウゴェッと咽せたような悲鳴を上げて沈黙した。
「このひときらーい」
「短気で短慮なとこさえ無けりゃ良い奴なんだぞ?」
「つまりタンキでタンリョなワルいヤツなんだね」
「そうだな」
礼祀がぽんぽんと、天野の頭を撫でる。
そのまま、歳の離れた兄妹のように仲良く、2人は教室を去って行った。




