その1:逢魔が時にも丑三つ時でも
「逃げ……れた?」
少女は校庭にへたり込む。
制服は汗塗れで、足は石のように重かった。もう一歩も動けない。立つこともできない。
なんだったのだろう、アレは。
「ながら歩きをするなぁぁ!」
「お前らみたいな奴らのせいで俺はぁぁぁ!!」
部活が終わり、片付け当番も済ませ、スマホ片手にメッセージアプリを見ながら帰宅しようとした放課後。
昇降口から校門への道中、いきなり薪を背負って本を手にした少年の銅像が、悪鬼羅刹の形相で怒号を上げながら追いかけて来た。
慌てて逃げようとするも、これまたいきなり、ズシリと背中が重くなる。
悲鳴を上げ、首を捻じって背中を弄ると、何時の間にやら背板と薪が固く括り付けられている。とても外せそうにない。
少女は走った。訳も分からず遁走した。
校門は何故か閉まっている。校舎の玄関も閉まっている。泣いても叫んでも人の気配は無く、夕焼けは血のように赤い。
銅像は執拗に追いかけてくる。銅像だからか子供だからか、足は速くない。だが、疲れる様子も飽きる兆しも全く見えない。
対して、少女の息は切れ始める。背中に薪が擦れる痛みは、段々と酷くなっていく。
なんで私がこんな目に合うの?
追い付かれたらどんな目に合うの?
何も分からないまま、背中と横っ腹の痛さに絶望を感じ始めた頃……
その辺にしときな。
と、声が聞こえたような気がした。
それが、少女の悪夢の終わりになった。
「ちょっと、大丈夫? こんなとこでどうしたのさ」
地べたに座り込んだまま荒い息を吐く汗だくの少女に、通りすがりの面倒見の良さそうな生徒が声をかけた。
※※※※※※
「気は済んだか?」
「済みませんでした」
謝っているのか、気が済んでいないのか。多分両方だろう。
曽ては精励刻苦の象徴として校舎に飾られていたその銅像は、傍らに立つ穏やかな目の少年に頭を下げた。
「程々にしてくれよ」
「はい……」
「……しんどいわなぁ。今さら子供の教育に悪いなんて言われちゃあ」
「………………はい」
「クルマが普及して、スマホが普及して…… 時代の流れってヤツだ。お前が悪いワケじゃねーさ」
「は……い……」
銅像は泣く。涙を流さずに。
少年は銅像が動かなくなるまで、共に夕焼けを見つめていた。
やがて、日が沈む。
霊能少年、四方木礼祀の長い夜が始まる。