味噌汁を世に広める決意
この日を境に、わたしは味噌汁の更なる研究を進めた。
ボルテックス帝国は広大で、人口も世界一。
平民や貴族、あらゆる人種が住んでいる。
帝国の民たちに味噌汁の素晴らしさを広めたい。
その一心でわたしは、全財産を叩いて、ついにお店を出すことに決めた。
「……フェリシア、あれから一週間が経過して間もない。なのに、お店を出すとは……」
「この世に味噌汁を広めるためですから」
「まあいい。お前のやりたいようにやればいい。この私も資金援助をしよう」
「ありがとうございます、お父様!」
とても嬉しい。今までお父様に認められたことはなかった。けど、最近は優しくてわたしの料理を褒めてくれるし、ついにはお店も許してくれるようになった。
がんばって良かったと思える。
でも、まだこれからだ。
あのジェフをなんとしてでも悔しがらせてやりたい。
その為にも……。
――わたしは、屋敷を出た。
門の前には馬車が。
そこにはマッドの姿があった。
あたたかい風が彼の銀の髪を撫でていた。なんだか幻想的。
「フェリシアさん、お待ちしておりました」
「いつもありがとうございます、マッド。また力を貸してくれるなんて」
「いえいえ、いいのです。私は常に困っている人の味方なのですから」
それにしても、マッドは不思議な人だ。わたしに料理スキルを与えて、更にいろんなサポートまで。お店の場所だって、マッドが教えてくれた。
彼がいなければ、わたしは今も前へ進めないままだったかもしれない。
マッドには感謝しかない。
「では、お店へ」
「分かりました。馬車へお乗りください」
ちなみにそのお店のある中央区は、魔法禁止エリアが存在してテレポートができない。だから、馬車を使う。
もしルールを破れば、高い罰金を払わなければならない。
そういう小さなことも、わたしは勉強して知識を増やした。
馬車は走り出す。
帝国の中央区を目指して。
* * *
街中は非常に活気がある。
たくさんの人たち。にぎやかでお祭りみたい。ここでお店を経営できれば、きっと味噌汁も飛ぶように売れるはず。
みんなに認知されれば、きっとジェフも黙っていられなくなる。
全てを出し切るつもりで、わたしは頬をピシャリと手で叩いて気合を入れた。
「がんばろう……」
直後、馬車が止まった。
ここがお店。
わ……ここって中央も中央、ド真ん中じゃないの。
ガヤガヤと多くの人であふれる露店街。
豪商は大きな建物を構え、たくさんの商品を取り扱っている。……こんな中でわたしは味噌汁を売るの……!?
なんだか場違い感が凄い。
けど、やると決めた以上はやり通さなきゃ。
「フェリシアさん、こちらになります」
「すごい。三階建てでしょうか」
「そうです。元々は宮廷錬金術師のお店でした。でも、その方は亡くなったようです。なのでここはボルテックス帝国の管理下に置かれていましたが、現在は侯爵家のものです。問題ありません」
お父様が多額のお金を支払い、所有権を得たようだった。おかげで、わたしはこんな素敵な場所でお店をオープンできる。なんか夢みたい。
「本当にありがとう、マッド」
「私はキッカケを与えたに過ぎません。全てはフェリシアさんのお力ですよ」
「いいえ、マッドは恩人です。救世主といっても過言ではないでしょう。感謝しかありません。ぜひ、お礼をさせてください」
「その言葉だけで十分です。だから気になさらず」
丁寧に遠慮するマッド。
どうしてそんな欲がないのだろう。
普通、富や名声を欲すると思う。
侯爵家の力で彼を出世させることも可能だ。でも、マッドはお金だとか、そういうものに興味を示さなかった。
なんて謙虚で誠実な人。
ジェフとはまるで違う。
わたしは、マッドなら……って、胸の高鳴りがっ。息が苦しい……うぅ。でも今はダメ。恋よりもお店の方が優先なのだから。
「……っ」
「どうかされましたか、フェリシアさん?」
「い、いえ! なんでもないのです。その、お店があまりに立派だったもので、胸がいっぱいになってしまったのです。感動しました」
「それは良かったです。ええ、本当に」
自分のことのように嬉しそうにするマッド。そんな表情されると……顔が熱く。……ど、どうしてしまったの、わたしっ。