第34話 兵達の夢の後
亥鼻城前の野原の隅に穴を掘り、身ぐるみ剥がした敵や味方の兵の死体を穴に落として行く。俺達はそれで終わり、中には城内を掃除している連中もいた。城内の広場へ向かうと、捕虜が集められていて百姓は身元を検てから解放されていた。
通常、敵の武士は首を刎ねられるが、どうやら、御所様の沙汰待ちらしい。
新しい知行を活躍した家臣に与える為に、敵将の首を刎ねるのは当たり前だ。新しい土地=敵将の土地だからな。
捕虜の中には怪我の具合によって、いつも通り情けにて始末されていた。それでも、怪我が痛いのかウンウンいう声が聞こえる。
俺達はその中で暖を取り、飯の支度をする。
まさにこの世の地獄だ。城内は未だ血生臭く、捕虜の連中は怪我が原因でウンウン言っている。
それを見てつくづく俺達は負けなくて良かったと思う。戦に負ければ、今見ている連中と同じ末路だ。
そんな中でも腹は減る。握り飯が嫌に塩辛い。
俺は泣いているのか?地獄の中で生き残って飯を食らい。生きている事を実感する。
俺は頭が可笑しくなったのかも知れないな。
生きている事がこんなに辛いなど考えた事も無かった。
物思いに耽っていると典膳が現れた。
「おいおい、何だよ。しけた面しやがって。小者から酒をくすねて来たぞ。一緒に飲もうぜ。今日は祝いだ」
「・・・お前は変わらんな」
「まあな。俺はな。自分が殺めた奴の分も生きると決めているんだ。だから、何人殺めようと全く気にならん。殺めた奴の分まで酒を飲み、女を抱き、楽しむんだ。それが供養になると考えている」
「俺も人の死は、余り考えないようにしている。だけどな。戦の後の死体の埋葬や助からない怪我人への情けを見ると、つい考えてしまう。そして、恐ろしい。現実から逃れる為に神や仏に縋ったり、酒や女に逃げる事が恐ろしいんだ。いつか自分を見失い。その結果、家族を含め全てを失う事がな・・・」
「・・・お前は真面目だな。人間なんて弱い生き物だ。神や仏、酒や女に縋らなければ生きて行けない奴がいて良いじゃないか。とやかく考えている内に死んじまうぞ。人生は儚く短いんだ。俺の様に楽しまないと、明日には病で死ぬかも知れない。その時、後悔しないように楽しむんだ。まあ、飲め!辛気臭い話は止めだ!!」
フッ、典膳らしい生き方だ。今世では確かに40代、50代で死ぬのは大往生だ。ろくな薬も医療も無い。そんな世の中で殺し合うのだからな。
典膳が羨ましい。
「そうだな。お前の言う通りだ。考えても何も変わらん。俺にも一献頂こう」
「一献と言わずどんどん飲め!樽を5つばかり掠めて来たからな。お前の家臣どもにも酒を渡して置いたぞ」
「悪いな」
「俺とお前の仲じゃないか。気にするな」
典膳のこう言う所は見習わないと駄目だな。この酒も典膳の物ではなく、調達して来て振舞い、己の為に利用する。
全く、自分の懐は余り傷まず、リターンが大きい。典膳は商人の方が向いている。
その後、怪我人の話になり俺が持参して来た。ヨウ素消毒薬の実験が出来た。中には本当に馬糞を傷に塗っている奴もいて驚いた。
典膳には傷の手当について教えたが、余り理解していないようだ。
今度、竹紙を使って本でも書くか。薬草を簡単に纏めて、ヨウ素消毒薬が効果が有れば、それを使った傷の手当てや針や糸を消毒し縫う事も書き記すか。
麻酔が必要だな。今世では麻が自然に自生しているが、日本の原産種は麻酔成分が低い。それでも葉から麻酔成分を抽出し傷に振りかければ局所麻酔として使えるか?
人間は痛みでショック死するなんて珍しい事ではないから、麻酔は必要だ。
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小弓城も無事に落ちたらしいが、入城する際に武田庁南次郎に流れ矢が当たり重体らしい。三河守様が小弓城へ向かうとの事だ。
俺達は御所様のお連れの方が城代に来るという事でそれまで待機だ。十兵衛が小弓城での商いが終わり、丁度、亥鼻城まで来ていたので、この地で得た武具と銭を運んで貰うか。
「ほう、金や銀に銭ですか?それはおめでとうございます。申し訳ありませんが銭関係は運べません。何分、道中物騒でここへ来るのもこの人数でないと来れませんでした。戦は商機ではありますが、こちらも命がけですな」
「分かった。それでは武具だけ前回と同じように頼む。銭が重くてな小荷駄達が辛そうだ」
十兵衛は護衛を50人程度雇っていた。それに続いて金魚の糞の様に色々な商人が付いて来ていた。十兵衛は付いて来た商人からも護衛料を取っていた。
結局、護衛料も掛からず人数も増えて道中はより安全で助かったらしい。
流石は十兵衛。転んでも只で起きない。
落ち武者を狙った百姓や商人を狙う野盗もいるしな。戦が終われば暫くは物騒だ。
翌日、着物姿の城代が供を連れて現れた。馬に乗った城代を見ると、色白でまだ若い。とてもじゃないが、兵を率いて戦う様な人間ではない。戦が終わったと言え鎧も着ずに現れるとは、とんだボンボンだ。
捕虜が集まる広場に来ると、御所様の命であるとか抜かして捕虜全員を解放した。
「その方達は敗れたと言え、立派に戦った。御所様はその方達の勇気を讃え、無罪放免とする。御所様への感謝を忘れるな。また、御所様に忠誠を誓い、出自する者には領地を安堵し召し抱えるものとする。以上だ!」
馬鹿だな。俺達地侍は利益のある方に付くだけだ。だがな。身内を殺されれば恨み、隙があれば恨みを晴らす。こんな簡単な事も分からない阿呆は長くない。
御所が優勢な時は味方だが、一旦不利になれば牙を向く。
さてと、俺達はお役御免で小田喜城まで兵を退く事になった。
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小田喜城がやっと見えて来た。小田喜城が見えて来ると、帰って来たんだと少しホッとする。何だかんだあって村を出てから20日ほど経った。
流石に体が臭う。城近くの川で全員、水浴びと鎧の手入れを行う。褌や鎧下を乾かすのに焚火をした。皆、新しい褌一丁だ。ついでに夕飯の支度をして河原で飯を食う。
少し経つと他にも真似をする奴が出て来て、河原が騒がしくなる。
重臣の中には、主君が未だ戻らずに鎧を脱ぐとは何事か、と呆れている奴もいた。
不衛生は病気になるんだ。体や怪我は常に清潔にして、傷は時々消毒する。そんな事だからつまらない矢傷が原因で死んだりする。
飯を食い。着物が乾き、再び小田喜城へ向かう。真里谷城での集合かと思ったが、小田喜城で良かった。続々と城の広場に兵が集まって来る。
そんな中、典膳が近づいて来た。
「竹太郎!聞いたか?庁南次郎様が亡くなられたらしいぞ」
「えっ!?聞いてない。それは本当か?真里谷はどうなるんだ?」
「それがな・・・あまり大きな声では言えないが、庁南次郎様の長子が武田を継ぐ事に決まったんだがな・・・その席で御所様が庁南次郎様の死をいたく悲しみ、何と武田の長子に上総介を名乗る事を許されたんだ」
「はあ?!どういう事だ?この上総の地は真里谷が治める地だろう。初代様からの直系である三河守様が上総介を名乗るのなら理解出来るが、所詮、陪臣に過ぎない武田の長子が何故?上総介なのだ!」
「話は終わりでない。更に御所様が浜野城、湿津城、土気城などの主な城を武田の長子に領地にすると言い出したんだ」
「有り得ないだろう!浜野城は今回の小弓城に近く庁南城の領地になっても仕方が無いが、その他の領地は真里谷の元々の領地だぞ!!ふざけるにもいい加減にしろ!!!」
「まあ、まあ。これは流石に重臣方の反対があり、お取り止めなったがな。結局、武田長子には浜野城を含んだ辺りが領地となり加増された形になった。だが、真里谷は元の領地が安堵されただけだった」
「それでは、落とした砦や付け城を含む全ての城は御所の物になったのか?」
「おい、声が大きいぞ。少し小さな声で話をしてくれ。城の事はまあ、お前が考えていた通りだな。武田は上総介と新たな領地を得たが、真里谷は兵と兵糧を失っただけ。何の利も無い」
「・・・呆れて、言葉も無い」
「それでも、真里谷領にいる武田の重臣共が新たな浜野の領地に転封となるらしいから、そいつらの領地が空くから皆、期待しているらしい」
「なるほどな。浜野や小弓などは真里谷の旧領地に比べて開けていて人や平地も多い。つまり、銭が集まり米も沢山取れる豊かな土地だ」
「しかしなあ。武田の長子って言うのが元服して、まだ日が浅い。結局、重臣共が今後の武田を動かして行く事になる」
「真里谷の力を削いで、武田を操り自分の力とする。そこまで考えているとしたら、俺は御所様を甘く考えていたのかも知れないな。これに権威が加わると恐ろしい」
「・・・この話には追加がある。三河守様が里見から側室を貰う事も決まった」
「えっ!?・・・それは本当か?・・・不味いな。三河守様には既に奥方様がいて長子がお生まれになったばかりだ。もし、側室に男の子が出来れば、真里谷で将来お家騒動が起きるぞ」
「・・・御所様がお決めになり、里見も是非にと。これには流石の三河守様も反対はされなかった。いや、反対出来なかったが正しいか。真里谷からすると、わざわざ騒ぎの元を抱え込む事になるからな」
「従順な武田を取り込み、靡かない真里谷を里見を使い弱体化させる・・・凄いな。ここまで大きな計略は思い付かない。それと、やはり里見は一筋縄ではいかんな」
今は戦時により、庁南次郎様の葬儀は改めて行われるという事で、近日中に、三河守様が帰還なされるようだ。
俺達はやる事が無いので、家臣は日中は訓練。俺は彦左衛門殿から乗馬を習っていた。この馬は小弓城の野戦で手に入れた2頭の内の1頭だ。こいつのお陰で金銀を運ぶのも楽になった。
乗馬は始めて一刻で尻の皮が剥けた。鎧下に血が滲み。俺もヨウ素消毒液のお世話になった。当然、自分で治療した。
「すまんが、今日は乗馬は無理だ」
「何を言いますやら。尻の皮が剥けるが度に上達致します。尻の皮なぞ、馬に乗り続ければ厚くなり、その内痛みなど感じなくなりまする。ささっ、お乗りくだされ!」
いやいや、尻の皮が剥けて血が出てるんだって。どう見ても無理だろう?尻の皮が剥ける度に厚くなるって、俺は皮が厚くなる必要はない。
摩擦で火傷した状態でジンジン痛い。
鞍が木で出来ている。これは、拷問器具だろう。
その後も彦左衛門殿からのスパルタが続き、家臣どもは俺の苦痛も分からず、いいなあ、俺も乗りたいなあ、などの感想を漏らしていた。
そうだ。苦しみは分かち合えなきゃあ駄目だよな。こいつらを馬に乗せようすると、彦左衛門殿に止められた。
この馬は主君の馬で、それ以外は乗る事を禁じるらしい。
俺の血が馬の汗に混ざり酷い状態になった頃、典膳が現れた。
「おおっ。凄いな汗血馬を手に入れたのか?凄いな!」
「下らん事を申すな。典膳は乗馬は出来るのか?」
「まあな。畑や荒地を起こすのに使っている」
「それでは何で今回は徒なんだ?」
「それは馬が貴重品だからだ。今回は勝ち戦で負けないと思っていたからな。馬は必要無いだろう?」
「確かにな。馬が活躍するのは負け戦で逃げる時だからな。所で馬は何処で手に入れるんだ?」
「木更津の馬市だな。馬も戦仕事と畑仕事に使えるもの使えないものがいる。因みに畑に使う馬だと馬1頭が大体5貫文だ。戦に使える馬だと中には20貫文の馬もいて色々だ」
「はあ?馬なんぞ戦で使うとするなら10年程度しか使えないだろう??それでいて、餌代も馬鹿にならん」
「だから、家の2頭は畑用なんだ。20年近く働くぞ。それでも1頭5貫文は痛い」
畑で使うなら驢馬で十分じゃないのか?そう言えば、驢馬を見た事が無いな。
「典膳。驢馬であればもっと安いだろう?」
「驢馬?なんだそれ??それは馬なのか???」
「驢馬だよ。馬よりは小さいんだが、長生きで雑草でも食べて生きて行ける馬に似ている奴」
「・・・ウ―――ン・・・見た事が無いな。ここ坂東は馬に恵まれた土地だがな。そんな馬?驢馬か??見た事が無い」
えー、驢馬いないの?よく性格が頑固だとか言うけど、きちんと子供の頃から面倒を見ると懐くし、ちゃんと働くぞ。小さいが力もあるし長生きなんだ。
よし!これも将来、中国から輸入だ。
夜はやる事が無いから、夕方から酒盛りとなる。小荷駄達に酒の肴と酒を城下から仕入れて来て貰い飲むのだが。
何故か?典膳の奴が一緒に飲んでいるんだよな。こいつのちゃっかりぶりにも慣れて来て、最近はただ酒やただ飯も当たり前になって来た。
広場に多くの地侍がいるのだが、三河守様の到着が遅いので多少イライラが募り、いざこざが起きる様になって来た。そんなある日、三河守様がご帰還となった。
直ぐ、いつもの座敷に家臣が集められた。中には当主が討ち取られ代理を名乗る者もいた。勝ち戦と言えど、死者は必ず出る。
俺達の様に死なないように立ち振る舞っても怪我人は出る。
「皆の者、揃ったな。残念ながらこの場にいない者もおるが、先ずは良く戦ってくれた。お前達のお陰で此度の戦は勝つことが出来た。礼を言うぞ。この通りだ」
「殿!戦で戦うのは家臣としての務め。その様に頭を下げて良いものではありませんぞ!!」
「しかしな・・・俺の為に戦ってくれたのに・・・対してな・・・」
「殿!今はそれ所ではありませぬ。今やらねばならないのは、論功行賞でございます」
「そうだな。そうしよう。それでは此度の戦に対して論功行賞を行う。恩賞一番は亥鼻城にて一番槍で活躍した酒井六郎。その方には知行を加増し、小田喜城にて城代に命ずる」
「はっ!有難き幸せ!!」
「次!恩賞二番は、小山田竹太郎だ。亥鼻城での開門、見事だ。だが、その方に与える知行も職も無い。そこで、望む者が有れば申して見よ」
「それでは2つほど御願いがありまする」
「これ、竹太郎!願いが2つとは何事か!!恐れ多くも・・・」
「構わん!申して見よ!!」
「はっ!1つ目は3年間税の免除をお願い致します」
「良いだろう。もう1つも申して見よ」
「2つ目は、左兵衛尉を名乗る事をお許し頂けるようお願い致します」
「左兵衛尉・・・まあ、良いだろう。竹太郎いや左兵衛尉よ。この程度の褒美では俺が皆からケチだと思われてしまう。この程度では誰も手柄を立てたいとは思わぬよ・・・そうだな。左兵衛尉の諱は昌長だったな。それでは俺の諱である信清から一字を与えるゆえ、今後は小山田左兵衛尉信長と名乗るが良い!」
「ははっ!三河守様から一字を賜るとは、この小山田左兵衛尉信長、末代まで忘れませぬ。有難き幸せ!!」
「外房は頼んだぞ」
酒井の爺はなりませぬとか言って、顔を真っ赤にして俺を睨むんだ。俺が言い出した訳じゃなく三河守様が言い出したんだから仕方ないだろう。
俺は主君から言われれば断る訳にいかない。一字を受けるしかない。
それにしても信長さんになっちゃった。その内、上総介も名乗ろうか。
俺の次の恩賞は、典膳だった。奴はちゃっかり知行を加増されていた。全員の恩賞が終わると解散だ。三河守様は庁南城で行われる葬儀に出る為、一端、真里谷城に帰還してから葬儀に出席するらしい。
さてと、いつもの広場に行き皆で上川耳村へ帰るかあ。帰る場所があるという事はつくづく有難いと思う。
「左兵衛尉!お前凄いな。3年間、税を免除かよ。その上、三河守様から一字を賜るとはえらい出世だ」
「そうか?俺の土地は未開拓の土地が多く住民も少ない。3年間の免税なんか大した事ではないだろう」
「それを言っちゃあ御仕舞だ。でもよう、皆、今回の事でお前を見直したみたいだぜ。官位を名乗る事を主君から許され、諱に一字を頂くなんざ聞いた事も無い」
「良く言う。お前も典膳を名乗っているだろうが?」
「ああ、俺のは自称だ。自称」
「はあ?・・・良いのかよ、自称して」
「お前は本当に真面目だな。自称して誰が文句を言うよ。酒井の爺さんを除く重臣連中は当たり前の様に自称しているんだぜ。誰も文句言う奴はいない。但し、重臣より上の官位とか同じ官位を被っては駄目だぞ」
「え!?俺はてっきり三河守様から許可を得て名乗っているとばかり思っていた。だって、三河守様は正しく朝廷より賜われたものだろう。だから、三河守様より下の官位は三河守様が取り敢えずお認めになられれば名乗っても余り問題が無いと思っていたんだ」
「ほう?その様な考え方もあるんだな。これは一つ賢くなった。まあ、この話はここまでだ。俺は知行をかなり加増して頂いたから、城を普請しようかと考えている。城が出来れば俺も国人の仲間入りだ。聞いた所によると左兵衛尉もそうなんだろう?」
「まあな。俺にはやらなければならない事があるから・・・それより、典膳よ。いつ借りを返してくれるんだ?」
「ああ、分かった、分かった。慌てる乞食は貰いが少ないぞ。領地に帰ってから直ぐに渡すから待っていてくれ」
「ああ、期待している。それじゃあな」
伊藤隊は結局、50人の百姓の内12人が死に、20人程怪我人を出した。俺の小山田隊は怪我人が10人程で戦に支障が無い程度だった。
正面からガッツリは戦わなかったからな。
亥鼻城から手に入れた金銀及び銭と壊れた武具や鉄は、築城に大いに活躍してくれる。
家臣共も帰るとなると足取りが軽いようだった。




