その10:メリー・バッドエンド
「………………」
短くない沈黙の後、クラスメイトたちは、はぁぁ~! と弛緩した息を漏らした。
「んだよー! やっぱり根瓶ちゃんの悪戯じゃん!」
「いやー、割とマジでビビっちまったわ。やられたやられた」
「おー、メリーさんのイラスト、可愛いじゃん。どこのアプリ?」
「スマホの中に来てくれるオチとはなぁ」
「それ、お喋りとかできんの? コス変は?」
「ちょっと! 彩湖蓮ちゃんと十字河さんのこと忘れてない!?」
口々に安堵を伴った感想を呟きながら終わった気になっているクラスメイトたちの中で、根瓶誠二は恐怖で浅い呼吸を繰り返していた。
こんなアプリ、入れた憶えは無い。誰かが勝手にインストールしたのか? やっぱりウィルスに……
『もしもし、私メリーさん。今、あなたの動画フォルダにいるの』
「まだ続きあんの?」
「だから、そんなことやってる場合じゃないでしょ。終了させなよ」
「ネガちゃん?」
どこをタップしても、反応しない。画面の中のメリーさんは勝手にアニメーションし、ホーム画面を動き回ってアイコンを漁りフォルダを開いていく。
『もしもし、私メリーさん。今、あなたの隠しフォルダにいるの』
「止めろぉぉーーーーっ!!」
根瓶は絶叫して、狂ったようにスマホをタップした。
電源ボタンを押しても反応しない。メリーさんは止められない。
『もしもし、私メリーさん。今、あなたのメッセージアプリにいるの』
隠しフォルダ? メッセージアプリ? 何をする気だ? まさか……!!
根瓶の顔が真っ青を通り越して真っ白になる。
「ネガちゃん? どうしたの」
「もういいって。これ以上は引っ張りすぎだろ」
「まぁ、不謹慎だったとは思うけど、空気が解れたのも事実だし……」
「塚井馳夫が遅いから間を持たせてくれたんだろ? ナイカバナイカバ……」
次の瞬間、クラスメイトたちのスマホから一斉にメッセージの着信音が鳴った。
「……メリーさん?」
「いや、塚井か保だろ。遅れてる理由とかじゃね」
「クラスのグルチャだな」
「何これ? 動画?」
「差出人、ネガちゃんじゃん」
「メリーさんの続き?」
「ちょっと、何これ……」
騒めく教室の中、根瓶誠二は完全にフリーズしていた。
どうしたらいいか分からない。どうなるのか、考えたくもない。
違うんだ。
散々おねだりして、試験でいい点取って、お年玉を返上してクリスマスプレゼントに買ってもらったドローン。
嬉しくて、夢中になって何度も飛ばした。自動操縦にして、自動撮影していただけ。
撮れたのは偶然だった。
自己顕示欲のために公開したり、売って商売したりする気なんて全然なかった。
ただ、個人的に、ひっそりと楽しんでいただけ。誰にも迷惑なんて……
「うおっ!? おおおおおっ!?」
「何これ!? なんでこんなもんが!?」
「ちょっと男子! 見んな!!」
「どういうことよ、メガネ星人!?」
……一介の地方都市に過ぎない狗尾柄市の、数少ないタワーマンションの最上階。
油断しきって全開になったカーテンの向こう。可愛らしい部屋で戯れる二人の少女。
湯上りだろうか。地味なパジャマを着て困り顔の小輪雁夏水に、過激なベビードールを鼻息荒く押し付けようとする、バスタオル1枚の彩湖蓮由璃。
秘密のお泊り会のワンシーンが、カメラに切り取られてクラスのグループトークに公開されていた。根瓶誠二の名義で。
「おまっ! これっ! フザけんなよ!」
「ストーカーはお前じゃねーか!」
「だから男子! 見るな! 消せ!」
「夏水ちゃん! 彩湖蓮ちゃんっ! 大丈夫!?」
根瓶誠二は声も無く膝から崩れ落ちた。ズレた眼鏡が床に落ち、割れる。
「クソメガネ星人! あんた、説明しなさいよ! そうやって黙ってりゃ済むとでも思っ……」
めーりさんのひっつっじー ひっつっじー ひっつーじー
根瓶に詰め寄った女子生徒の、スマホが、もはや聞きなれた、例の電子音を放つ。
一瞬、硬直した彼女、だが、無視して根瓶を問い詰めようと……
『もしもし、私、メリーさん。今、あなたのスマホにいるの』
「はぁぁぁぁ!? ちょっと、何!? クソメガネ、あんたの仕業!?」
『もしもし、私、メリーさん。今、あなたの隠しフォルダにいるの』
「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!」
彼女のスマホには眠っている。大事に書き溜めて来た渾身の力作、クラスの男子たちをアレやコレやしてナニさせている、保健総受けの禁断のナマモノが。
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「こーよいこなたの さんばんくびは
みっつみさげた くろぶちめがね
みどもたなあげ せっきょうすれば
でんわのあのこに くびつかまれて
みからでたさび ばらまかれ
みるにたえない さらしあげ
くびみっつーめは さーらしーあげー」




