侯爵令嬢の料理スキル
自分の屋敷へ帰った。
さっそく料理が上手になったのか試すために。
厨房を借りようと向かうと、お父様が阻んだ。
「フェリシア、帰っていたのか。こんなところで何をしている」
「……お父様、わたしは料理を作りたいんです!」
「料理だと!? そんなことで我が家に戻ってきたのか。ジェフとの関係はどうしたのだ」
わたしは婚約破棄された事実をありのままに打ち明けた。
「――というわけなのです」
すると、お父様は涙を滝のように流して同情してくれた。
「うおぉぉぉぉおん!! フェリシア! なんて可哀想なフェリシア……! そうか、ジェフに味噌汁をぶちまけられて……婚約破棄を……。食べ物を粗末にするとは、なんと愚かな! 許せん!」
お父様は食べ物を大切にする性格。
だから、粗末に扱う人物を許せない性質なのだ。
このままでは堪忍袋の緒どころか、血管がはち切れて死んでしまうだろう。
わたしはお父様をなだめた。
「落ち着いてください。確かに、深いショックを受けました。でも、これで終わりにしたくないんです。ジェフをギャフンと言わせてやりたいんです!」
「……侯爵令嬢のお前がそんな苦労を背負う必要はないのだぞ。料理は、専属のコックに任せればいいのだ」
それでも、わたしは首を横に振った。
ここで挫けてしまっては、自分を許せなくなってしまうからだ。
一度決めた以上は、最後までやり遂げる。それが、わたし。
「お父様。厨房を貸してください」
「……やれやれ。そんな真剣な眼差しを向けられては、この道を譲るしかあるまいて。よかろう……」
「お父様、ありがとうございます」
「ただし!!」
「……っ!?」
「ジェフをギャフフンと言わせるのだ。それが約束であり、条件だ」
ギャフフン……なるほど、そこまで言わせれば、わたしの勝ちだ。絶対に、美味しい味噌汁を作ってやるんだからッ!!
こうして、わたしの料理生活が始まった……。
まずは、厨房に立って味噌を……味噌、味噌……。
「どうしたのだ、フェリシア」
「あの、お父様……お味噌はないのですか?」
「ミソ? なんだそれは」
「大豆などの穀物に塩に麹を加え発酵させたものです。ジャッポンという異国の国の食品ですよ」
「さすが我が娘、詳しいな」
どうやら、お父様は御存知ないようだった。
そもそも、異国の国は遠方すぎて知る人は少ないのが実情。わたしは、たまたま知り合いを通して異国の食文化を知ったのだけど。
「お願いです、お父様。お味噌を取り寄せていただけませんか?」
「可愛い娘の頼み事だ。よかろう……しばし待て」
――三日後。
「……お味噌汁には具材も必要ですよね」
いろいろ勉強していると、背後から声が聞こえた。
「フェリシア! フェリシア!」
「お父様。なにを慌てて……あ、お味噌ですか!?」
「そうだ、お前に言われた通り取り寄せた。最上級のお味噌だ」
「ありがとうございます、お父様」
「なぁに構わん。さあ、さっそく作ってみてくれ」
「はいっ」
わたしは料理スキルのレシピ通りにお味噌汁を――あッ!?
「……ど、どうしたのだ、フェリシア!」
「お豆腐がありません!!」
「トーフ!? なんだその奇怪で珍妙な言葉は……?」
「お豆腐です。白くてプリンプリンした食材なんです」
「白くて……プリンプリンした……? そんなものが実在するのか!?」
「はい。異国から取り寄せられるかと」
「分かった。そのトーフとうやらも入手しよう」
任せろと走っていくお父様。
権力を使って入手困難な食材を取ってきてくれる。感謝しかない。
――更に三日後。
「これでもう完璧です!」
「豆腐も届いた。フェリシア、今度こそ味噌汁を作れるのだろうな!」
「もちろんです。見ていて下さい」
わたしは料理スキルを使い、味噌汁を調理していく。
手をかざすだけであっと言う間に具材が混ざり、見事な味噌汁が完成した。自分でも驚いた。これが料理スキルなんだ。
手間な工程を省いて、一気に完成だなんて……なんてラクチンなの!
「おぉ、一瞬で完成か。このスープが味噌汁とはな」
「どうぞ、お召し上がりください」
「……うむ。では、一口」
お父様は、器に口をつけゆっくりと味わっていた。
「どうですか、お父様」
「……美味い」
「え」
「美味い! とんでもなく美味いぞ、フェリシア! この味噌汁というものは、身も心も温まるのだな。素晴らしい! こんな料理ははじめてだ!!」
感激して褒めてくれるお父様。良かった。これであのジェフをギャフフンと言わせてやれる!
もうこれで何も怖くない。
わたしは自信をもって彼の前に立つことができる。がんばろう。