一通の手紙
「お兄様」
ここは講堂の控え室。講演会が中止になり落胆している芳子の元へ少女がお茶を出す。
「ありがとう、千鶴ちゃん。」
千鶴ちゃんと呼ばれた少女の名は千鶴子。芳子の秘書でもあり妻でもある。芳子の身の周りの世話をしてくれている。日本軍のやり方に反発した芳子の唯一の理解者であり、日本での講演会も千鶴子の案である。
「お兄様、あまり無理はしないで下さいね。」
「ありがとう。だけど今の満州の現状をしってもらわないことには何も変わらない。それに僕は大丈夫だ。千鶴ちゃんがいるから。さあ、そろそろ出ようか。」
芳子は千鶴子と共に裏口から会場を後にする。
裏口で芳子達を待っていたのは1人の少女だった。
「あの、」
黒いおさげ髪に赤い着物、黄色い帯の少女だ。胸にはロザリオをしている。
「あの、川島芳子様ですよね?」
「ああ、そうだよ。君は?」
「私本日と昨日芳子様の講演聞かせて頂きました。霧風舞と申します。あの、これ読んで下さい。」
舞は両手で白い封筒を芳子に差し出す。
「貴女、お兄様に恋文?駄目よ。受け取れないわ。」
千鶴子が返そうとする。しかし
「千鶴ちゃん、いいじゃないか。舞ちゃんだね。ありがとう。後でゆっくり読ませてもらうよ。」
「ありがとうございます。」
舞は頬を赤く染め満面の笑みを見せると一礼して去っていく。
移動中の車の中芳子は舞から受け取った手紙を開ける。
「お兄様、私の前で恋文読むんですか?」
なぜか千鶴子は機嫌が悪い。
「千鶴ちゃん、機嫌直して。恋文って決まった訳じゃないだろう。」
芳子は便箋を開く。
「芳子様へ
突然のお手紙にさぞ驚かれたことでしょう。私は九段下のハリストス正教会で子供達に勉強を教えています霧風舞といいます。
講演聴かせて頂きました。芳子様のことは女学生の頃から少女雑誌で拝見していました。芳子様のお姿を間近で拝見できたこと光栄に思います。
私は女学校の授業や新聞では日本軍はアジアの指導者でありアジア民族の手本だと言われてきました。しかし芳子様のお話が事実なら日本軍の行動は由々しきことです。 芳子様の真っ直ぐなお気持ち伝わりました。どうかその信念を貫いてください。
私は芳子様の考えが日本軍、そして日本人にも分かってもらえる日が来ることを礼拝堂で祈っています。
昭和8年7月15日 霧風舞」
「千鶴ちゃん、見てくれ。」
芳子は千鶴子に手紙を渡す。
「彼女のように僕の考えを理解してくれる人もいる。だから君が提案した講演会は無駄にはならなかったよ。」
「お兄様、良かったです。お兄様が満足なら私も嬉しいです。」
千鶴子は芳子の手を握る。
今作は舞ちゃんと千鶴子さんWヒロインで書けたらと思ってます。