第29話 嫁取りに向けて
最近、塩が安くなったので歯磨きを奨励しようと考えて、歯ブラシを作った。歯ブラシと言っても幅一センチくらいの長さで適当に竹を切って、竹の先を石で砕いて柔らかくしたものだ。
ここで驚きの事実がある。俺達兄弟には虫歯が無い。確かに小さい頃から甘いものなど食べた事も無く、食事も一日二回、雑穀のお粥に薄味の野菜料理だった。
そこでたまたま独りでいた母上に聞いてみる事にした。
「なあ、母ちゃん。俺達兄弟は虫歯無いんだけど。俺達が小さい頃、口移しでご飯を食べさせたりした?」
「何を聞くかと思ったら、そんな事かい。ご飯か・・・小さい頃は可愛くてな。ご飯を食べていると欲しがるんだ。そこでさあ、口移しで食べさせようとすると父ちゃんが怒るんだよ。『例え子供だろうが人が食べたものを食わせるな!俺の子供は物乞いじゃあねえ』とかね。だから、擦りこぎで砕いて匙で食べさせたんだよ。そりゃあ、可愛かったなあ」
そういう事か。虫歯や歯周病の原因菌は親の唾液から感染するというのを聞いた頃がある。よし、家臣どもには徹底させて、歯磨きを推奨するか。
でもなあ、歯石は歯磨きでは無くならない。金属の工具を使って削るしかない。
そうだ。古河公方の弟の件もあるし、家臣を集めて歯磨きの話をするか。小間使いに彦左衛門殿へ直ぐに家臣を座敷に集めるよう、伝言を頼んだ。
暫くすると衣服を整えた家臣が集まって来た。
「竹太郎様からお前らに話がある。その前に竹太郎様、宜しいでしょうか?」
彦左衛門殿から話?一体何だろう??今日は打合せした内容をこいつらに話すだけなんだが。
「構わん」
「では。今からお前らを一人一人検分する良いな」
そう言うと、彦左衛門殿が一人一人の足の裏を確認し始めた。そう言えば、先日、足の汚い奴の所為で畳が汚れてしまったな。
暫くすると、お前は立て!とか言われて結局、二人ほど立たされた。彦左衛門殿が俺の方を強張った顔を向けて来た。
「竹太郎様。こやつらは竹太郎様を主君と考えもしない狼藉者!ただの無駄飯ぐらいです。外でこやつらの首を刎ねようと思います。許可を頂きたい」
おいおい、確かに広間に集まる時は足を洗ってから上がれと命じている。だからと言って、首を刎ねるのはやり過ぎだろう。
「こいつらの首を刎ねるか?ここにいる他の家臣も理由を知りたいだろう。皆に理由を説明して貰えないか??」
「理由?!何を仰る!主君が首を刎ねると言えば刎ねるだけ。家臣は主君の為に死ねれば本望。そこに理由などありませぬ。某が理由など言わずともここにいる他の家臣は分かっているはずです」
「・・・竹次郎。お前は彦左衛門殿の話が分かるか?」
「・・・彦左衛門様が仰られているのは、『主君から足を洗って座敷に上がれ』との命に背くのは主君を軽く考えている。それはつまり謀反の心がある証拠である。このような者の真似をする者が出て来る前に殺してしまえと言う事だと思います。ただ、私が思うには、まだ年端もいかない者。首を刎ねるのは如何かと」
「竹次郎殿は甘い!先日も同じ事があり、その後、某が食堂にこやつらを集め話をしております。それでも主君の決めた事を軽く考え同じ事を繰り返す。そのような者は家臣として不要でございます。竹太郎様、何卒ご決断を」
参った。この前の田子造の一件もそうだが、彦左衛門殿は俺の武士としての生き方を試している。確かにもう百姓じゃない。身代がどんどん大きくなって城が出来れば更に俺という人間が広く知られ国人の扱いになる。
武士は必要があれば味方を集め、敵を殺す。そうしないと、敵が力を付けて殺される。命が掛かっているから色々と厳しく生きていくしかない。
時には親を殺し、時には子を殺し。
三郎さん(信長)の様に弟(信行)を殺したり、太郎さん(信玄)の様に親(信虎)を追放して子(義信)を殺すのは、俺には無理だよ。
「まあ、二人ともそこまでだ。彦左衛門殿の忠心は良く分かった。俺が拙いから迷惑を掛けるな。いつも悪役を買って貰ってすまぬ。但し、今回の件についてはこの者達にも親や兄弟がいる。首を刎ねるのは簡単だが、今後、小山田郷を治めていく中でしこりになろう。そこで、この者達は追放と致す。親元にでも帰るが良い。その代わり、この者達の血縁者は今後一切、当家では使わない。以上だ」
「・・・お前達。竹太郎様のせめてもの情けだ。村八分にならずに親元へ帰る事が赦されるなんて有り得ないぞ。竹太郎様に礼を言う事だ・・・よし!下がれ!!」
二人は出て行き、しーんと静まり返った。ごくりと音が聞こえてきそうだ。随分とやりにくくなったが、仕方が無い。今年の秋の収穫が終わり次第、古河公方様の弟君の下知に従って小田喜城に軍装で集合する事などを家臣に話し、それまでは郷の開発や新しい家臣の教育や訓練などの細かな事を指示した。
この後、歯磨きの重要性について話す事にした。話しにくいけど。
「よし!硬い話は終わりだ。今日は歯の掃除つまり歯磨きの話をしようと思う。この中に虫歯の奴は要るか?手を挙げろ」
あれ?!数人が挙げている位だ。随分と少ないな。まあ、ここに居るのは粗食の上、三男坊以下の人間が多い。その所為で親から口移しで食べさせて貰えなかったから、虫歯などの原因菌が伝染しなかったのかな?
「よし、手を下ろして良いぞ。まずは、虫歯の事は聞いたり見た事はあるな?原因は何だと思う??」
「物の怪の仕業だろう」
「ああ、聞いた事があるぞ」
「何言っている。神罰に決まっている」
これだよ。病気の人間にお札を張ったりして、訳の分からない迷信が真実として信じられている。こういうのは俺が言うから?で済むが、家臣の中の誰かが同じ事を言ったら、嘘つきだとして袋叩きだろうな。
「お前らは飯の前に必ず、手洗いをしているだろう。体だって汚れれば洗うようにしている。これは、目に見えない悪いものを口や傷から入らないようにする為だ。それでは虫歯はどうして出来るか考えて見ろ」
「兄上。今の話では悪いものが口の中に入るからという事になりますが、口などは話す場合など開けねばならず、寝ている間に開いている者もおります。悪いものから防ぎようがありません」
「俺もそうだが、ここにいる者の中にも虫歯が無い者もいる。そこで、俺は母上に聞いてみたのだ。そうしたら、原因が分かった。つまり、赤子の頃に親からご飯を口移しで食べさせてもらった者は虫歯になり、そうで無い者は虫歯にならなかったのだ」
「・・・つまり、親から口を通じて悪いものが移って来るという事ですか・・・それが本当なら赤子に口移しで食べさせなければ虫歯にならないという事になります」
「おお」
「本当か?」
「虫歯は痛いんだ」
「将来、お前らが嫁を貰う時に今日の事を思い出せ。実施するかしないかはお前達次第だ。それと、今日からこの竹で出来た刷毛に塩を塗って歯磨きを行う事。飯を食った後、この刷毛で歯と歯の周りにある肉との間に溜まった食いかすを取る。今からやって見せるから真似をしろ」
これを見本に佐吉に量産させて、全員で今日から歯磨きだ。強く磨いて歯茎を削らないように注意した。あいつら、放置しておくと何でも力任せだからな。
医療関係も充実したいが、人材もいなければ道具や薬も無い。知識も字を覚えて計算を少し出来る程度。俺が生きている内に科学に対しての目鼻が立てば良い方だろう。
超常的な迷信を小さい頃から教えられ、人の死を身近に感じ、己の無力感を嫌という程経験すれば、簡単には考えを変える事は難しい。
生活の中で少しずつ変えるしかない。俺自身も小さい頃から近所の人間があっけなく死んでいくのを沢山見て来た。その無力感を感じた時に人間は神様に祈り救われるのかと思う事もあった。
神も信じず、科学至上主義の俺だったが、村人の神を信じての生き方は簡単には否定出来なかった。
因みに小山田郷には寺はない。坊さんも見た事が無い。人が死ねば森に埋める。墓などないし、葬式など誰も知らない。つまり、仏教はお金持ちの宗教なんだろうな。
仏の道も金次第、人口が多くお金の集まる所じゃないと厳しい。坊主も生きていくには銭が必要だから。
************************************************
初夏を迎える頃、俺は風鈴を作ろうと座敷で悪戦苦闘していた。ガラスの風鈴が欲しいが、ガラスをまだ作れない。そこで、茶碗や湯のみで風鈴を作ろうとしたが上手く行かなかったり、綺麗な音が鳴らずにイライラが募っていた。
「兄上はいらっしゃるか?兄上・・・?兄上、何をしているんです??」
「見れば分かるだろう!風鈴を作っている。俺は今、忙しいんだ!!」
「風鈴?・・・一体何ですか??」
え!?風鈴はこの時代、無かったのか?いやいや、少なくとも平安時代にはあったよな。
「風鈴というのは、この様に風を受けると(リリーン、リリーン)の音が出て涼しく感じるものだ」
「・・・(また、変な癖が出てるな。兄上は時々、可笑しな事を言うんだ)あ!?そんな事はどうでも良いのです。小田喜城から使者が参っております」
「何と!直ぐにお通ししろ!!それと、彦左衛門殿を呼べ!!!」
「彦左衛門殿は、既に呼びに行かせています」
「某は、酒井六郎と申す。三河守様からの言付けと文を某が預かり致した」
あれ?!こいつ酒井の爺にどことなく似てるな?しかも、名字が同じだし。
「はあ、はあ・・・遅くなりまして、申し訳ござらん。これは使者殿、失礼する」
「六郎殿。こちらは我が家臣浅利彦左衛門と申す。宜しくお頼み申します」
「それでは、話を進めて良いですか?」
「お願い致します」
六郎殿の話によると、近々足利何某つまり古河公方の弟が庁南城へ下向されるとの事。その際に真里谷と武田の威勢をこの弟に見せる為に家臣を出来るだけ集め、戦姿で庁南城へ集まって欲しいとの事だった。
文の内容はそれを正式に認めたものだった。
「三河守様からご命令、受け賜わりました。三河守様には、その旨をお伝え頂きたい。ところで、失礼とは思いますが、六郎殿は宿老の小次郎様と関係がありますか?」
「・・・良く聞かれます。某は酒井小次郎の息子です。因みに兄上は湿津城の城代を任されています」
「これは!?小次郎様の御子息とは失礼した。不躾な事を聞き、失礼した」
「いや、構いませぬ。逆に竹太郎殿に迷惑を掛けているようで申し訳ありませぬ」
「そんな事はありません。御父上からは武士としての生き方を学ばせて頂いています。気になされぬように」
「それでは、詳細が決まり次第、また参ります。これにて失礼致します」
慌ただしく供の者、数人と帰って行った。
「彦左衛門殿、どう思う?」
「弟君様は、上杉様のいずれかの城に御逗留中だと考えます。上杉様の領地は古河公方様の勢力地に接していて、前古河公方様の御父上の様に急襲される事に不安を感じたのでしょう」
「なるほど。どう考えても今の古河公方の方が弟より実力はあるだろう。という事は上杉の領地で古河公方に戦を仕掛けても勝てぬ事は少しは理解していたんだな。でも、なぜ?庁南城なんだ??」
「庁南城や湿津城とその付近は、永らく真里谷と原・伊藤・千葉の連合軍との戦場でした。そして、現公方様と前公方様が戦に成った時に原・伊藤・千葉は身内で争う事になりました。そして、庁南城辺りは古河公方様の本拠地から遠い」
「つまり、今も前公方の争いが原因で身内にしこりがある原・伊藤・千葉を戦で叩き、奴らの城を奪う計画か。身内同士でごたごたが続いていれば、古河公方も簡単には援軍を送れないと。ふん、小賢しい」
「でも、困った事になりましたな。原や伊藤、千葉の力が衰えたと言え、まだまだ真里谷と武田だけでは厳しい戦になるでしょうな。更に、今回の戦は公方様方の兄弟喧嘩。弟君が負ければ真里谷と武田に古河公方様から厳しい沙汰があるかも知れませぬ。弟君が勝っても領地は全て弟君の領地になるでしょうから、誰も得を致しませぬ」
「そうだろうなあ。勝っても負けても地獄。得るものなしの無駄な戦か。まあ、俺は後ろで見物だな」
こんなくだらない戦でも、権威にすがり喜んで死ぬ武士や感状1枚で涙を流す武士もいるのだろう。
俺には理解出来ない世界だ。
まあ、精々頑張って下さい。
*******************************************
家臣の訓練を見ながら、自分自身も訓練をして汗を流していると、十兵衛が現れた。
「竹太郎様。気合が入っていますね」
「おっ、十兵衛か。丁度良い所へ来たな。離れを増築中で少し五月蠅いが、俺がいつもいる座敷に来てくれ」
俺は近くの小川で濡らした手ぬぐいで体を拭き、足を洗って座敷に向かった。座敷に行くと、十兵衛が手持ち無沙汰に正座していた。
「それで御用というのは何でしょう?」
「実は恥ずかしながら米の収穫が終わり次第、嫁取りを行うんだが銭が無い。すまんが、銭を用立てて貰いたい」
「・・・銭ですか?竹太郎様なら間違いはないと思いますが、私も商人です。空では銭は出せません」
「そうだろうな。そこでだ。俺が証文を書き、一貫文に対して十日で百文の利子を払おう」
「一貫文に付き十日で百文ですか?これは随分と上手い話ですな・・・」
「そうだ。嫁取りに必要な銭以外に3貫文ほど借りたい」
「彦左衛門殿と竹次郎殿に言われて、婚礼のお品は色々集めておる所ですが、最低でも5貫文ほど掛かる予定です。その上に3貫文ですか・・・全部で8貫文の銭・・・それに利子を付けて、いつまでに頂けます?」
「そうだな。今回の戦が終わり、俺が帰って来てから払うという事ではどうだ?」
「え!?・・・戦で銭を使うのですよね。戦から返って来てから払うとは・・・有り得ませんな。どういうことか、説明して頂けますか?」
「今回の戦は多分、真里谷と武田が勝つ。そうすると、城攻めになる。庁南城から一番近い城は原の城だろう。少なくても原の本城と付け城は全て奪われることになる。そこで、十兵衛に聞きたい事がある。原の本城は何処だ?」
「原様でございますか?原様の本城は小弓城でございます。庁南城の城下町より更に栄えてますな。あの辺一帯は、以前は千葉様のお膝元で何処のお城も栄えていますよ」
「つまり、銭があるという事だ。十兵衛なら商いで小弓城に出入りしているから銭蔵の場所は知っているよな?」
「はあ?!・・・まさか・・・戦に紛れて銭蔵を・・・」
「そうよ。そのまさかよ。今回の戦は正直、何も得るものが無い。それなら、仕方が無い。銭蔵にある銭があれば頂こうと思ってな」
「ぷっ。竹太郎様らしい。お武家様らしくない考え方ですな。銭蔵へまっしぐら・・・分かりました。8貫文の銭をご用意致しましょう」
武士というのは、誰も負けると思って戦わない。勝った時には恩賞が必要だ。つまり、戦で兵糧を集めようが、必ず銭はある。
その後、十兵衛に銭蔵の場所を聞き、簡単な小弓城の見取り図を描いた。
俺以外にも銭蔵を狙う奴もいるだろうか?銭蔵で出会えば敵だろうが味方だろうが全員殺すしかない。ばれたら、俺の首が飛ぶ。
********************************************
一回目の刈り取りが終わり、黄金色の稲を竹の柵に掛けていく。今年も豊作が見込めるようだ。離れの増築も初めは苦労していたようだが、順調に進んでいる。やはり、職人技も戦と同じで実戦で磨かれていくようだ。
「竹太郎様。こちらにいらっしゃいましたか。弥次郎殿から先触れが来ております」
「弥次郎から?権左じゃないのか??」
「権左殿も一緒だと思いますが、弥次郎様も一緒で明日には着くとの事です」
「弥次郎の奴、何かあったか?・・・酒は嫁取りに少しづつ集めたものがあるから後は肴か。母上と相談しよう」
「分かりました」
弥次郎の奴が来るのは、多分、里見の件だろう。そう言えば、弥次郎の本拠地は鴨川だったな。鴨川と言えばシーワールドだよな。
「彦左衛門殿。そう言えば、以前、弥次郎の本拠地を鴨川と言っていたよな。鴨川とはどんな所だ?」
「鴨川は、安房国では有数の米の産地でございます。安房国の中では比較的平地が多く、水も豊富です。また、九十九里浜ほどではありませんが塩も作っていますな。」
「そうなのか・・・それでは里見からすれば喉から手が出るほど欲しいだろう」
「彦左衛門殿は竹次郎と明日の宴の用意を進めてくれ」
「御意」
母上には明日、弥次郎達が来て宴を開き、もてなす事や数日宿泊する事を伝えた。急に来られても何もないとか、騒ぎ始めた。
小間使いも7人になったし、大丈夫だろう?
次の日、宴の準備を進めていると、『おーい、来たぞう!』と言う弥次郎の声が聞こえて来た。
小間使いに案内されて座敷に来ると、何やら畳が珍しいのか騒がしかった。供の者は6人で弥次郎と権左殿を含めて8人、徒で来たようだ。
「なあなあ。これって畳だろう?この部屋全部、畳だよなあ」
弥次郎は畳の上に寝ころび始めた。こいつは自由な奴だ。
「ごほん。弥次郎様!無作法でございますぞ。姿勢を整いませ!!」
「・・・権左。俺も畳が欲しい。良い匂いがして足が痛くない」
「弥次郎様・・・それより竹太郎様にご挨拶を。もうすぐ、弥次郎様の兄上になられる方ですぞ」
「(なんだよ兄上って)・・・兄上におきましてはご健壮でなによりでございます」
「弥次郎。この屋敷は気に入ったか?」
「ああ、気に入った。建物はしっかりしているし、部屋も広い。そして、この畳があるからな」
「それより、婚礼の打合せなら、お前は不要だろう?里見と何かあったか??」
「良く分かったな。竹太郎が帰ってから暫くした頃、里見の家臣という者が来た。何でも誼を通じたいとの話だった。爺、そうだろう?」
「そうです。山之城に里見から使いの者が来ました」
「その山之城と言うのが弥次郎の城か?勝浦から近いのか?」
「はあ?何も知らないんだな。勝浦には海からしか行けねえよ。途中、おせんころがしがあって、街道で行くのは難しい」
「おせんころがし・・・あっ!?(この時代は難所で有名だ)・・・そうすると、もし、里見と戦になったら山之城には何処を通って援軍に行けば良いんだ?」
「そりゃあ、勝浦からだと船で行くしかないな。ここからだと俺が通って来た道だ。内浦の日蓮寺を通って松野から小田喜街道に出て上川耳村に来た。ただ、大勢で寺社地を通る時には予め許可が必要なのと、通る度に人数分の関銭が掛かるし、道も荒れてて狭いな」
「勝浦から船だと山之城に援軍を送るにしても一度に大勢は送れない。弥次郎の言う陸路だと火急の場合、間に合わないな・・・おせんころがしを通らないように隧道を通すしかない」
「隧道?なんだそれ??」
「弥次郎様。隧道とは山などに穴を掘り道とする事ですぞ」
「ああ、そうか。なら問題が無い。ただ、その先に誕生寺があり、ここでも関銭を取りやがる。波が高いとおせんころがしを通る事が出来ないから、誕生寺の周りは宿場町になっているから、隧道を普請する時に連中から嫌がらせや坊主どもが反対するかも知れないな」
「なるほどな。その話だと結構、日蓮寺がその地に根付いているか。それでは途中から誕生寺を回避する街道を作ろう。弥次郎の所からも普請の応援頼むぞ」
「え?!それは俺に取って損しかない。おせんころがしがあるから鴨川から船で勝浦へ荷を運んだりしているんだぜ。それが減っちまうだろう?」
「そんな小さい稼ぎなんてどうにでもなる。大きな船を作り、蝦夷や堺と大きな商いをして銭を沢山稼ぐんだ」
「銭?またかよ。竹太郎はいつも銭、銭だな。そんなものは商人に任せれば良いんだ」
「銭に苦労をしてないお前には分からんさ。兵を雇うにも銭、武器を買うにも銭が必要だ。権左殿、少し弥次郎を甘やかし過ぎだ。銭の有難さを勉強させなければならぬぞ」
「申し訳ございません。私が行き届かないばかりに・・・。これからは厳しく致します」
「全く・・・ああ、そうだ。弥次郎に良い嫁が見つかったぞ!俺の身内だ。珠子殿が嫁に来てから珠子殿に花嫁修業をお願いするつもりだ。良かったな?」
「はあ?!俺の嫁?・・・」
「何だ?珠子殿が直々に花嫁修業を指導する娘だぞ。嫌か??」
「え?!姉ちゃん、いや姉上が面倒を見てくれるんだ。不満がある訳ないだろう!ただ、少しばかり驚いただけだ」
「何と!弥次郎様にも嫁が・・・(うっ、うっ)・・・この権左、この世に生まれこんな・・・いつ死んでも・・・うぉ~~~~~ん・・・」
権左は、顔が怖いが涙脆いな。歳の所為か?弥次郎の奴は、何故か顔が赤い。フフフフッ、これで良い。正木に源氏の血はいらん。
その後、宴が開かれ弥次郎の嫁取りも広く知られる事になった。弥次郎は飲み慣れぬ酒を飲み、早々に引き上げて行った。弥次郎御一行の寝所は新たに建てた俺の新居だ。
ただ、畳がまだ敷かれていない板の間だ。でも、敷布団と蚊帳は人数分用意出来た。
しかし、あいつら遠慮がない。いやー、目出度い目出度いとか言って酒をガブガブ飲みやがった。折角、嫁取り用に集めた酒が半分になってしまった。
酒は貴重品だから高いんだ。これは早めに粟で酒造りを始めないと破産しそうだ。
城にも銭が掛かる。俺の郷では関銭は取ってない。こんな辺境で関銭なんか取ったら、それこそ商人が来なくなる。
弥次郎達は、彦左衛門殿と細かな日程を決めて、もう一日泊って帰って行ったが、問題が発生した。
珠ちゃんお付きの女中が一緒に来るそうだ。そんな今頃、言われても部屋なんか余ってないぞ。
結局、離れに4畳半の部屋を念の為2つほど追加で建てる事になった。佐吉からはもっと人員を増やすように言われた。
そう言えば、母上からも屋敷の4畳半の小部屋を6部屋追加するように言われている。
上谷村が無かったら、木材代だけで破産していた。上谷村の木だって有限だ。杉を植えても40年ほど経たないと木材として使えない。
俺は桧や松、樫を植えるように指示している。
杉も汎用性のある木材だが、俺は花粉症だった。これからの俺の領地ではこの3品種を積極的に植林させる。
橡の木は切るのは禁止だ。カブト虫はこの時代も子供には人気だからな。




