第6話 調味料も必要だ
死んだ婆の家に行くと、跡を継いだおばさんがいた。紅葉さんだ。紅葉さんの一家は、紅葉さんが小さい頃、紅葉さん以外が病気で亡くなってしまった。紅葉さんは売られる予定だったのだが、婆に引き取られて婆の養女として育てられたんだ。
「紅葉さん、こんにちは。薬の事で聞きたい事があるんだ?」
「あれ?竹じゃないか??お前、また背が伸びたんじゃないか???えっと、聞きたい事かい、珍しいね」
「硫黄ってあるだろう。ここにあるか聞きたかったんだ」
「硫黄かあ。体の何処かがかぶれたか?」
「いや、体は何とも無いけど少し考えた事があってな。硫黄を探してたんだ」
「硫黄は結構使うからあるぞ。どの程度、欲しいんだ?」
「そうだな。そこにぶら下がっている小さな竹筒程度の量が欲しい。勿論、ただと言うつもりは無い。この米と交換してくれ」
紅葉さんが竹筒に沢山硫黄を入れてくれた。婆の残していった物だから遠慮せず持ってけ、と言われた。
婆の事を思い出し、涙が出そうになったので、ありがとうと言うと直ぐに家を出た。
今年初めての作付けも例年並みに行った。天気自体も問題が無く、二期作を行う予定だ。
この頃に鶏が卵を産むようになった。初めての収穫は全部で5個だ。卵は醤油でかき混ぜて卵かけご飯にして食べると、最高なんだよな。でも、卵を生食するには卵の表面を洗い消毒しないと、サルモネラ菌で食中毒になる可能性がある。大した薬も無い現状で食中毒になったら命の保証はない。
かと言って、食用油が無いのに卵焼きも無い。家には灯り用の油さえも無い。暗くなったら寝るだけだ。
しょうがないので茹でて、塩で食べる事にした。家族5人だから、1人1個である。
俺以外はゆで卵を食べた事が無いらしく、気が付いたら食べ終わっている様子だった。竹次がもっと食べたいと愚図り、竹三の食べかけのゆで卵を食べようとして母ちゃんに怒られていた。
家族には卵は美味しくて健康にも良いが、焼くか煮るかして必ず火を通さないと病気になって死ぬと注意した。
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俺は今年は鶏が生む卵は全て食べる事にした。年末に、村役の一人が鶏を飼っていたので、ヒヨコを売って貰う予定だ。
鶏の血が濃くなる事は良い事では無いからな。数年すれば、村長の家の鶏が死に、新しい鶏を外から手に入れるのだろうから、その時にヒヨコがいれば、また買えばよい。
俺はさっきから卵を見ていた。何か引っかかるのだ。何だろう?
卵は醤油を掛けてかき混ぜて・・・・・あっ!?俺は・・・崩れ落ちた。
俺は何て愚かなのだろう。竹になって8年も経つのに汁物が塩ベースという事に満足して、思考が止まっていた。
味噌や醤油は必要だろうがあ!飢えを満たすだけの人生におさらばすると言いながら、それに甘んじている俺がいる。
このままでは俺はただ生きているだけだ。
父ちゃんを探しに、父ちゃんの田んぼに行った。おっ、竹次の奴は竹三を背負ってあやしていた。
「おーい、父ちゃん!相談があるんだけど、いいかあ?」
ちょっと、待ってろ!と言うと、母ちゃんと一緒にこちらに歩いて来た。
「何だ?また、米を使うのか??」
「いや、そうじゃねえ。実は作りたいものがあるんだ。大豆という豆を知らねえか?」
「大豆?豆かあ・・・豆」
「竹、母ちゃんの実家で豆を少し作ってたけど、聞いて見るかい?」
「本当かい?でも母ちゃんの実家って何処だあ??」
「母ちゃんの実家は、上谷村だあ。ほら、あの山を越えた向こうにある」
えー?!母ちゃんが他の村からの嫁入りだなんて知らなかったよ。母ちゃんいた村は林業が盛んで、農地が少なかった。母ちゃんの実家は兄妹が多く、父ちゃんの村との付き合いが昔からある為、結婚適齢期の父ちゃんがいたので嫁に来たらしい。
驚くなかれ、来た時は髪を梳かす櫛が1つと服だけだったらしい。
着の身着のままで嫁入り、これが普通らしいから、ある意味すげえよ。
俺は次の日に米を1俵を背負い、竹筒の水と竹の葉に包まれたおにぎりの他、母ちゃんが嫁に来た時に持っていた唯一の嫁入り道具の櫛を持って上谷村に向かった。装備はいつも槍代わりにしている棒だ。
いくら鍛えたとは言え、12歳で30kgの俵を背中に背負って山越えは少し堪えた。
あれ?村長や村役に断りもなく村を出て良いのかよ??でも父ちゃんも母ちゃんも何も言わなかったよな。それじゃあ、山に入って鹿とか捕って食べてもいいんじゃねえの?
あっ!駄目だ。四つ足の動物は駄目だった。ギリギリ鳥は二本足だから大丈夫だあ、という感じで食べているんだ。
クソ―、ノブちゃんじゃあねえけど、変な教えを広める坊主は燃えろ!だな。
昼前に山の頂上に着き、谷間に村が見えて来た。ははあ、山の近い方の谷の村だから上谷村かあ。確か、母ちゃんの父ちゃん、俺からすれば爺ちゃんは上谷村の元助だったな。
昼飯におにぎりを食べて、一休みしてから出発だ。
結局、まだ明るい内に母ちゃんの実家に着きそうだ。椎茸も見つからなければ獣にも会わなかった。人里が近いから、獣がいたとしても夜活動しているのかな。
知らない村人に挨拶して母ちゃんの実家の家への道を聞いて、ようやく辿り着いた。
村人は字が書けないし、読めないから手紙も書けない。だから、母ちゃんは櫛を持たせてくれた。身分証明書代わりにこれを見せろという事らしい。
玄関で尋ねて櫛を見せて母ちゃんの息子だと言うと、家に入れてくれた。
お土産の米1俵を渡したら驚いていた。今は爺ちゃんの代わりに次男の元次さんが家長だった。長男は病気で亡くなったらしい。
残念だったのは俺の爺ちゃんは5年前に死んでいた。
母ちゃん、がっかりするだろうな。でも、50歳近くまで生きたらしいから百姓としては長寿だろう。
「それで何の用で訪ねて来た?」
「母ちゃんに豆の話を聞いて、種を少し分けて貰えないかと思って来たんだ」
「ちょっと、待っててくれよ」
奥の方でゴソゴソすると、シワシワの豆を持って来た。
「これは死んだ親父が好きで畑の隅で良く作ってた豆だ。茹でて塩を少し掛けると旨いとか言って、秋によく食べていたもんだ。でもなあ、次の年に豆が余り成らなかったりして量はそんなに採れなかった。それで作付けは止めたんだ。欲しかったらあげるよ」
こうして、大豆?っぽい豆を手に入れることが出来た。今日は遅いという事で泊めて貰った。夕食は俺が持って来た米を少し入れたお粥だった。それでも凄いご馳走なんだ。
その後、母ちゃんの話題や俺の村の事を話した。勿論、俺の家の事は全ては話さなかったが、米を1俵持って来る程度の余裕はあると思ったのか、元次さんの子供の何人かを小作人として雇ってくれるように頼まれた。
この件は家長である父ちゃんと相談して返事をすると伝えた。フフフフッ、食べさせる能力があれば、ドンドン人を増やせる。そうすれば色々な事が出来るじゃないか。
次の日は朝飯をご馳走になり、来た時と同じようなおにぎりを持たせてくれた。
「そうだ。山で茸が採れたから土産に持って行くか?」
「茸ですか?木に成る物もありますか??」
「ああ、猿の腰掛か。あれは不味いぞ」
「いやそれじゃなくて、他に木に生える茸は無いですか?」
「他にかあ・・・ああ、あるな。薪を積んでおくと時々生えている茸がある。裏に来てみろ」
元次さんの後を付いて行くと、あっ!と大声を上げそうになった。だって、椎茸じゃん、これ。
「すみません。この薪を少し貰っていいですか?」
「別に構わんが、薪を少しって変わってるな、竹は」
俺は元気に挨拶して、自分の家に向かった。荷物が俵から椎茸付きの薪数本になって軽くなったおかげで、昼過ぎには家に着いた。
田んぼで働いている父ちゃんや母ちゃんに会い、母ちゃんに爺ちゃんが死んだ話をしたら、そうかと、一言呟いただけだった。
母ちゃんは実家を出た時点で、もう二度と会えない覚悟をしてたんだな。
夕方、元次叔父さんからの話を父ちゃんにしたら、母ちゃんの方をチラチラ見ては、そりゃあ、しょうがねえだろう、とか言っていた。
俺は以前から父ちゃんに言わなければならない話をした。
百姓の寿命から見ると母ちゃんも若くないから、仲良くする時は子種を外に出すように話した。もし母ちゃんにこれ以上無理をさせると死んでしまうよ、と言ったら、父ちゃんは顔真っ赤にして慌てていた。
でも、今の世は出産は死と隣り合わせなんだ。だから、この村も女性が少ない。栄養不足と過労から病気で死んだり、出産で死んでしまうんだ。
父ちゃんと母ちゃんだけではなく、俺の家族には長生きしてほしいから出来る事をやる。
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家の裏手はあまり日が当たらない。そこに椎茸栽培をするつもりなんだが、まず木を立て掛ける屋根付きの柵を作る。
とは言っても大変だった。田んぼの土木工事を中止して、林から木っ端を拾って来る。これの表面を少し焼き炭状にする。
拾って来た枯れ木だから太さもバラバラ長さもバラバラ。これを屋根付きの柵となるようにノミで削ったりして組み合わせて藁で編んだ紐で固定し作るんだから、ボロボロだ。釘なんて無いしね。
恰好なんてどうでも良いんだよ。屋根と柵に使った木材の表面を焼いて炭にしたのは雑菌が繁殖しないようにするためだ。
林から拾って来た繁殖用の木っ端を俺の田んぼの小川に浸けておく、これは水分が有った方が繁殖しやすいんじゃないかと考えたからだ。水分を十分吸った木を元次叔父さんから貰って来た椎茸が付いている木に接触するように並べた。
それとは別に屋根付き柵を工作した時に出た木屑を集め、鍋で煮た。これで減菌する。冷えた木屑とまだ温かい朝食の残りの雑穀米を練り、そこに椎茸の傘の部分を切り取り、更に練って2cm程度の円柱の種を作る。小川に浸けていた木を所々、ノミで2cm程度の円になるように穴を彫って、先ほどの種を埋め込んで完了だ。
本当は小川に浸けた木も煮て減菌するのが良いのだろうが、ここの小川が綺麗な清流なので大丈夫だろう。
将来は使用する木は煮て減菌したいと思う。
大豆は夏頃に一昼夜水に浸けて畔に蒔けば良いんだよ。俺の前世では農家の人がビールのつまみだあ、とか言って畔で枝豆を育てていた。完熟した枝豆=大豆だからな。
大豆の数が少ないので今年は種を増やす事に専念する。来年こそは、味噌と醤油をゲットだ。
うわ~~~~、田んぼの拡張工事が進んでない。




