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波の花の如く  作者: 月河庵出
第3章 地侍 茫洋編
31/37

第31話 出陣






 珠ちゃんとの初夜となり、寝所にいる。



「珠ちゃん、いや珠子に聞きたい事がある。良いか?」



「はい」



「これは例え話だ。我らが戦に負けて船でしか脱出出来ない。我らは親子3人だ。でも船には2人しか乗れない。この場合、誰が乗る?」



「・・・2人だけですか・・・それではあなた様と私達の子を乗せていってくださいませ」



「その答えは、間違いだ。俺達の子を残し、俺と珠子が乗れば良い」



「あなたは何と冷たい。こんな冷酷な人とは気が付きませんでした。そのような人とは一緒にはいられませぬ!」



あっ!?珠ちゃん、怒り出して寝所から出って言ってしまう。待ってよう!



「まあ、待て!話を聞け!!」



「・・・」



「良いか。俺もお前も武家だ。つまり、子孫を絶やさず家を栄華に導かなければならぬ。俺と珠子がいれば幾らでも子は作れる。だが、どちらかが死ねば我が家はどうなる?俺はなそんな無責任な事は出来ない。だから、船に2人しか乗れなければ俺と珠子が乗って、俺達の子は親孝行で死ぬのだ」



「その様な残酷な話があるのでしょうか?」



「これから珠子と俺の子を儲ける事になるが、生まれてくる子が皆、健やかに育つとは限らぬ。死んで生まれてくる者、生まれても病気や怪我で死ぬ者、色々だ。今の世は厳しい。先ほどの例え話が現実になっても可笑しくない。良いか?生まれてくる子の成長を願う気持ちは俺も珠子と一緒だ。でもな、今の世はそんなに甘いものではない。人間など簡単に死ぬ。まして、幼い者は余計だ。子が死ぬのは悲しいがそれに囚われるな」



「・・・はい・・・」



 この時代の出産は女性に取って命懸けだ。医療が未熟で自然分娩だから、命の保証がない。三郎さん(信長)は子に茶筅(ちゃせん)、鍋など変わった名前を子に付けたが、それは子を失う事の辛さを紛らわせるためだったと考えている。

 自分の子ゆえ、親であれば可愛い。その愛情が深いほど悲しみは大きくなる。だから、せめて名を適当に付けて関係を希薄にする事で死んだ時の悲しみを軽減したのか。


 自分の子がどういう事情で在れ、自分より先に死なれるのは辛く悲しすぎる。



「ふっ。堅い話はここまでだ。それ~~~~~」



「(くるくるくる)あれ~~~~~~」



 初夜も無事に済み宴も3日間行われて、驚いた。その場で飲んで寝て起きて飲んでと3日目には酒が無くなりお開きになった。

 2日目からは珠ちゃんが白無垢からあでやかな着物に着替えて、隣にいる俺はドキドキが止まらなかった。


 多分、今が最高に幸せなんだろう。


 嫁取りが終わり、落ち着いた頃、離れのトイレを増築中だ。そんな中、父上が話があるという事で広間に珠ちゃんと一緒に行って見ると、俺の家族全員がいた。



「おっ、来たな。竹太郎、話と言うのはお前がこの度、目出度く嫁を貰いこの家の主となった。そこで、俺と母ちゃんは隠居する事にした」



「母ちゃんも父ちゃんに賛成だ。家は男ばかりで稲ちゃんの他に娘が増えて本当に嬉しいよ。珠子様、竹太郎は時々分からない事をする事があるが、根はいい子なんだ。これから、沢山の迷惑を掛けると思うが宜しく頼みます。この通り・・・」



「そんな母上。手を上げて下さい。私の方こそまだまだ、至らぬ所があります。本当の娘としてお願い致します」



 父上は33歳、母上は31歳。今世の平均寿命が40~50歳程度、百姓なら平均寿命30歳くらいじゃないかな?そう考えると、隠居しても可笑しくないか。俺がこの世に転生してから15年も経った。父ちゃんも母ちゃんもまだ30代なのに頭に白いものが混ざって来ている。


 俺が苦労させたんだ。


 色々な事を思い出すと涙が溢れて来る。


 小さい頃は食べる物も無く苦しい生活だった。


 15年の歳月を費やした結果、やっと地侍から国人への道が開けた。でも、俺の周りの環境は最悪だ。里見は上総(かずさ)の地を虎視眈々と狙い、真里谷は分裂しその力を落とした。更に今回の古河公方(こがくぼう)の弟がいつ壊れても可笑しくない均衡(きんこう)も崩そうとしている。


 珠ちゃんを横に見ると、少しだけ癒された。







********************************************






 父上達が隠居して、小間使いが一人だけ就く事になった。隠居と言えど少しづつバトンタッチしてくみたいだ。

 珠ちゃんは稲ちゃんに武家の女子としての教育をしている。珠ちゃんと一緒に当家に来た女中は沢子というらしい。珠ちゃんが沢と呼んでいたから、単なる沢かも知れない。


 沢さんは小間使いを集めて武家の女中としての教育をしている。家の家事は珠ちゃんがすっかり把握して母上は見ている時間が多くなって来た。


 さてと、台所で米粉を作ろうか。おや?母上と珠ちゃんが何か話してるな。



「珠子。お前、以前も言ったけど塩の取り過ぎは体に悪いんだよ。お前が作った汁は塩っ辛くて飲めないよ。・・・そうさね。いつも入れている塩の半分の半分で良い。私と父ちゃんの分は更にその半分にしておくれ」



「母上。それでは味が致しません。それに塩が体に悪いと言うのは初めて聞きました」



「竹太郎が言っていたんだ。塩を沢山とると内臓が悪くなったりして早死にするってさ」



「竹ちゃん・・・旦那様が」



「塩を沢山使わなくても家では煮干しでだしを取り、そこに色々な野菜を入れるだろう。そうしたら、野菜の味が浸み出て十分美味しいんだよ」



 竹ちゃんとか言ってる!?それは(ねや)の中だけだから。俺は気まずくなって米をゴリゴリ回している手を今まで以上に回し荒く作った米粉を持って、逃げるように関次郎の所へやって来た。



「関次郎はいるか?」



「違うだろう。そこを・・・あっ!?これは竹太郎様。お顔が赤いですが、熱でも?・・・何か御用でしょうか??」



「ごほん。熱はない。米粉を作っていたからな。ハハハハッ・・・実はお前に傷薬を作って貰いたくてな。まあ、駄目でも仕方が無い。ここに俺が書いたものがある。この通りやって、上手く行けば儲けものだ」



「・・・えーと、燃える気が出てこなくなった井戸水を綺麗な布で濾して鍋に入れる。なべ底に白い物が多く溜まるまで用水を継ぎ足し煮る。煮詰まり水が無くなった時に鍋の5寸ほど上に傾けた蓋を置き、白い粉を鍋ごと焼く。暫くすると蓋の裏側に黒色の塊が付く、これを集める。別の鍋に綺麗な水を入れ、煮て湯冷ましする。この湯冷ましした水に先程の黒色の塊を少量入れて良くかき混ぜて米粉・・・これですか?を入れると米粉が赤くなる。赤くなった米粉を取り出し陰干しした物が傷薬である??」



 本当はアルコールを蒸留し、100CCのアルコールにヨウ素3g程度だったか?を入れたものが赤チンキだったような気がする。

 でもなあ。酒は高いし。アルコール分が怪しげで蒸留などしたらどんだけの銭がかかるか。


 ハッキリ言って無理。


 ヨウ素をデンプン吸着法で取り出し、傷薬って?全く自信がない。体に吸収されるヨウ素が多くても害になるんだ。ヨウ素は水に溶けにくいし、米粉に吸着された濃度だから大丈夫だろう?


 まあ、傷に馬糞(ばふん)を擦り込むよりましだろう。



「出来たら、薬を竹筒に入れてくれ。使い方は傷を綺麗な水で洗った後、傷にその粉を振りかけ傷が開かぬように固く縛れば手当は終わりだ。急ぎでな。出陣まで余り時間が無い。頼むぞ」



 傷薬としては、従来のヨモギやドクダミなども乾燥させて粉にして竹筒に用意をしている。銭があれば赤チンまで作成できるが今は、我慢だ。






 珠ちゃんと新婚生活を続けていたら、あっという間に出陣の日が来てしまった。皆、朝から殺気だっている。

 珠ちゃんからお守りを貰い鎧下のポケットに入れて鎧を着た。玄関を出る時に火打石でカチカチして貰い気合が入る。前世の様に天候不順は無い。冬は滅多に雨は降らない。冬は少し寒い気がするが、夏は前世より過ごしやすい。

 そう言えば、夏から秋にかけての台風の影響を受ける事があっても、上陸と言うのは無かったな。


 何れにしろ。今日は冬晴れだ。


 皆、勢ぞろいして、台の上から彦左衛門殿が口上を述べている。



「皆の者!静かに!!・・・お前達が背負っている物は背嚢(はいのう)と言う物だ。これは竹太郎様が以前、考えたものを大きくしたものだ。今回の戦ではこの背嚢が活躍する。打ち捨てたり、乱暴に扱ったものは処罰する。出陣の前に小荷駄から三日分の食料を支給して貰え。但し、一日で全部食べても次の支給は三日後だ。考えて食せ。水は一旦沸かしたものを用意してある。無くなったら各自の水筒に補給しろ。生水を飲むのは禁ずる。儂からは以上だ・・・竹太郎様、お願い致します」



 ここで家臣に向かって演説か。ここはあれしかない。



「皆者!三河守(みかわのかみ)様(真里谷信清)からの我らにも出陣せよとの仰せである。これから小田喜城を目指す。皆の者聞くが良い!我が命のある限り、国家を裏切る者を平らげ、諸国を一つに帰して、貧困に陥った人々を安住ならしめる他に希望はない。もし俺の運が弱く、この志が空しいものならば、速やかに病死を賜るよう神に願うものなり!!生を必するものは死し、死を必するものは生く、良いな!!!えいえい!」



「「「「おう!」」」」



「えいえい!」



「「「「おう!」」」」



 よし!決まった。上杉平三(謙信)さん、ごめんなさい。 


 こうして、乾いた道を砂埃をあげながら俺達は小田喜城に向かった。






*****************************************






 俺は、珠ちゃんに陣羽織(じんばおり)を作って貰い着ていた。襟の部分が錦になっていて背中には俺の家紋がバッチリ書かれている。盃の上に揚羽蝶を丸で囲んだデザインは結構複雑で、珠ちゃんは苦労していた。

 陣羽織の生地のベースの色は赤にして貰った。これぞ、俺のパーソナルカラーだ。


 フフフフッ。格好いい。俺の初陣の時に武士で陣羽織を着ているものはいなかった。まだ、流行っていないのか。武士は目立って幾らだからな。


 俺の隣の彦左衛門殿も何故か?陣羽織を着ている。家紋は広げた扇子を丸で囲んでいる。


 俺だけカッコイイと思っていたら真似された。胴丸を着た家臣は腰に旗を差している。小荷駄どもが大きな幟旗(のぼりばた)を掲げて歩いている。


 途中、商人などに会うと土下座していた。俺の初陣からそんなに経っていないのに、随分と変わったものだ。



「竹太郎様。小田喜城(おだきじょう)が見えて参りましたぞ」



「そう言えば、今回は何処の者にも道中会わなかったな?」



「それはそうでしょう。この道を使う外房のお味方は竹太郎様だけですから」



 本当にそうだろうか?前回の起請文の時だって随分少なかった。今回、小田喜城に真里谷全軍が集まるのだからハッキリするはずだ。


 城下町と言うかまばらな家が建っている道を歩いて行くと、以前よりは少しだけ活気があるようだ。小荷駄に薪を購入させる。おや?前回寄った米屋があるが、随分と景気が良いようだ。

 少し、寄って行くか。



「御免。米を売って貰いたいが1俵幾らだ?」



「これは御武家様。一俵でございますか?・・・今、随分ときな臭く、戦になるかも知れないという事で米の価格が上がっています」



「だから、幾らかと聞いている?」



「はいっ。1俵200文となります」



「ほう、通常は1俵100文だよな??普段の2倍か。それでは1俵貰おう」



「はい。ありがとうございます・・・何処に届ければ良いのでしょうか?」



「ここで良い。おい、誰か筵を敷きその上に俵の米を空けろ」



 小荷駄が数人で筵を敷き、その上に俵の米をぶちまけた。そうすると、米に混じって小石や砂利が混ざっていた。明らかに米に石を混ぜて米の量を減らし、足元を見て通常の2倍で売っていた。


 はて、どうするか?



「ほう?これを見よ!」



「!?・・・」



「お前は俺に、米の代りに小石や砂利を食わせようとしたな。誰か!店の者全員の首を刎ねよ!!」



 店の前は只でも賑わっていたが、騒ぎで更に人が集まって来た。



「えっ!?お待ちください!私は主人に言われて米を売っただけ。まさか、このような物とは知りませぬ。どうぞ、お慈悲をお願いします!!」



「随分と騒がしい・・・あっ!?これはお武家様、何か御用でございましょうか?」



「ほう?白々しいな。お前の所の米を買って中身を見たら、ほれ、そこの筵の上を見ろ!石だらけではないか。だから、お前らを今から無礼打ちに致す。覚悟しろ!!」



「ひ――――――・・・そんな・・・」



「おいおい!街の中で何やっている!!騒ぎを起こすんじゃない!!!」



 おっと!こいつは、いつかの生意気な小物か。丁度良い。



「ふっ。小物風情が!この小山田竹太郎に物を申すか!!こやつの首も切れ!!!」



 実際に首を切ると、刀が人の油で切れが悪くなるから、3人切るのなら3本の刀を用意するか一回一回研がないと切れないんだ。骨に当たると刃が欠けたり刀が曲がったりする。

 だから、下を向かせて首筋を見えるようにする。そうすると、骨と骨の間が開くようになり切りやすい。


 そこを上手い人が切ると、首がコロンとなる。



「戦の前ぞ!さわぎ・・・竹太郎・・・お前か・・・」



 げっ!酒井の爺が数人の武士を連れて現れた。



「これは酒井様。今から無礼打ちを致す所、そこにてご覧くだされ!」



「ええいっ!待て!!待たぬか・・・いや、待ってくれ!!!戦の前に血が流れるなど縁起でもない。一体、何があった?」



 そこで、今までの経緯を話し、ついでに一升枡(いっしょうます)が2種類ある事も話した。酒井の爺は渋い顔をしていた。



「ふーむ。分かった。竹太郎、お前にも面子(めんつ)があるだろうが、この場は儂に任せてくれ。儂が此度の戦が終わり次第、仕置きしよう」



「酒井様がそこまで仰るのであれば、この場は引きまする。皆者、行くぞ!」



 少し、お灸を据えるつもりだったが酒井の爺が出て来たから、あいつら本当に死ぬんじゃねえの?爺は本当の武士だ。面子や身分に関しては非常に厳しい。


 俺の手が汚れなくて良かった。






************************************************






 門を通り、いつもの広場に行くとやはり、兵が前回の半分もいない。やはり、武田庁南次郎(ちょうなんじろう)に付く武士が多いんだろう。現代の地図で言うと庁南城より上の方が断然、都会で人口も多い。

 今世の言い方だと、下総は下、上総は上となる。上総は親王任国(しんのうにんこく)、つまり天皇の子が王に任ぜられて治める国だ。国主の長官である(かみ)である王は京にいる為、実際に治めるのは次官の(すけ)となる。


 したがって、今世の言い方だと庁南城より下側の方が都会であるとなる。分かり易く言うと庁南城より江戸よりの方が開けていて都会だ。平地が多く、米の生産量が多ければ人が増えるのは当然だ。


 今世だと、利根川の本流は江戸に流れていて度々氾濫(はんらん)を起こし『坂東太郎』などと呼ばれている。また、千葉支流の利根川の河口は広く、内海などと呼ばれ海水だ。

 徳川氏が江戸に移り利根川の本流が千葉になる様に工事をするまでは、千葉で利根川が氾濫する事も無く豊かな土地だった。


 いつの時代も住みよい土地に人や銭が集まる。


 

「竹太郎様、随分とお味方が減りましたな」



「ああ、前回の起請文の時に座敷にいた人数も少なかった。更に、全員が起請文に名を入れたとは思えない。あの場で庁南次郎様に合力すると言われても反対出来ないからな。その結果がこの兵の人数だろう」



 炊飯の為の火を各陣で起こしていたが、煙で煙たい事も無く寂し限りだった。

 暫くすると、小者が座敷で軍議があると呼びに来た。小者について行くと、前回と同じ部屋に連れていかれた。


 全員、鎧を着ているから、少し身動きするとシャリシャリと結構な音がする。



「よし、これで全員だな。今回、合力して貰ったのは古河公方様の弟君(おとうとぎみ)右兵衛佐(うひょうえのすけ)様(足利義明)から下知を賜った。我らはそれに応え庁南城に集まる事になった。皆も薄々気付いていると思うが、庁南城に着き次第日取りを決めて戦となろう。敵は千葉と原だ。明日の朝、出陣だ。頼んだぞ」



 簡単だな。恩賞の話など微塵も無い。よし、帰り際に情報収集だ。



「おいおい、前回の半分も兵がいないぞ」

「やはり、庁南次郎様が有利か」

「それより、恩賞の話が無かったよな」



「あの、ちょっと良いですか?あっ、これはお近づきの印です」



「おっ!悪いな・・・って、この前もいたよな?俺は伊藤典膳(いとうてんぜん)だ。宜しくな」



「あっ?!そうでしたね。これは奇遇。私は小山田竹太郎と言います。宜しくお願いします」



「お前が小山田竹太郎か。何でも手柄を立てて三河守様の亡くなられた御父上より名を賜り武士になったと聞いたぞ。小山田氏は名族だよな。良く許されたな?」



「俺の家の始祖様は、真里谷(まりやつ)の始祖様と一緒にこの地に来て戦い、村を築いたんだ。ただ、始祖様とご一緒に戦う内に怪我をしてな。それが元で亡くなってしまった。その時の戦いは酷いもので家臣も皆、討ち死にして、俺自身は百姓をしていた」



「それは大変だったな。真里谷の始祖様は甲斐武田氏、多摩の小山田荘から支族がこの地に来ても可笑しな事は無い。俺の一族も似たようなものだ。古河公方様が真里谷の始祖様に上総国を治める様にとの命を下された時に、伊藤荘から枝分かれして始祖様に従ったのが始まりだ。当家は君津辺りに所領があるから、どうにかやっていけるが、竹太郎は山の中が所領だろう?大変だな。それと俺には敬語は不要だぞ」



「ほう。伊藤氏と言えば平氏だな。小山田氏も平氏なんだ。これは奇遇だな。同じ平氏同士、宜しく頼む」



「所で、聞きたい事とは何だ?大した事でも無くても銭は返さないがな」



「フフフフッ。銭は返さなくて大丈夫だ。俺が聞きたいのは先代の真里谷の時にはどの程度の兵を集めることが出来て、今回はどの程度集まったか?だな」



「先代の時は全兵力で2000人程度が最大だと思う。今は分かれたから、真里谷だけだと500~700人程度だな」



「城の数だけ見ると、真里谷の方が多いように思うんだがな」



「確かに真里谷の方が多い。でも、真里谷と武田は今の所、一心同体だろう?だから、真里谷勢力内に所領を持つ重臣の中に武田を支持する者も多い。当然、重臣は所領が多く、良い土地を独占しているから兵の数も多い。俺の様な地侍でも内房の君津に所領があるお陰で、今の真里谷にとって貴重な戦力だ」



「・・・なるほどな。これでは里見との戦いは厳しいな」



「里見?ああ、安房国(あわのくに)の里見か。あいつは要注意だな。下克上を平気でやる奴だし、安房国なんて米も碌に採れず、兵の数も少ない。それでいて、上総国(かずさのくに)を狙っている様だ」



「どういうことだ?」



「どうも、上総国の国境(くにざかい)の地侍を調略している様だぞ。国人には婚姻で勢力を広げようとしている。噂では三河守様にも里見の嫁取りの話が来ているらしい」



「嫁取りか。里見とはいずれ、会ってみたいものだな」 



「それより、今回の戦は恩賞無しとの噂だぞ。俺達の様な地侍にとって、恩賞なしの戦など全く意味のない戦だ。右兵衛佐(うひょうえのすけ)様(足利義明)の下知には困ったものだ」



「そりゃあ、そうだろうな。多分、武田と真里谷の兵を使って原から城を奪い、自分と連れて来た家臣の褒美で終わりだろうからな。千葉にしたって白井(しらい)にしたって古河公方の下知が無ければ、右兵衛佐様に原の城を奪われても何も出来んだろうさ」



「まあ、俺は後ろで様子見だ。何の得も無いからな」



 伊藤典膳か。銭に対する感覚が俺と似ているな。武士は食わねど高楊枝などの阿呆の様な言葉があるが、銭の前では変なプライドなんか捨てろ。武士は銭が全てだろう。




 

 翌朝、庁南城へ向けて出陣となった。俺達が異常に目立っていた。

 それと言うのも真っ黒の胴丸(どうまる)に家臣の背には家紋の入った旗印を付けていて、顔も鬼の様な面を付けているからだ。その後には小荷駄が大きな家紋の入った幟旗を抱えて歩いている。


 他の地侍だと大将が胴丸を着ているが、足軽頭は精々腹巻(はらまき)が多かった。当然、それに続くのはボロの着物を着た百姓どもだ。


 典膳の奴が興味深そうに近づいて来た。



「お前の所の武具、凄いな。小荷駄以外全員、胴丸だろうあれ。それに小荷駄の着ている着物も変わっていて皆、同じものを着ているな。他の奴らより人数が少ないが、これだけの武具を集めるのに銭が沢山掛かっただろう?その銭が何処から出たんだ??」



「ああ、武具か。俺の所は辺鄙な所だろう。だから、家臣に死なれると次の兵が中々集まらない。だから、武具だけは良いものを揃え鍛えたんだ。それも借金してだぞ。俺も内房に領地を頂きたかったよ」



「うむ・・・その割には銭周りが良いよな。何か裏がありそうだ。まあ、今は良し。でもな。お前とは今後、助けたり助けられたりと良い関係でいたい。その方が良いと俺の勘が言っている。俺の勘は良く当たるんだぜ」



「そうか。典膳が味方になれば心強い。これからもよろしく頼む」



 流石は内房に領地を持つ地侍だな。情報収集は抜かりなく、その視点も俺に近い。この地獄で生き抜くには何が必要で何が不要か素早く判断し、自分の利益を考え直ぐに動かないと死につながるからな。

 官位である典膳を名乗る所も真似をするべきだな。


 自称であっても、自分の主君が主だって反対しない限りその勢力内では典膳で通る。こう言う銭に聡く権威である官位を利用する事は悪い事ではない。


 俺もそろそろ何か考えるか。


 





 


  

 


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] トロッコ問題の話、人によっては批判もするだろうが、話中は正しいと思う。。 単純な話ではないが、正妻が我が子(自分の利)を取るという事は、もし側室の子・養子の子、後々で出来てしまった正妻の…
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