第3話 食料は力だ
すみません。日曜日はお休みします。
俺は10歳になり父ちゃんの身長を抜いた。父ちゃんの身長は村では大きい方だ。弟の竹次も3歳になり元気だ。村では小さい子供が結構死ぬからな。竹次も運が良ければ大人になれる。
以前、父ちゃんから言われたが、林の奥には余り行かないように言われていた。それは、死体を埋めるからなんだ。村によってはそのまま捨てる処もあるらしい。動物に食べられたりするのは良いけど、疫病とか心配だ。
村人に墓など無い。でもさ、墓なんて意味無いよ。死んだ人を誰かが覚えていれば記憶の中でその人は生き続けるけど、知っている人が全て死ねば、忘れられて無になるんだからさ。
今年は去年予定していた俺の田んぼへの田植えだ。
春のまだ寒い時期に早速、田んぼに肥やしを漉き込み耕す。籾を苗にする木箱は日中は太陽の下、外に出し夜は家に入れる。こうして、苗作りを進めると共に俺の田んぼに水入れをすることにした。
そこで、俺は重大な事に気が付いた。
「あっ!?田んぼの底と周りを粘土で覆うのを忘れた!あーあ、やっちまったな、おい!!」
そう、沼地は既に汚泥などが粘土層の代わりをしているから水が貯まるんだ。つまり、俺の田んぼは水抜けが起きて水が貯まらない。
今から田んぼの土をどかして、やり直すか?クソっ、取り敢えず水を入れて様子を見るか。
「どんどん吸収しやがる。・・・おっ!?水が貯まって来た。この荒れ地は以前は、沼だったかも知れないな」
偶然に救われ田んぼへの水入れもどうにか上手く行き、水が馴染んだ頃に苗が出来たので正条植えを行った。
父ちゃんの田んぼからは適当にバラまいた籾からやっと芽が出てきて緑が映えていた。しかし、稲の生長という意味では1か月近く俺の田んぼの稲の生長が早いな。へへへへッ。
暫くして父ちゃんの田んぼの稲が伸びて来たので田んぼの稲の間引きを手伝った。これは、密集していると、稲の生育が悪くなる事と病気が発生しやすいという経験から毎年、行っているものだ。勿体ないよね。元は米だぜ。
俺の田んぼは、雑草取り程度の手間要らずだ。今年は暑いので二期作を行おうと思い、苗作りを始めようと父ちゃんから種籾を貰おうとしたら、父ちゃんが厳しい顔でそれ食べる分だぞと言ったのは忘れない。
皆、腹ペコなんだよ。
俺は竹と去年の藁の残りで案山子を作る事にした。藁も貴重品なんだ。俺が履いている草鞋や服にも使われている。そう、体が大きくなり服が小さくなったから母ちゃんが藁を使って服を作り直してくれたんだ。
慣れるまでチクチクしたけどな。
まだまだ暑い夏だが、俺の田んぼは刈り取り時期を迎えた。30坪程度の田んぼだから誰の手も借りずに終わり、田んぼの横に作った竹干しに稲を干した。俺の田んぼは思ったより乾いていて余り泥濘まなかった。
田んぼに残った刈り取った稲の根っこと雑草を引っこ抜き、肥やしを漉き込み、水入れをして馴染んだところで再び苗を植えた。
暑さが一段落する頃、父ちゃんの田んぼの稲刈りが始まった。竹干しにドンドン刈り取られた稲が干されていく。今年は出来が良いと父ちゃんが喜んでいた。俺の案山子のお陰で雀の被害も少なかったようだ。
父ちゃんの田んぼの稲刈りが終わり綺麗にすると稗を蒔いた。これが俺達家族4人の主食なんだ。畑では夏野菜が終わり冬野菜と粟を育てていた。
稗や粟は冬が来て採れなくなるまで繰り返し作付けする。
実が小さいから粥で食べて腹を膨らませるんだ。ひもじいよ。
俺の田んぼの稲はすくすく伸びていった。
秋が濃くなる頃、俺の田んぼはなんと2回目の稲の収穫となった。田んぼを綺麗にした後、肥しを梳き込み冬野菜である大根や蕪、蕎麦を作付けした。蕎麦は人気が無いんだよね。不味いから。
結局、俺の田んぼで採れた米は、1俵だった。父ちゃんの田んぼと比較して面積が1/10しかないにも関わずだ。また、大根や蕪が育って来たが、父ちゃんの畑の作物と比較すると大きさが違った。
父ちゃんは驚いていた。
そんなある日、父ちゃんがどうすればお前のように出来るか聞いて来た。
「なあ、竹。お前の所の田んぼからは米が沢山採れ、畑にも出来るよな。お陰で、今年は家は飢えることが無いだろう。俺の田んぼでも竹と同じ事が出来ねえか?」
「父ちゃんの田んぼは沼だけど、元々の沼では無い様だから俺の田んぼと同じように出来ると思う。ただなあ」
「ただなんだ?」
「いや、俺と父ちゃんと母ちゃんで俺と同じ田んぼにするには来年の作付けは出来ねえかも知れんぞ」
「そうなると、田んぼをやりながらだから、半分ずつやっていくしかねえな。早速、明日からとっかかるぞ」
俺の田んぼは小川の側の荒地で偶然、地面の下層が粘土層らしく、水を維持する事が出来た。父ちゃんの田んぼはその点は問題が無いが、土が泥んこすぎるから土を改良する必要がある。
父ちゃんの田んぼへの用水路は、村から30分の距離にある俺が釣りをしていた川から村に引き込んでいる村の用水路だ。
父ちゃんの田んぼの改良が始まったが、母ちゃんは竹次の面倒を時々見ないといけないから、俺と父ちゃんの二人で作業に掛かった。母ちゃんは竹次を背負いながら畑担当だ。
まずは、父ちゃんの田んぼから土と言うか粘土質の泥を俺の田んぼ拡張予定地に運ぶ。俺の田んぼを拡張する時に田んぼの底にこの土を使い水抜けを防止するつもりだ。
初めての田んぼは偶然に救われたが、父ちゃんから田んぼの作り方を聞いて新しい田んぼ作りに織り込む予定だ。
父ちゃんの田んぼで減った土の分だけ林から腐葉土を荒地から砂を持って来ては入れてかき混ぜた。田んぼは正四角形的にしたかったが、元々の土地が歪でまあ、出来る限り畔を四角形にした。
言葉で書くと簡単だが、この作業にほぼ1年が掛かった。残りは俺の荒地から持って来た石と父ちゃんの田んぼの粘土で肥溜めを整備して完了だ。
秋が深くなる頃、半分の湿田の作付けや刈り取りの面倒を見ながら0.5反の乾田が完成した。
元々、田んぼとはいえ人力だけで1年間で出来るとは、父ちゃんも俺も頑張った。
今年の年貢は父ちゃんの半分の田んぼと俺の田んぼの米を合わせてどうにか種籾を除いて2俵用意できた。
食べる分が殆どない。
考えただけで腹が減る。
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年が明けて俺は11歳、竹次は4歳になったが、母ちゃんのお腹が少し大きくなった。おいおい、父ちゃん。この労働力が必要な時に何してんだよ。
まあ、村では避妊などしないから子作りは自然に任せている。
これで今年も田んぼは俺と父ちゃんの二人だ。俺がいなければ家はどうなっていたのか?考えるのが恐ろしい。
家の田んぼは最低2人いなければ面倒を見切れない。年貢を納められなければ、銭払いや雑穀払いがあるが、その先にあるのは飢え死にだ。村長や村役がそこそこ面倒は見てくれるだろうが、余り続くと代わりに田んぼを取り上げられて小作人に落とされる。
小作人になるのが嫌なら、ひもじい思いをしても耐える。
食べられる範囲で家族を増やさないと労働力不足で田んぼ取り上げの危機、家族が増えすぎるのは食料が減る危機。
何れにしろ家族計画は、計画的にだ。そうしないと口減らしが行われる。
年寄りが自分から進んでご飯を食べずに餓死したり、生まれた子供が死んだ事に成ったり、色々だ。
村長や村役になると、小作人を抱えて手広く田んぼや畑を行っている。小作人は、村での次男以下がなる事が多い。
1反にも満たない小さい田んぼを与えられ、出来た米は種籾以外は全て取り上げられ、雑穀と小さな畑で採れる野菜等で生きていく。1人の労働力では出来るものも限られる。
1人食べるのがやっと、体もクタクタ、だからほとんどの小作人は結婚できない。一度、小作人に落ちてしまえば、再び自立した家を構える事は殆ど出来ない、と言うかこの年まで見た事が無い。
だって、家族を養えないからな。
長男は家を継ぐから次男以下は家を出なければならない。親や長男は次男などには田んぼを分けたりしない。食料が減る事は絶対にしないのだ。阿呆と同じ意味でタワケが使われるのはそのためだ。
俺は長男だが俺のように新しい田んぼを開拓する次男坊は少ない。人間、結局、辛いのは嫌なんだよ。それに、村の人間は食料事情から体も小さく開拓する体力も無いだろう。
村の中での小作の人数も限られている。したがって、女は売られ男は村から出て行くしかないが、大概は野垂れ死にする。字も読めず、何の特技も無い百姓の末路だ。
小作になれる奴は、幸運と言えるだろうな。
新しい田んぼを作るというのは口で言う程、簡単ではない。人並外れた根性と体力が無ければ不可能だ。
見よ!鮒と川エビ、バッタ系、コオロギ系を食し、農業を通じて鍛えられた体を!!フフフン。
幼年からの栄養摂取の重要さなんて村人が知るはずも無し。単に代々伝えられた事を各家ごとに行って生きる。それが村だ。
今年から父ちゃんの田んぼも半分稼働だが、苗育成用の箱作りなど、ここまでは問題が無かったが、肥溜めのクソが全然足りない。今年は土壌改良したから米の作付けには肥料が無くても問題が無いと思うが、来年の田植えには肥しが必要だ。
そこで俺は考えた。村長や村役の家は使用人や村長の家族でクソが沢山あるんじゃないかと。
父ちゃんに話すと、ハア?!お前何言ってんの、みたいな顔をされた。
「おい、竹!村長や村役の厠の世話は、小作どもの仕事だ。そんな事、家の長がすることじゃないぞ!!」
「父ちゃんの考えは良く分かる。だけど、俺は腹いっぱい飯を食いたい。父ちゃんだって肥しが作物を大きく沢山実らせる事に気が付いたはずだ。いつ冷害が来て、米の収穫量が減って、冬野菜もろく採れずに飢えるか分からない。毎年、採れた米は全て年貢に取られて、何の蓄えも無く過ごしている。竹次だってまだ小さく働けない。今年は家族が増える予定だ。そうすれば、家族5人になる。俺は家族を飢えで失うのは嫌だ!父ちゃんが嫌なら俺独りでもやるぞ!!」
「・・・そうだな。飢えるのは嫌か・・・分かった。俺も一緒に行こう」
父ちゃん。ご飯の前には変なプライドなんか、何の意味も無いんだ。食べ物が無ければ小さい子供から死ぬんだよ。それが村だろう。
村長の家は家族の厠が村の用水路に流すタイプだった。おいおい、時々父ちゃんの田んぼにクソが流れてくると思ったが犯人はお前達一家かよ。
でも、使用人の方は桶に溜める方式だったので、クソを貰う事が出来た。村役の数人からは父ちゃんにしっかりしろとか叱責していたが、数人は呆れたようで何も言わず貰う事が出来た。
こうして、我が家の田んぼは肥しの問題も片付き順調に稼働した。来年の肥しは確保する事が出来た。
父ちゃんの田んぼと俺の田んぼは稲が正条植えで綺麗に並んでいる。
村人は父ちゃんの田んぼに無関心だ。皆、昔ながらのやり方や伝統に縛られている。村で生きる百姓はそれが当たり前で、代々生きて来た。それを変える事は死ぬ事に他ならない、そう信じてる。村という今の体制では、これを変える事は出来ないだろう。
食料は力なのだ。食料を多く採取できれば、家族を増やすことが出来る。つまり、家の労働力が上がり、更に食料を増産できる。
ところがこの村ではこうは行かない。各家で食料の採れる量が決まっているからだ。家族が増えれば飢えるだけ。
食料が有れば、村長から色々なものと交換できる。そう、食料はパワーなんだ。
暑さがまだまだ、今年も暑かったので父ちゃんの新しい田んぼと俺の田んぼで二期作を行った。
結局、俺の田んぼが2俵、父ちゃんの湿田から1.25俵、乾田から5俵の8.25俵だ。2俵の年貢を納めても6俵ほど残る。
これには母ちゃんも驚き、家族でニッコリ。2歳の竹次も訳が分からずもキャッキャ言っている。
食料の心配が無い。これ程の安心感は生まれて来て味わった事は無い。
年貢は採れた米の量に対する割合だから年貢も増えるのか考えていたけど違った。年貢は村の代表である村長から領主に渡される。つまり、村長が渡す年貢の量は例年決まっている。これが減らない限り文句を言う領主はいない。また、検地はしないし各家で採れる米の量は実はバラバラだけど、納める年貢は各家同じだ。毎年、村に武士が来て村長と話し合う。俺が生まれた時には既に各家米2俵が年貢で、それから変わっていないからこれでいいんだろう。