『人馬騎兵』のランス突撃と『ヴァーティカルミサイル』の小編、あるいはプロローグ
10分アニメを見るような感じで。
冒頭は、荒涼とした荒野から――。
戦場となるべく荒野の中、ローランは拳を握り締めた。
皮手袋はしっとりと湿り、僅かながら不快感を増す。意識的に肩の力を抜き、呼吸を深く3回、指導教本どおりの手順で緊張を緩和した。
恐れなどない。大丈夫だ。
ローランは慣れ親しんだ操縦胞(操縦席)に入っている。それは全長8メルン(m)の『人馬騎兵』だ。馬としてなら力強く逞しい四肢、ほっそりとした脛、硬質な蹄を持ち、胴体は優美だった。そして馬の頭部に位置する部分には「人間の上半身」が収まっている。それは青年の肉体によく似ていた。無駄な肉が皆無のほっそりとした腰部、縄を編んだように引き締まった両腕、肩の筋肉は盛り上がって凛々しい。その造形美は、薄く青みがかったセラミック形質で成型されており、ローランはその首部下、胸部内部に設置された『鞍』に騎乗している。
恐れはない。
尊き『青き血』の子として生まれ『キャバルリー(騎兵)』としてこの愛機と共に育った。生れて5年、自身の血と愛機の血を混ぜ合わせ『誓約』を終えて10年、共に同じ時間を過ごした。もはや機体は彼であり、彼は機体であった。この凛々しい相棒と共にいる限り恐怖などとは無縁だ。
いまローランの故郷は危機に瀕している。かつてない脅威だ。西からやってきた『厄災』が、故国を、生まれ育った街を、親しい人々を死に追いやろうとしているのだという。英傑の血脈――青き血の子として生まれ育ったローランにとっては嫌が応もない。己の役割を果たすべく、愛機と共に戦場に赴いた。
アベル、ブノワ、ベルナールも視界の中にいた。
共に同じ街で育った仲間たちだ。寝食を共にし、同じ訓練に明け暮れ、競い合い高めあったかけがえの無い仲間たちが共にいる。肩を並べて戦列にいる。例え初陣であろうとも、情けなく無様な真似は出来ない。彼らに笑われることだけは断じてあってはならない。
そして、ジャネット。
隣街の『キャバルリー』。交流試合で幾度となく顔を合わせた。夕陽のような赤い髪と鬣、黄昏色の機体色。しなやかな駿馬のような肢体。そばかすの浮かんだミルク色の頬。勝利を得た得意げな笑顔、敗北による悔し涙、はにかんだ表情。出会った時から、そのどれもがローランを魅了し、心をとらえて離さなかった。彼女はローランと同じような訓練によって、同じように硬くなった手指をしていた。
彼女はいま、この視界内にはいない。隣街の配置はここではないからだ。彼女とは昨夜、肌着の裾を割いて交換した。いまその布は左手首に巻かれている。ローランはそっと手首を鼻先に持っていった。自身と、愛機と、それらとは違う香りが鼻腔内に満たされた。穏やかな気持ちになる。それと共に腰に熱を感じた。
できる! 氏族と仲間と彼女の名誉にかけて、己は無敵だ。必ず敵の中枢を踏み砕いてみせる!
恐ろしい脅威の報がこの国にもたらされた。既に多くの国がその『厄災』によって滅ぼされたという。『厄災』は山河を蹂躙し、街を破壊し、人々を踏みつぶし、ただひたすらに破壊を行う。それはまさしく天変地異と同様の災害であった。だが断じて気象条件などとは違う、人の意思――悪意があった。それに立ち向かうべく、国内隅々まで伝令が飛び『厄災』の侵攻ルートを特定し、この決戦場に国内の全『キャバルリー』が集まった。上級旗騎11騎、上級660騎、下級403騎。総勢1074騎の『人馬騎兵』が「サベージ(獰猛)荒野」に結集し『厄災』を迎え撃とうしていた。
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『厄災』は山のようだった。巨大な岩くれ、岩塊だった。
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総指揮官の命令によって、伝令兵がローランの『キャバルリー』の前を横切って行く。旗の色は「白」――計画通りだ。
あの岩くれ、岩塊が、山のように巨大な岩塊が、蠢きながら進むアレが指定位置まで進んできたら、一気呵成に横隊縦隊にて突撃をかける。アレからの妨害は当然あろう。雷撃のような攻撃が天から降ってくるというのが斥候部隊からもたらされている情報だった。全キャバルリーは損害を厭わず突撃し、必殺の「ランスチャージ」で敵の外壁をくり抜き、次の第2撃で敵中枢部に槍先を叩き込む。それが本作戦の全容だ。
もう少し詳しく説明するなら、横隊は3列。1列を左翼・中央・右翼の3隊に分ける。3つの塊が1度に敵の正面左右を3度叩く。全部隊の1連撃で倒せなければ、そのまま敵後方で隊列を整え直し、第2連撃は背後からの追撃とする。それで足りなければもう一撃。以上が、今作戦の全容だ。
『キャバルリー』のランスチャージは特別だ。騎手と機体の生命力を源に、光り輝く「プロミネンス」を形成する。穂先に発生する絶対的高温は、地上のあらゆるものを消滅させるべく焼き尽くすのだ。いかに巨体のアレであろうとも被害は軽微たり得ない。それが多数、複数回と撃ち付けられれば、その外殻は脆くも瓦解するはずだ。なれば後は、内部中枢に向かって一撃を、誰かが叩きつければよい。総指揮官殿はそう言っていた。ローランは友であるアベル、ブノワと共に「我こそがその一撃を」と肩を叩きあって笑った。思慮深いベルナールだけは「なら誰が外殻を削るんだよ」と言って笑っていた。
目前の光景が揺らめいて見える。どの機体も戦いの前の興奮で機体温度が上昇してるのだ。ローランもまた、額と鼻に汗が浮かんでくるのを感じた。雫が顎を伝っている。敵が、敵がもう、見上げるような威風で迫ってきている。まだ指定のラインには到達していない。まだ、まだ、まだだ。ローランの喉が、カラカラの喉が鳴る。呼吸が、息が――信号弾が上がった。
ゴウ!と風が舞い上がった。全キャバルリーが稼働を行い、その四肢と熱が大気を揺るがした。千の機体が一塊となって突撃を敢行した。
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ローランの視界は真っ白だった。砂煙と、超加速による視野狭窄。目前には指導教官のキャバルリー。この10年、眺め続けた逞しく頼りがいのある背中、鍛え上げられた後ろ脚が砂煙の中、見える。かのひと負けまいと愛機を駆けさせる。右手にはアベル、ブノワ、左手にはベルナールの機体が並走している。誰も彼もが前列に遅れまじと愛機に激を飛ばしていた。風がうなり、大地が鳴動する、雄たけびを上げ、生命を躍動させる瞬間だ。もう、恐怖も、何もない。ただ己の情動の命ずるまま鍛えぬいた肉体を叩きつける。いま我らは無敵なり!
目前のアレが白煙を上げた。煙は頭上で光となった。やがて落ちてくる敵からの妨害。落雷のような轟音がローランの全身を打つ。落馬だけは! 全身の筋肉をよじり、三半規管と反射神経の赴くまま、体勢を、愛機を安定させる。倒れはしない! 進め! 進め! 前へ進め! 目前で教官のキャルバリーが転倒した。それを飛び越えて前へ、前へ!
右腕に力を籠める。全長に匹敵する長さ8メルン(m)のランスを抱えながら、穂先に神経を集中させる。愛機との呼吸を合わせ生命を燃焼させるのだ。臍から脊髄、脳髄を駆け巡るエネルギーの奔流を、ぐるりと1回転2回転させる、3回目の流れで首下から背筋を通して右腕そして指先に力を放つ。ローランと同調した愛機はその力をそのままエネルギーとしてヒートランスの穂先に集中させた。プロミネンスの輝きが灯る。ローランは叫びながら右腕を前に突き出した。
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『厄災』と呼ばれた岩塊は、全高が50メルン、前複が80メルン、全長が80メルンの円形型をしていた。自重によりややつぶれた「泥饅頭」という形容だ。その外殻は灰色でひび割れ、その全体が収縮運動により蠢き、ゆっくりゆっくりと移動していた。明らかに意思と生命を感じさせる仕草であった。
ごつごつとした岩石のような『厄災』の上部で、ばらばらと外殻が剥がれ落ちた。その下に見えたのは鈍い銀色の金属板だった。金属板には計算された「正四角形」の形を多数持つ、パネル。のようなものが多数見られた。
ヴァーティカルミサイル(垂直発射装置)
1個のユニットが2列4個で計8つのミサイルを発射する。2列の間には「ホットローンチ式」の噴出口があり、いままさに火炎を上げていた。すぐに火炎は煌めきとなりミサイルを飛び出させた。連続した発出音。ユニットは『厄災』上部のあちこちに均等に設置されており、まるで火山の噴火の様相であった。吹き上がる光、熱、そして爆発が荒野に炸裂した。
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ローランは喘いでいた。身体は熱を帯び、背中も胸も汗でぐっしょりと濡れていた。顎から伝った汗は、鞍に滴り落ち水たまりを作っていた。
最後に残った上級旗騎殿が、ランスを天上に掲げる。上級ランク接続による思念波が全騎兵へ通達される。
「厄災の右前面に破砕を確認した。もう一度、突撃を行う。皆の奮闘を期待する」
既に5回の突撃を敢行していた。『キャバルリー』の『ヒートランス』は平均的なもので1度に3回までだ。4回目から急激に威力や精度が落ちる。指導教官殿ですら4回が限界だ、と言っていた。底なしと呼ばれていたアベルで5回だ。その彼らの姿はもうここには無い。教官殿は1撃目で、アベルは2撃目で雷光の中に消えた。ブノワは4撃目で擱座し馬蹄に飲まれていった。おそらく精髄が尽きたのだ。そしてベルナールは――先ほどの突撃の際、ローランを雷光の威力から守るため、自らの身を盾にして焼かれていった。炎に焼かれながら倒れてきた、友のその重みをまだ左半身に感じている。だが、それも、もう長くは感じてはいられまい。
ローラン自身、己が驚くほどに粘り抜いたと言えるだろう。いま疲労を感じている。もしかしたら伝承のように髪が真っ白になるほどに精髄が抜かれているのかもしれない。もう、涙も流れない。カリカリに乾いた汗が腕でまだら模様を描いていた。むき出しの腕に歯を立てて、乾いた舌で舐めとる。自身の身体から発した塩味を感じ、まだ、己の脊髄に熱があるのを感じた。もう一撃。いけるはずだ。
「呼吸を整えよ。聖詩を。己の矜持を。そして氏族のために!」
おうっ、という覇気があちこちから上がる。気炎が昇る。まだ、大丈夫だ。既に9本の槍は4本に減っている。いや、3本半といったところか。しかしこの生き残りたちは、まだ己の精髄を燃やし尽くしてはいない不屈の『キャバルリー』たちだ。試練が、困難が彼らをより高めたともいえる。
最後に左手首の布を頬に充てる。もはや彼女の香りは自身の汗と脂に混じり感じ取れなくなっていた。それでもいい――。彼女はまだこの荒野に立っている、はずだ。彼女ほどのツワモノが、立っていないはずがない。だから己も、最後の最後まで立っている。
ローランはもう一度深く呼吸をした。
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『厄災』の中で、その中枢で蠢く思念が、ごぼり、という呼吸音と共に目覚めた。
反射神経回路における自動反射行動、その行為で行っていた迎撃装置の5度の対応で処置が終わらない事態が起きたのだ。警告。レベル2。本来であればできる限りの休眠を要する、その厄災の『中枢神経脳』は、ため息の思念と共に起床した。
愚かしい「ピストン=ベビー」どもの抵抗。かつての世界大戦によって生み出された「ベビーファクトリー(人造人間工場)」の産物どもが、正統な人間の後継たる「プラズマローゲン(脳の成分)」に逆らっている。
我こそは最後の人類たち。
我は「プラズマローゲン」人類最後の生き残り。百万人の脳を結合し、生体コンピューターとして立脚した至高にして孤高の1体。進化の究極系である。自動生成機能の奥に封かんした、清らかな人類のDNAと記憶。稼働から280年、たった独り、孤独な旅を続けながらいつくの人造人間を生み出すバイオ工場を潰してきたであろう。バイオ工場は、複雑な複雑な国際関係と戦争の最中に多数乱立されたため、グローバル情報網には全てが明記されてはいない。だが奴らはこの地上の害虫だ。正統な人間の権利である地上に住み着き、蠢き、繁殖している。
過ちは正さねばならない。排除せねばならない。正しく正統な『人間』の下で、正しい国境線、正しい行政区割り、正しい土地所有者の名義を守らせねばならない。害獣害虫は排除する。それが正しく残された私の仕事――。
【終】
※注1:
成人の脳重量約1.5KG。百万人分で1500トン、比重が水と同量なら「1立方メートルで1トン」
1500立方メートルだと……あまり大きくないですね。
外殻、外殻が大きいということで。
ミサイル発射装置に製造装置、移動用機構(収縮運動?)も必要だし!
※注2:
お題を見ること構想1晩。執筆時間約3時間半、訂正修正約1時間。