第4話 蔵を作ろう
俺が、収穫した俵を見てフフフフッと含み笑いをしていると、父ちゃんが気持ち悪そうに俺を見て、床下に米を隠すと言い出した。
なるほど。父ちゃんが少しずつ貯めている銭なども床下にあるな。今は平和な村だが、戦のついでにいつ武士が現れ、食べ物を奪って行くか分からない。武士など勝手なものだし、武士から見れば百姓など米を生産するだけの家畜に過ぎない。
何がお殿様だ。尊い方?ふざけるな!ただの略奪者じゃねえか。別に百姓は武士に守って貰っている訳では無い。村の防衛は村人が行う。何処の家にも槍などの武器があり、戦場で人を殺した者も普通にいる。
武士の戦いは土地の奪い合いではない。米を作る百姓の奪い合いだ。武士が治めている土地から他へ行く道には必ず関があるらしい。
これなんかは、商人から通行料と言う銭を取る云々の前に百姓が自分の土地から逃げ出さないようにする為の監視所だよね。
俺は、父ちゃんに略奪に強い蔵の図面を描いた板を見せた。これは、父ちゃんの田んぼを改良する頃に考えたものだ。多くとれた米は略奪者から守らなければならない。
飢えれば村人だって略奪者になるんだからな。
「父ちゃん。床下じゃあネズミに食われるぞ。ネズミだって飢えているからな。取り敢えず、床下でも構わないけど、蔵を作ろう。蔵と言うと大げさだけど、表向きは道具置き場としてさ。これを見てくれ。俺が描いた蔵だ」
「蔵?・・・蔵ってなんだ??」
「蔵というのは、銭や米などの貴重なものを貯めておく建物だよ」
「それじゃあ、余計危ねえだろう?ここに大事なものがありますって、一目で分かるんだからな」
「だから、板と土で固めて簡単に入られないように入口に鍵を掛けるんだ」
「ふーん、床下より間違いがなさそうだな。それで、これが蔵かあ。ウーム、家の右側の畑の一部を潰してそこに蔵を建てるのかあ。これは家より大きいよな。でもよう木材はどうする?」
「父ちゃんの銭で村長から買うしかないな」
「フッ、仕方がねえな。良いだろう」
そうなんだよな。木材は村の共有財産だから、勝手に切る事は出来ない。管理しているのは村長だから
木材は村長に銭や物々交換で手に入れるしかない。
だからさ、俺の家なんか何代も住んでいて、ガタが来ると拾って来た木っ端で補修しているから継ぎ接ぎだらけのボロ家だ。
なんかさあ、村長や村役が搾取している気がするが、昔からだから誰も可笑しいと思わないんだよな。
まあ、俺が村長だとしても似たようなことはするだろうな。だって村長だよ。腹一杯ご飯が食べれるんだよ。
木材は村長から買ったが、じゃあ、ここから何本といった感じで終わりだ。
村では何でも家単位で行うというのが普通だ。だけど、蔵を建てるというと簡単ではない。建物を建てる技術が必要だ。
村人の中には大工仕事を得意とする人間もいる。俺と父ちゃんは残りの田んぼも乾田化しなければならないので冬の間数人、米で雇い蔵を建てて貰った。
板に描いた簡単な図面を大工達に見せた。作るのは入口にネズミ返しが付いた入口と中二階があるどちらかと言えば、奥に長い20坪程度の長方形の小さな土蔵だった。
林から切り出した木を板状に加工していくのだが、表面はガタガタで酷いものだった。蔵の壁は内側に木材の板張り、外側に粘土を塗り付けて土蔵とするから隠れてしまうからいいのかな。大工と詳細を打合せすると、土蔵にするなら木材に渋柿の汁を塗ると湿気に強いとか、粘土に藁クズを混ぜると強度が上がるなど、色々なアイディアが出た。天井も板の上に粘土を塗って土壁と繋げて建物全体を粘土で覆い、その上から屋根を載せて柱や側面から出した固定材で固定する構造だ。
建てる蔵は小さいとは言え、今住んでいる10畳程度の家の4倍の40畳程度の大きさだ。大工の連中も春になれば田植えがある。それにまで完成させるのは少々無理があるらしい。
結局、人員増でカバーという事で、更に我が家の米が少なくなった。母ちゃんが無口になっちゃった。父ちゃんどうにかしろ。
春までにどうにか我が家の土蔵が完成した。暫くは、扉や開口部を開けて湿気を出さないと駄目らしい。今の所、蔵に入れる米は無いから問題なし。でも、この蔵?外側が土壁で中が板張りなんだが、逆じゃね??まあ、いいや。
ここから俺と父ちゃんの工作が始まった。まず、蔵の奥から1.5mほどの幅の空間を板で仕切り、隠れ部屋を作ることにした。隠れ部屋の内側は粘土で数十センチ覆い土壁とした。土蔵の奥の壁を叩いたくらいじゃあ分からないな。扉は蔵の端の方に中開として、蔵の中から見ただけでは分からないようにした。
この隠れ部屋には蔵に火を付けられた場合に逃げられるように蔵の後ろ側の壁板を外せるようにし、土壁を少し削っておいた。こうすれば母ちゃんでも土壁を蹴飛ばし、穴を開けて蔵の後ろからそっと林に逃げられるからな。
これで略奪に合った時にも米と銭を隠せるだろう。最悪、家族もここへ逃げられる。蔵の米や銭が多少盗られるのは仕方が無いが、全部盗られるなんて冗談じゃない。
世知辛いね。でも、人間なんていざとなれば、ある所から盗ろうとするからね。
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俺も11歳になった。竹次は4歳。昨年生まれた竹三は2歳だ。全員、正月に年を取るんだ。
これで分かっただろう。俺達兄弟は竹シリーズだ。
俺と父ちゃんは残りの半分の田んぼの改良を続けていた。今の調子だと今年の秋口には終わりそうだ。去年の経験が今年に生かされ、田んぼの改良が早めに終わる。上手くいけば、半反で米作りが終わった後に1反を畑とする事が出来て、沢山の粟や冬野菜を収穫できるかもしれない。
もう少ししたら、今年の苗作りを始めないとな。
しかし、雀の野郎。あいつら俺が食う米を猫糞しやがる。頭に来るんだよな。
「・・・あっ?!あ――――――――――あ、何で気が付かなかったんだ!目の前に動物性たんぱく質があるじゃないか!!」
雀=動物性たんぱく質だった。あいつらは、米をただで食べる悪い奴らだ。だったら、捕まえて食べればいい。一石二鳥だ。
フフフフッ、雀を捕まえるなんて簡単だよ。よく間抜けがやるのは餌を撒き、そこに籠を設置して紐を結び付けた棒でつっかい棒して、雀が来たら紐を引いて棒が倒れて籠が落ちるが、雀が素早く逃げてしまうシーンだ。
アイディアは良いんだよ。でも、仕掛けが分かっていない。まずは、籠が落ちて逃げる距離が短ければ当然、雀は逃げてしまう。また、片側が支点として反対側が自由落下で落ちて来るんだ。
これらを改善すれば必ず、雀を捕まえることが出来る。俺は通常の3倍はある大きな籠、と言っても1.5m程度の籠を編んだ。これで雀の逃げる距離が増えて籠が閉じるまでの時間を稼げるだろう。更に片側を支点として落ちる事から籠自体に石を括り付け、籠自体の重量を増加させることにより籠の落下速度を大きくする事が出来るはずだ。
こうして、俺は家から粟を持ち出し籠を仕掛けた。後は、紐を伸ばして隠れていればよい。
来た来た。何も知らずにバカみたいに籠の中心で餌を啄んでいる。
結果は大猟だ。流石俺だ。これで焼き鳥いただきだ。一匹づつ絞めて鉈で首チョンパ、その後、藁で足を縛って吊るし血抜き、血抜きが終わると、お湯を掛ければ綺麗に羽を毟れる。
さて料理だがどうするか?悩んでいると、母ちゃんが内臓を取り出し、塩もみして串刺しにして囲炉裏で焼き始めた。
頭は食べないの?って聞かれたけど、俺は無理だった。動物の脳は汚染が少なく、タンパク質だから摂取するべきなんだけど、ヤッパリ無理だ。
焼けた肉の良い匂いがして竹次が涎を出して囲炉裏に近づいて来た。視線は雀に釘付けだ。竹次は俺を見るとにちゃ、にちゃと言ってトコトコ走ってくる可愛い奴だ。
フフフッ、昆虫以外の生まれて初めての動物性タンパク質だろう?ほらほら、味わうと良い!あれ?俺が竹次に串を渡そうとすると母ちゃんが横から奪っていった。
あー、なるほど。竹次にはまだ、骨が硬くて辛いよな。雀の少ない肉を剥がし、竹次に与えていた。剥がした残りを俺と母ちゃんと食べていると、匂いに釣られて父ちゃんが現れた。
父ちゃんは、バリバリ骨ごと食べていた。
雀とは言え肉は美味しいよな。
その後の雀猟も場所を移しながら猟をした。家族で雀は夕食と決められた。でも、悲しい事に村の中の雀なんか暫く猟をすると、数が少なく獲れなくなり止めた。
やっぱりさあ、継続して肉が必要なんだ。一度、味わうと食べたくなるのが人だよ。竹次も贅沢になって虫を嫌がるようになっちゃったんだ。
そこで、家族で目標を立てた。今年も米が7俵残るのなら、鶏を村長から買えないか交渉しようとね。これには、まだ訳が分からない竹三以外全員、賛成した。
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今年も天候に恵まれ二期作が出来た。雀の害が少なかったのか年貢を差し引き7俵の米が残った。冬野菜と粟の作付けを行ってから暫くして、やっと父ちゃんの残りの半反の乾田が完成した。
これで、来年も天候に恵まれ二期作が出来れば、父ちゃんの田んぼから10俵の米が採れる。家は一安心だ。後は俺の田んぼを拡張していけば我が家は村役程度の収穫量を誇るんじゃないかな。
俺と父ちゃんは蔵作成時の余った材料で大きな鳥小屋を家の右側に作っている。蔵と鶏小屋と庭で、ほとんどの畑が潰れてしまったが仕方がない。庭と鳥小屋の周りを50cmくらい掘り、小石と粘土で穴埋めをしつつ、地上100cm程度の壁で覆った。
これは、キツネやイタチなどの肉食獣から守るためだ。あいつら、穴を掘るからな。更に鳥小屋は高床式として散歩させる時だけ出口の扉を開放し板を立て掛け鶏が出入りできるようにした。
小屋の中に低い棚を作り、藁を入れた。ここに、メスが卵を産むんだ。棚の両側は卵や藁が落ちないように板を打ち付けている。
こうすると、メスが卵をあっちこっちに産まないので見つけやすいし、事故で割れる事も無い。
「なあ、竹よ。この鳥小屋な。俺達の住んでいる家より立派じゃねえか?」
「父ちゃん、心配するな。米が沢山採れるようになれば、家だって建て直しできるぞ」
「そうか、そうだよな。でもなあ。米が無くなると母ちゃんが寂しそうな顔をするんだ」
「大丈夫だ。来年は俺の田んぼも少しずつ大きくする。そうすれば、家は凄い事になるぞ」
父ちゃんもうんうん頷いている。
夏の農閑期に田んぼの面倒を見ながら鳥小屋建設は大変だった。本当に何でも人力は大変だ。その内、馬を買って田んぼ起こしを犂を付けた馬にやらせたい。馬小屋もいつか作ろう。
いつも通り父ちゃんと俺の田んぼには苗が正条植えで綺麗に並んでいる。俺が田んぼをしていると竹次が田んぼのミジンコを棒で突っついて遊んでいる。
竹次は俺にくっついて来る事が多いので、肥溜めに落ちたりしないか注意して見ている。子供は夢中になると周りが見えなくなるからな。
母ちゃんは竹三を背負って父ちゃんと田んぼの面倒を見ている。
来年は俺の田んぼを60坪にするつもりだ。二期作が出来れば2俵になる。独りで作る田んぼは前回より苦では無かった。やはり、体の成長が一番なのと、田んぼ作りが2回目なので要領よく動く事が出来た。完成したのは冬が来る直前だった。この田んぼの横にも肥溜めを作った。
11歳のこの年は、二期作が出来て父ちゃんの田んぼで10俵、俺の田んぼで2俵、年貢を納めても10俵米が残った。昨年の米は7俵残ったが、4俵は蔵の建設で人を雇い、2俵食べて1俵残った。これで合計11俵だ。
我が家でも稗や粟だけでなく、少量ではあるが米を混ぜて食べるようになった。そのせいか、皆、少しふっくらしてきたような気がする。
「父ちゃん!早速、米を蔵に入れよう」
「そうだな。竹、運ぶぞ」
「あっ!?しまった。忘れていた。蔵の鍵がねえ」
「鍵かあ。村長の所に余った鍵があるかも知れねえ。鍵とついでに鶏も聞いて見るか?」
「じゃあ、俺も行くよ」
こうして、父ちゃんと一緒に村長の所へ交渉しに行ったんだ。