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波の花の如く  作者: 月河庵出
第1章 農民編
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第8話 墨が無ければ文字が書けない







 年が明けて俺は14歳に竹次は7歳、竹三は5歳になった。


 いつも通り田植えが終わり、俺は教本を作ろうとして、紙の前で呆然としていた。



「鉛筆も万年筆も当然ないけどさ。筆は竹を加工すれば筆にする事が出来るけど、墨がねえよ」



 (すす)(かまど)に付いた煤を使えば良いけど、(にかわ)がねえ。やっぱり、膠が必要なんだ。墨汁は水と膠を混ぜた液に煤を投入してかき混ぜれば完成だ。固めれば墨、液状なら墨液だ。


 あーあ、思い付かない。その時、声が聞こえて来たんだ。



「ゲコゲコ、ゲコゲコ」



 フフフフフッ、そうだな。膠の元が沢山いるじゃないか。でもなあ、蛙を鍋で煮るのか、家には鍋が1つしかない。この前、臭い竹を鍋で煮て、母ちゃんに怒られたんだ。

 でも、蛙を煮るしか膠を手に入れる方法が無い。


 その時、村の鐘が2度鳴らされた。そうだった、越後屋が来る頃だった。越後屋に新しい鍋を売って貰えば良いんだ。


 ニヤニヤして待っていると、越後屋が現れた。



「おや?笑顔でお出迎ですか??なんぞ、良い事でもありましたかなあ???」



「嫌なに。今回は全て、銭で頼む。後、大きさの違う鍋が有れば2つほど買いたい」



「分かりました。所で、椎茸ですが、もう少し、取れませんか?」



「ほう?数を増やすかあ。まあそれも出来ない事ではないが、直ぐには無理だな。出来るだけ早い内に数が増やせるようにするよ。越後屋、どうやら、引手数多(ひくてあまた)のようだな。物というのは価値が高く希少な物ものほど高いのは当たり前だが、それを求める者が多い程、物の価値も上がるよな」



「これは一本取られましたなあ。正直申して、椎茸がお寺さんにこれほど高値で売れるとは思いませんでした。お陰でお寺さんの米も扱えるようになり大きな商いが出来るようになりました。越後屋なんぞ大層に名乗っていますが、街では小さな商いを細々として、この様に息子達と一緒に自ら商品を村々に運んで商いをしています。だがね。あんたが幸運を、いや、大きな幸運を運んで来てくれた。これは私にとって大きな商いをする好機なんだ。だから、頼みます!」



「分かったよ。でもなあ、越後屋。お前も商人なら分かると思うけど、お前に利を(もたら)すように俺にも同じだけの利が無ければ商売は成り立たない。今は良いが、いずれは役に立ってもらうが構わないか?」



「フッ、何を言われるかと思えばそんな事。この椎茸を見た時から竹さんとこの越後屋は一蓮托生ですよ」



「分かった。今後とも宜しく頼む」



 その後、二人で怪しくフフフフッと笑った事は内緒だ。


 前回から椎茸は全て種の打ち込み栽培に切り替えたから、今回も4貫文になった。更に、煮干しの売上から1貫文貰った。俺の取り分は儲けの2割だから越後屋の奴、煮干しで5貫文儲けているのか。たった1年程度でこれだと、あいつ将来煮干し問屋の大店(おおだな)になりそうだな。ああ、そうそう毎月煮干しも(かめ)一つ分追加で頼もう。汁物に入れてダシとしても具としてもいい。カルシウムは重要だよ。


 越後屋から大きな鍋と小さな鍋を200文で買った。昨年の繰越金が4貫文、煮干しの売り上げが1貫文合わせて8貫文と800文になる。まだまだだ。

 

 越後屋と別れた後、竹次と二人で蛙を捕まえる事にした、捕まえた蛙は内臓を取り出し、買ったばかりの小さな鍋に次々と投入していき、半分くらいになった時に水を入れて煮始めた。

 生臭い酷い臭いがする。竹次の奴は、サッサッと田んぼへ行ってしまった。


 俺は臭いで頭が可笑しくなりそうだったが、どうにか我慢して棒で鍋をかき混ぜた。


 こうして、ドロドロの膠の様なものが出来た。生臭い、臭い液体だ。これに手製の竹ざるで濾し、冷やして固まった部分が・・・ウゲッ!我慢だ。膠?が完成した。


 この(にかわ)に水を加えて加熱し、(かまど)から取って来た(すす)を混ぜると、墨液の完成なんだよな?

 苦労して作った竹紙に竹を加工して作った筆をこの墨液に漬けて、字を書く。



「オオッ!?ちゃんと字が書けた。臭いはそんなに・・・うっ!顔を近づけると、やっぱり臭い。でも、煤と水で臭いも薄まっている。でも、字が滲んでるな」



 もう少し膠の量を増やしたら、(にじみ)みが抑えられた。臭いは少し強くなったが仕方が無い。

 

 これで、あいうえお、から、んで終わるひらがなの教本と、漢字の教本は大変だから物語を教本として漢字を覚えて貰おう。桃太郎とかカチカチ山、アンデルセン的な物語もいいな。

 算数の教本も作るか。しかし、時間が無いな。灯りが無いから夜作業が出来ないんだよな。越後屋から油を買って、夜作業しても良いけど、その所為で視力が落ちれば戦場(いくさば)で殺される確率が上がるよな。

 流石に限界だ。小作人が必要だ。


 父ちゃんと母ちゃんに相談して元次(げんじ)叔父さんの所から従弟(いとこ)を家で雇うか相談する事にした。


 父ちゃんと母ちゃんは俺が(きのこ)を栽培していて、それが高価な事は前回の着物の件で分かっていたが、今回の取引で銭が全部で8貫文ほどになった事を話すと、流石に腰を抜かしていた。


 村で生きる百姓が8貫文もの銭を持つことは無いからだ。


 今年は冷害で村での収穫は何処も不作だった。家は二期作が出来なかっただけで、普通だと思う。

 父ちゃんの田んぼと俺の田んぼの米の合計は7.5俵だった。今年は銭で年貢を納めようと考えている。

 従弟(いとこ)を家で雇う事に母ちゃんは賛成だった。明日、元次叔父さんの所へ米を1俵持って行く事になった。家では米と粟が主食で稗や蕎麦は鶏の餌になった。後、ミミズもな。

 今回は俺の銭も少し持って行ってやるか、1貫文で10俵買えるから100文でいいや。


 俺はまた、山越えで叔父さんの家に1年ぶりに着いた。1年前と全く変わらない風景がそこに合った。そりゃあそうか、百姓の家なんかどこも余り変わらないボロ家だもんな。

 寝る時も板の間で布団なんか無いし、着の身着のままだぜ。竹次とか竹三なんかは真ん中辺りで寝るから温かいけど、俺や父ちゃんは端だから冬は寒いんだ。

 


「こんにちは。元次叔父さんいますか?上川耳村(かみかわみみむら)の竹です」



「あっ!竹にいちゃん、珍しい!!父ちゃんは今、畑にいるから呼んで来る」



 あいつ誰だっけ?叔父さんの所、子供が6人いるから名前まで覚えられねえ。

 あれやこれや考えていると、叔父さんに声を掛けられた。



「竹じゃねえか、1年ぶりかあ。何にもねえけど中に入ってくれ」



 家の中に案内され、叔父さんの奥さんの(みき)さんに玄関で足洗の水を出して貰い、その後、幹さんから白湯(さゆ)を出されて、一息つくと、お土産の1俵と100文を渡した。

 前回も米1俵で驚いていたが、今回は銭100文を見て更に驚いていた。



「元次さん、今回来たのは叔父さんの所から家に誰か手伝いに来れねえかと思って来た」



「重蔵の所へか・・・そうだな吉三(よしぞう)はどうだろうかあ。歳は今年で8歳になった。吉三はどうだ?重蔵の所へ行くか?」



「・・・竹兄ちゃんの所へ行けばお腹一杯、食べられるのなら行く」



「・・・そうか。そうだよな。竹、吉三の事を宜しく頼む」



「叔父さん、頼んでいるのは俺の方ですよ。頭など下げる必要なんか無いんです。それより(うち)はもっと大きくなります。それに従い人も必要になる。叔父さんが良ければ、吉三以外も家で働いて貰いたいですよ」



「分かった・・・今日は狭い所だけど泊まっていけ」



 次の日に二人分のおにぎりを持たせられて吉三と二人で我が家に帰って来た。


 吉三の寝床はまだ、幼いから家で寝起きする事が決まったが、家が狭いという事で、俺の寝床が蔵になったのは解せなかった。俺は一応、長男なんだけどさ。


 越後屋が来る前に父ちゃんと村長の所へ行き、家などを新しく立て直す木材を購入した。村長には言わなかったが、8LDKの平屋を建てその後、味噌蔵を俺の田んぼと小川を挟んだ反対側の荒地に建てる予定だ。

 村長の奴、小屋でも建てると思ったんだろうな。木を80本くれと言うと、しょうがねえと8貫文と吹っ掛けやがった。高いよ!林はな、村人全員で苗木を植えたり、雑草を取ったりして、みんなで世話してるんだぜ。村の共有財産だから、村人全員で8貫文分けるのなら分かるけどさ、村長独りに何で8貫文も払わないといけねえんだ。


 その後、村長と交渉して6貫文で合意した。


 不満があるが、自分が村長であれば同じことをすると思えば(ゆる)す事も出来る。これで木材を手に入れる段取りが付いた。村の空き家を大工衆の宿泊先にするつもりだったので村長に相談すると渋々許可をくれた。


 これで新しい家を建てることが出来る。後は、越後屋に頼んで大工衆を呼んで貰えば良いだろう。


 越後屋が来るまで、あいうえおの教本と算術の教本を書いた。これは、簡単だったから2冊づつ作成した。竹次と吉三の分だ。

 紙が無くなったので、今度は沢山の竹をまた仕込んだ。来年の紙づくりのためだ。俺は、色々忙しいから竹次と吉三で荒地の開墾を頼むぞ。たったの0.5反だ、飯の為だ頑張れ。


 教本が完成する頃、越後屋が椎茸を購入しに来た。今回も4貫文で合計12貫文と800文が俺の銭になった。年貢で200文、元次叔父さんの所へ100文、村長の所へ6貫使って、6貫文と500文が残った。年末に海産物代の2貫文と500文を支払うから今年も残金は4貫文の予定だ。


 越後屋には8LDKの平屋を建てて貰うので大工衆の手配をして貰った。

 

 俺の設計した8LDKは凄いと思う。

 リビングは20畳で一部土間で流しの水回りは、小川の少し上流から竹を継いで流しにかけ流しだ。今まで小川で水を汲んでいたので大変だった。壺に水を補充して使っていたが、余り衛生的で無かったしね。

 各部屋は全てフローリングだ、と言うか畳が無いので板の間なんだ。板の間で正座したり、胡坐をかいたりして食事するって慣れない内は拷問だった。

 この生活習慣が日本人の膝を圧迫し足の生長を阻害し身長に影響を与えて、背が伸びない。俺達、百姓は栄養状態が問題だけどな。

 したがって、テーブルと椅子を大工衆に作らせる予定だ。勿論、子供用の椅子もね。


 リビングの目玉は、日干し煉瓦によるストーブだ。日干し煉瓦を積んで縦1.5m、横3m程度の壁の真ん中にストーブを設置して排煙が日干し煉瓦の壁を煙突として外へ排出する構造だ。木の外壁と日干し煉瓦の壁の間を5cm開ける。この空間の空気が断熱となり外壁には熱が伝わりにくくなる。一方、部屋側は日干し煉瓦を積み立てただけなので、排煙が壁の中を通る事により壁を加熱し壁からの放射熱で部屋が温まるという寸法だ。勿論、ストーブ自身からの輻射熱もある。

 ストーブの周りは頑丈な柵で覆う。そうしないと、必ず火傷する人間が出るからな。


 ストーブで発生する熱を有効利用しないと、木っ端や竹が勿体ない。

 

 

 残りの部屋は父ちゃん達の部屋が10畳で客間20畳あり、この2つの部屋は庭に面している為、縁台を設けた。その他6畳間が2部屋、4畳半が4部屋だ。部屋のドアは引き戸で中から(かんぬき)が掛けられる様になっている。その内、使用人が増えたら長屋でも建てるか。フフフフッ。

 床は板を2重として断熱材として藁とヨモギの混ぜた物を板と板の間にひいた。壁は板、断熱材、日干し煉瓦、断熱材、板の順とする。これで断熱と防音が出来る。また、梁は剥き出しじゃなくて天井を付けた。


 窓にガラスが無い。窓は大きめにして引き戸を2重にして、引き戸には(かんぬき)を付けた。


 厠も父ちゃんの部屋の近くに1つ、4畳半の部屋の近くに1つ建てる予定だ。厠はそれぞれボットン式のトイレで小が2つ、大が1つだ。手洗い用の灰汁と手拭いも設置する。お尻は、竹次達の勉強で使用した紙だ。葉っぱから凄い進化した。


 トイレの下に樽を置きクソを溜める。樽には両側に綱をを付ける。運ぶ時に綱の両側に棒を通し2人で運ぶんだ。

 村長の家とか村役の家のクソ樽には何の綱も付いていないし、クソもそこら中付いているから運ぶ時にクソだらけになるんだ。重いしさ。こういう時は以前のボロボロの着物が大活躍だ。


 さて目玉は風呂だ。今まで俺の風呂は家の近くの冷たい水が流れる小川だったが、やっとお湯に浸かれる。

 流しに行っている竹管を分岐させて風呂までつないで、簡単な蛇口を作る。

 風呂は3畳の大きさで、洗い場が2畳ほどある。木で作るのだが、この水量だとかなり水圧がかかるので木材の厚さが結構分厚いものを使用するようだ。木材の枠組みに精緻(せいち)さが無いと水漏れを起こしてしまう。念の為、(にかわ)や松脂を接地面に使うらしい。

 膠は当然、俺の作った膠だろうなあ。


 風呂の横に日干し煉瓦のストーブを外付けにした。越後屋を通し鍛冶屋に大体10cm×60cm、厚さ0.5cmの長方形の片側に複数の穴を開け90度に曲げた鉄板を2枚用意した。


 鉄が貴重なのか加工が大変なのか原因は分からないが、この鉄板2枚がとんでも無く銭が掛かった。風呂の為なら仕方が無い。越後屋に4貫文支払った。これで、年末の海産物代を支払うと貯金0だ。

 

 この鉄板の穴の開いた方をストーブの火が直接当たる煙突の部分に突き刺すようにし、もう一方の穴の無い方を風呂の水の上部に浸すように設置する。鉄板は上下に間隔を3cm程度あけて、先の鉄板と同様に設置した。1枚でも良いが、熱効率を少しでも上げたいので2枚とした。薪は貴重なんだ。


 煙突に突き刺した鉄板が加熱され、もう一方は風呂の水に浸っているので風呂の水を温めるという仕組みだ。風呂側にはこの突き出た鉄板に触らぬように複数の穴の開いた板で人が入る部分と仕切られる。


 お腹一杯に食べて、清潔に生活する。今の世はこんな事が困難な世なんだ。


 さあ、大工が来る間に小川の近くの粘土から自作の木枠でドンドン日干し煉瓦を増産するぞ。出来たのは蔵で保管だ。




 





 


 

 

 


   



 

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― 新着の感想 ―
[一言] 通常、俵に詰めるのは玄米でなく、籾です。籾は一升で1.5kgにはならないのではという意味でした。わかりにくくてすみません。
[気になる点] 米一升で1.5kgなのは玄米では?脱穀まえだとだいたい半分のはずです
[一言] まだ読んでいる途中ですが 実は村長が神的な上位存在だったりしませんかね 主人公の家の周りに不干渉フィールド張って 周囲の村民から認識しづらくしてるとか 何かある種の不気味さを感じました
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