まだ諦めない
出来立ての味噌汁を容器に入れ、わたしはジェフの屋敷へ向かった。
今度こそ……見返してやるんだ。
玄関まで辿り着くと、ちょうど彼が出てきた。
「……フェ、フェリシア!?」
「ジェフ、わたしは帰ってきました。あなたにこれを食べていただく為に!」
「ふ、ふざけるな。お前とは婚約破棄したんだぞ! それに、味噌汁は嫌いだ!」
拒絶するジェフは、屋敷の中へ戻っていく。
諦められないわたしは、扉に足をかけた。
「待って下さい。一口でいいので食べてください」
「……断る! フェリシア、お前のことはもう愛していないし、顔も見たくないんだ」
「え……」
「それにな。俺にはもう将来を誓った相手もいる。近所に住む伯爵令嬢さ」
そ、そんな……ここまで頑張ってきたのに。その努力は水の泡なの……。酷い。
悔しくて涙があふれ出てきた。
「……っ」
「泣いても無駄だ、フェリシア。悪いが、もうこの屋敷には来ないでくれ!!」
突き飛ばされ、わたしは尻餅をついた。更に宙を舞った味噌汁の容器がわたしの頭上に。味噌汁の雨を被ってしまった。
幸い、冷めていたのでヤケドはしなかったけれど、酷い有様になった。
「……ジェフ」
「ははは!! お前にはそれがお似合いだ!!」
力強く扉が閉まる。
……わたしは何をしているんだろう。
ジェフにギャフフンと言わせるって決めたのに、それどころか返り討ちにあってしまった。
味噌汁塗れになった、わたしはそのまま屋敷を出た。
その帰り。
あの青年が現れた。
「お久しぶりです、フェリシアさん。……おや、随分と汚れていらっしゃる」
「…………」
「辛い目にあったのですね。では、その汚れを取って差し上げましょう」
彼は触れることなく、わたしの味噌汁を除去してくれた。染みになっていたドレスが元通りになり、においも取れていた。……不思議な力。
でも、今はそんなことに関心を寄せている余力もなかった。
「…………いっそ、味噌汁の具になってしまいたい」
そんな憂鬱感に苛まれ始めていると、マッドが励ましてくれた。
「フェリシアさん、貴女は一生懸命で素晴らしい女性だ。まだまだ伸びしろもあるのです。がんばればきっと国中から認められる存在になるでしょう」
「……でも」
「一度、お屋敷に帰りましょう。お父様が心配しておられることです」
マッドは、わたしの手に触れて爽やかに笑った。
そして、気づくと場面が切り替わって――、一瞬で見覚えのある建物の前にいた。
こ、ここってわたしのお屋敷!
まさか、テレポート……。
「マッド、あなたはいったい……」
「もう少ししたらお話しします。さあ、今は心を落ち着かせて」
「ありがとう、マッド」
歩きだすと、丁度お父様がやって来た。
「フェリシア! どうしたのだ、その顔は……酷いぞ」
「……お父様、わたし……うわぁぁぁん……」
「そうか、だめだったか。くそっ、ジェフめ……可愛い娘を泣かせおって!! もう許せん!!」
お父様は腕をまくって、どこかへ向かおうとした。けれど、わたしは止めた。
「もういいんです。あんな薄情な男のことは忘れます」
「だが……」
「わたし、決めたんです」
「……なにをだ?」
「もっと美味しい味噌汁を作って、みんなに味を知ってもらいたい。そうすれば、きっとみんなが認めてくれる。あのジェフだって悔しがるはずです」
今はそれしかないと思った。
マッドが言ったように。
わたしには、今はそれしかない。
だから。
「分かった。父さんもお前の為に全力を尽くそう」
「ありがとうございますお父様」
まだ諦めない……。わたしの心は完全に折れたわけではない。今に見てなさい、ジェフ。あなたを絶対にギャフフンと言わせてやるッ。