第7話 忙しい毎日
俺の田んぼの120坪の土木作業は余り進んでなかった。だって、やる事が多いんだものなあ。
竹次は、竹三の面倒を良く見ている。母ちゃんは、田植えの時と刈り取りの時以外は田んぼに出る事は無くなった。
と言っても母ちゃんは家事と鶏の世話をして遊んでいる訳では無い。鶏の世話を母ちゃんがやるようになったのは、竹次だと雄鶏がバカにして突っかかってくるようになったからだ。
鶏も大人と子供の違いが分かるようだ。
ここ数年、父ちゃんや母ちゃんは勿論、竹次や竹三もふっくらして来た。以前と比べても顔色が良くなり、やっと少し人間としての生活が出来るようになって来たような気がする。
農閑期に父ちゃんが120坪の土木作業を手伝ってくれたので、かなり田んぼらしくなって来た。二期作が終わる頃、用水路が完成し大体の工事が終わる。
そう言えば父ちゃんが肥溜めの近くに小屋を一生懸命建てていた。
「父ちゃん、その小屋、なんだ?」
「これか?これは厠だ。一々箱に用を足して持って来るのも大変だろう?村長の家の厠を見た時に思い付いたんだ。クソが肥溜めに落ちるようにしてある」
うーん、さすが父ちゃんだな。自分で考え、良いものは取り入れていく。だから、今の家があるんだ。
秋も深まり椎茸が結構採れた。やっぱり、種を打ち込んだ栽培の方が沢山採れた。来年は栽培のみにしよう。
去年の米は食べてしまったので、年貢を差し引いて米が9俵になった。その代わり、稗や粟、蕎麦が備蓄されている。蕎麦は誰も食べないから鶏の餌にしている。
蕎麦は、醤油が出来るまでの辛抱だ。既に椎茸は有るからな。
父ちゃんと二人で村役の家を訪ねていた。
「重蔵、今日はどうした?」
「いやなに。今日はなあ、米とヒヨコを交換できねえかと思ってな」
「ヒヨコかあ。もう直ぐ冬だぞ。ヒヨコなんぞ、米と交換しても直ぐに死んじまう。それでいいのかあ?」
「構わねえよ。ヒヨコ1羽とどのくらいの米と交換してくれる?」
「そうだなあ。ヒヨコ1羽と米1升と交換でどうだあ?」
おっ!米1升というと1.5kgだろう?とすると、1俵30kgだからヒヨコ20羽分だよ。まあ、10羽で良いかあ。とすると、米半俵でOKだな。父ちゃんに頷いた。
「よし!じゃあ、米半俵でヒヨコ10羽だ。ヒヨコはこの竹が選ぶから、案内を頼む」
「分かったよ。でもいいのかあ?ヒヨコなんて死んでも食べるとこないぞ。おい、誰か!!竹を鶏小屋へ案内してやってくれ」
今回は雌だけを選んだつもりだ。まあ、雄だったら大きくして食べるだけだよ。でもさあ、やっぱり、村長の奴、吹っ掛けてた。村長が村人をどう見ているか分かった気がした。
これで、鶏が16羽になる。18羽じゃないのは、デカイ雄を1羽だけ残し、2羽の雄は美味しく頂いたからだ。
さあ、来年は食べる卵を1日一人1個として、ヒヨコから鶏に育て上げ売るか?若い雌なんか幾らになるんだろう?
それには村長と交渉して村に来る商人と直接、取引しないとな。
直接、村を抜けて商人のいる街に行っての取引なんてとても考えられない。途中、ヒャッハーな武士に奪われるか、野盗に襲われて終わりだ。
野盗による数の暴力や人殺しを専業にしている武士に勝てる気がしない。
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冬支度を始めた頃、父ちゃんと村長の所へ行った。村に商人が来た時に直接、取引する為だ。
「重蔵と竹か。して今日は何用か?」
「村長に聞きたい事が有ってな。村に来る商人と直接、取引していいか聞きたくてな」
「越後屋とか。それは構わんが、野菜や少量の米じゃあ、相手にされんぞ。また、商人とはずる賢いものだ。取引して構わんが騙されることがないようにな」
それだけ言うとさっさと行ってしまった。商人は村長ほどずる賢いとは思えないがな。使用人に越後屋は次はいつ来るか聞くと三日後に来るらしい。
商人や流れの鍛冶が来ると、村の鐘が2度鳴らされるので分かるが、準備は必要だからな。
売る物は椎茸だ。
三日後、商人が来た。俺は干椎茸を1個だけ持ち商人を訪ねた。
「あんたが、越後屋さんか?」
「そうだが、なにようか?」
「これを買い取ってもらいたいんだ」
「・・・!?これは!椎茸か!!」
「しーっ、静かに商人なら取引内容は秘密だろう?」
「これは、すまない。でもこれ1つでは取引にはならんぞ」
「家の蔵に沢山ある。ここじゃあ、目がある。ついて来てくれ」
こうして、家の蔵にある。籠一杯の干椎茸を越後屋に買い取ってもらう事に成功した。越後屋には半年に1回の取引で、何処で採れたかは秘密にしてもらい、籠一杯の干椎茸が2貫文で売れた。
「越後屋さん、父ちゃんと母ちゃんと俺の小袖を2枚づつ、それと弟2人の小袖を作る布1反と針と糸が欲しい。ああ、それと帯だな。布や小袖の生地は麻になるのか?」
「そりゃあ、そうですな。尊い方やお坊様などは絹を着ていますな。それと、戦用に木綿も明から入るようになりましたが、とてもとても手に入る品ではありませんな。うーん、小袖ねえ。着物は古着で良かったら、他は揃える事が出来ますな。次に来る時に用意しましょう」
「・・・そうか。古着と言っても余り、汚いのは止めてくれよ」
越後屋はへいへいと言うと、次回来る時に持って来ることを約束して、木の札に証文を書いてくれた。銭で2貫文も持ち歩いていないそうだ。来月かあ、年明けまでには間に合うな。
父ちゃんと竹次と俺で作業して俺の田んぼの拡張工事が終わり0.5反になった頃、越後屋がやって来た。約束通り小袖と布1反等を持って来てくれた。父ちゃんや母ちゃんは驚いていた。
俺も小袖を着たが、小さくて、大人が子供用の着物を着ているようだった。背が伸びるというのは良い事だけじゃない。
今まで来ていたのは麻と藁で出来ていたツギハギだらけの着物だったから、麻とは言え生地厚の小袖は暖かい。
母ちゃんは早速、竹次達の着物を作っていた。
父ちゃんと母ちゃんは2着のボロの着物を持っていたが、俺は1着だったので、洗濯している時は夏は裸、冬は藁で編んだ蓑を着ていた。
そうそう家族全員、着物の下は何も付けていません。だって、布は貴重品なんだもの。今回のお買い上げは2貫文でした。2貫文って米20俵だぜ。越後屋、中間マージン多いんじゃね?
さてと次は、家の新築だな。10畳、実質8畳の板の間に5人で暮らしているのは我慢ならない。将来も考えて8LDKの家を新築するつもりだ。新しい家は今の家の前の畑を潰して建てる。
家の右横の畑は蔵と鳥小屋で小さな畑になったし、新たに畑を開墾するかな。
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年が明けて俺は13歳に竹次は6歳、竹三は4歳になった。竹次も竹三も綺麗な小袖を着ていて、家族揃うと、ただの百姓には見えない。
今年は俺と竹次で俺の田んぼの残り0.5反を開墾しようと思う。また、竹次には文字と算術を教えるつもりだ。
紙が必要だ。
紙の製造かあ。木とかを潰して灰で煮て、更に細かくして紙漉で漉いて乾燥させれば完成だよな。
ここは竹が豊富だから竹でやって見るか。
取り敢えず、修理したボロ樽に入れた水に適当な大きさに切断し踏んづけてバラバラにした竹を浸けておく。
田んぼに植えた稲がすくすく伸びた頃、ヒヨコの雌雄がハッキリして来て、何と今回は雄が3羽、雌が7羽だった。
我ながら中々、優秀だと思う。その内、竹次にも教えてやらないとな。
これで雌が13羽の雄が4羽だから、最初の雄と、今回の雄3羽の内1羽を残し、雄2羽は食べるよ。
鳥小屋が狭くなってきたから、父ちゃんに相談して鳥小屋を拡張しよう。鳥小屋と蔵の間の畑も無くなってしまうな。
田んぼの土起こし、肥しやり、水が温くなり水入れ田植えが終わった頃、越後屋が家へやって来た。あれ?何やら持って来ているな。
「越後屋さん、今日は何か持って来たのか?」
「たまには、こういうものもどうかと思いましてな」
越後屋の持って来たものは、蛤と鯵の干物だった。うっ?!越後屋の奴、・・・素晴らしい!
「ほう?幾らするんだ??」
「蛤は10文、鯵の干物は1枚1文でどうですか?」
「買おう。鯵は全部くれ」
「どうもありがとうございます。鯵は30枚ありますので、合わせて40文ですな。おっ!今回は沢山の椎茸ありがとうございます。椎茸と差し引きして3貫文960文です。お納めください」
椎茸は、種を打ち込む方式に全部変更したからな。増量に成功したんだ。それより、海産物が食べられるのか意外とここは海が近いのかな。食べる楽しみが増えたぜ。
「蛤でも浅利でも良い。但し、砂抜きしたものだ。月に1度、越後屋が来るたびに持って来てくれ。あとな鯵の干物も180枚は無理か?」
前世の干物と全然違う。完全に水分の無い乾いた干物だ。これなら1月程度持つだろう。6人で毎日1枚30日食べて180枚だからな。
「これはまた。流石、竹さんですな。180枚程度、ご用意しましょう」
この際、海藻の干したものと煮干しも頼もう。
「それとだな。海藻の干したものと煮干しも欲しいな」
海藻の干したものは問題が無かったが、越後屋に煮干しを説明したが煮干しは無かった。それどころか、鰯は小ぶりで食べる所が無くてすぐ腐るので浜では捨てているようだった。勿体ないなあ。
「越後屋!商いを更に大きくする気はないか?」
「はあ?竹さん、何か閃きましたかな?」
俺は、越後屋に味には旨味があり、煮干しはその旨味を出す為のダシになり、食べれば体に良い事と煮干しの製造方法を教えた。まあ、煮干しの製造方法と言っても鰯を鍋で煮て、乾燥させれば完成だけどね。
「それが本当だったら?えらい事ですよ。なんてたって鰯はただ同然ですからね。それを煮て、干せば完成だなんて・・・ハハハハ・・・」
「越後屋。俺の考え付いた事で商売をするのは良いんだが、俺には決め事が合ってな。俺が考え付いた商売で儲かった場合は、儲けの3割を貰うのが俺の決め事だ」
「ほう。竹さんの決め事ですか?そうですか・・・フフフフッ、実はこの越後屋にも決め事があるんですわ。そうですな。相手は竹さんなら特別に儲けの2割ですな。フフフフッ」
越後屋とフフフフッと不気味に笑い合い。俺の食生活は大きく向上する事が約束された。これで、バッタやコウロギともお別れだ。俺達兄弟が食い荒らすから最近、余り取れなくなって来たから渡りに船だった。
今年は天候が余り良くなく、冷夏の様だった。その為、俺の田んぼでは二毛作は止めて、1度目の稲刈りが終わった後に、大豆を作付けする事にした。
0.5反と言え、肥しの差込、畝づくりと大変だった。
大豆は荒地で育つ的な印象があるが、連作障害が出やすい。結局は肥料不足なんだよな。大豆は土壌の過剰な水分が苦手だから畝を作り1昼夜、水に浸した豆を作付けすれば問題が無いはずだ。
父ちゃん達は粟や冬野菜を作付けすると話していた。
0.5反の荒地の田んぼ作りは思ったより進んでいなかった。
午前中は農作業、午後2時間程度竹次の教育、その後再び農作業の毎日。俺はそれに早朝と暗くなるまでの木刀と木槍による稽古と椎茸の面倒を見なければならない。
田んぼ作りは、父ちゃんに少し手伝ってもらおう。
竹次に教えている文字は楷書だ。死んだ婆が持っていた少ない書物を見た事があったが、行書のような文字で所々分からなかった。
俺も竹次も今の世の字を見て、その時に学習すればいいんだ。俺の前世の爺ちゃんの字は行書をさらに崩したような字で最初は半分くらいしか読めなかったぞ。
冷夏と言えど夏は暑い。そんなある日、水に浸けた竹の樽から腐った臭いが漂うようになって来た。そろそろ、良いみたいだな。
俺は鍋でお湯を沸かし、竈の灰を入れて、腐った竹を煮た。
1時間煮終わったら、水で洗うと全体的に白っぽくなった。ゴミなどを取り除き白っぽい部分だけを擦り石鉢に入れて、ゴリゴリ細かくしていく。
暫く、ゴリゴリやっていると、繊維が細かくなってトロトロになって来た。
良し、紙漉き用の手製の箱の出番だ。作ったのは良いが隙間が大きく水と一緒に繊維も漏れて大変だった。困っていると、父ちゃんが膠が有れば水漏れを直せるという話をしてくれた。
膠かあ。骨や皮などを煮て、作るんだよな。骨は林の奥に行けば死体が埋まっているから、掘り出して煮ても良いけど。そんな膠、怖くて使えないよな。
動物の骨が必要だ。鶏の骨は出汁を取った後、バラバラにして肥溜めに入れたしなあ。
そうだ、松脂がある。松脂で箱の水漏れは解決した。
水と繊維を箱に入れて竹で編んだ手作りの紙漉きで厚みが均等になるように繊維を梳う。水が切れた所で逆さにして表面が平らな木っ端の上に、ぺチャリだ。うーん、大体長方形だな。
乾燥した所で、ぺりぺりと剥がし完成。
平らな木っ端と言っても、鉋が無いから綺麗な平らにならないんだよ。
何だかんだ言っても趣のある紙が出来た。農作業の合間に紙を多量に製造していると、越後屋が訪ねて来た。もう秋だ。
煮干しは、最初の方はあまり売れなかったが、越後屋が営業した飯屋で煮干しが話題になり少しづつ売れ始めたらしい。
今回の椎茸も4貫文になったが、5カ月間干物や海産物を購入しているから1貫文ちょっと使ってしまい、残金の2貫文と900文と合わせると持ち金が6貫文と900文となった。
越後屋と相談し、海産物の支払いは年末に纏めて支払う事にした。だって、鯵の干物だけで年間2貫文と160文だぜ。これが生活レベルが上がるという事か、恐ろしい。
結局、この年は色々使って4貫文残ったよ。




