第28話 村八分
地侍 茫洋編の始まりです。
気を付けていますが、誤字脱字がありましたら、ご指摘の程宜しくお願い致します。また、感想に関しては、返信は中々出来ませんが、全て目を通させて頂いています。
上川耳村の乾田化作業及び正方形への整地と肥料や二期作の農業指導を急ピッチで進める為に村の百姓と村役を集めて話し合いを持つ事にした。
村長の家の前の広場に大勢が集まり、ガヤガヤ騒々しい。
「静かに!今からこの小山田郷を治める竹太郎様から皆にこの地の農業改革について話がある。竹太郎様、お願い致します」
「先に言っておく事がある。この地を治める三河守様が昨年逝去されて、その長子である八郎五郎様が三河守様を継ぐ事になった。その際、上川耳村、上谷村、下川耳村、落合村の4つの村を俺の領地として安堵して頂いた。その上で、この4つの村の農業改革を行いたい。農業改革とは皆の田んぼで採れる米の量を増やす事だ。田んぼを乾田化して肥料を使い、2回作付けする事で従来の4倍の米が採れる。ここにいる百姓の中には息子や娘が俺の所で働いていて話を聞いた者もいるであろう。良いか?」
「4つの村を領地に・・・」
「米が沢山採れるという事か」
「確かに息子から聞いた」
「嘘を吐け!そんな上手い話が有って堪るか!!」
「無礼者!・・・(ザッ・・・ゴロン・・・ブシュ―――――――)」
「ひっ!・・・」
「・・・」
「首が・・・首が・・・」
「良いか!竹太郎様は今や、4つの村を領地とする武士である。その上、三河守様から勝浦に城を持つ事を許された御身。村役如きが、身分を弁えろ!!」
「「「・・・」」」
「竹太郎様!無礼者を成敗致しました。下郎の血でこの場が汚れました事。お許しを」
上川耳村は俺の生まれ故郷で、俺の小さい頃を知っている人間が多い。それが、急に武士になって自分達の領主になれば面白くないと考える人間も出るか。でもな。俺は最初に言ったぞ、三河守様から領地を安堵されたとな。
彦左衛門殿は、汚れ役を買ってくれた。悪い事をした。
「彦左衛門!大儀である。良くやった。褒めて遣わす」
「竹太郎様。謀反を起こした田子造一家を根切に致しますか?」
根切か。確かに死んだ田子造には何人かの子供がいるのだろうか?親を殺されれば恨むだろう。そして、それは俺の一族に取って損しかない。
死んだ田子造がこの通りだから、こいつの家族も同じように俺を見ているはずだ。殺すのなら俺自らの手で子供も合わせて全員を殺さなければならない。
家族全員根切にして首を晒すのか?俺に出来るのか??綺麗事だけじゃあ、この地獄は生きて行けない。将来、俺の子供が恨みが募った田子造の子に殺されるかも知れない。
その時、後悔しても遅い。田子造一家は、根切にするしかない。
そうこうしていると、浅利家の佐々木殿と川田殿が家にいた田子造の家族を連れて来た。
「お前達は、田子造一家の者だな?」
「ええ・・・はい・・・」
「そこに転がるわ、田子造の成れの果てだ。竹太郎様に謀反を働いたので某が切って捨てた」
「えっ!?・・・ひ――――――・・・」
「お前達は謀反人の家族、いずれは竹太郎様に害を成すであろう。故に、今からお前ら家族を成敗する」
「彦左衛門、手出し無用。誰か俺の刀を持って来い・・・」
「竹太郎!お前!!こんな小さな子を殺すのかい?謀反を働いたのは田子造だろう??田子造は死んだんだ。もう良いだろう???」
「母上!田子造の子は今は小さい。でも、大きくなれば何れ田子造の様になり、俺や俺の子供に害を成す。母上は、田子造の様な愚か者の子に俺の息子を殺されても平気でいられるのか?」
「・・・」
「人間、肉親を殺されれば恨みに思う。その恨みは、相手が死んでも忘れるものではない。そして、その恨みは自分より弱い者に向けられる。それは、母上かも知れぬし、俺の子供かも知れぬ。その様な者をこのまま放置出来るか?俺には出来ない」
「竹太郎、見てごらん。こんな小さな子がお前を恨むと思うのかい?」
「今は小さくてもいずれ大人になる。そして、それを育てるのは俺を恨む田子造の身内だ。そうなれば結果は見えている」
「竹太郎様、お待ちくださいませ。ご母堂様の言により、処分が難しくなりました。ここは、追って沙汰を出すという事で田子造の家族は一旦帰らせて、私が監視いたしたく存じます」
「・・・そうだな。では佐々木、監視は任せたぞ。一旦、解散として明日また農業改革について説明をするか。皆!済まないが本日はこれで解散だ。明日また、鐘を鳴らすのでここに集まって欲しい」
田子造の家族が佐々木殿と川田殿に連れられて行く。田子造の死体は、彦左衛門殿の指示で埋められず林に捨てられるようだ。家臣どもがウゲッとか言って何人かで運んで行った。
小山田家と浅利家が俺がいつもいる座敷に集まった。
あの場で全員、殺してしまえば問題が無かったが、母上が情に訴えたせいであのまま殺したのでは村人の心理としては、血も涙もない人でなしとの烙印を押されるだろう。
母上の考えは村人だ。武家の思考としては失格だ。戦場では殺し殺されだ。その都度、情により判断を誤れば家臣の命どころか、自分の命も危うい。
母上の所為で処分が難しくなってしまった。例え、理由はどうあれ、人心が離れれば統治は難しくなる。
落ち着くと、父上が俺の前に出て来て、頭を下げた。
「すまねえ。さくらの所為で・・・さくらには後できつく言っておく。この通りだ」
「あんた。あたしは間違った事を言ったつもりは無いよ」
「それが間違っているんだ!お前は、いつまで竹を子供にしておく気だ?竹いや竹太郎は大人だ。そして、今や武士だ。お前はそれを忘れている。もう百姓じゃねえ!!こいつの肩には俺やお前どころか大勢の人間の命が掛かっているんだ。負けた敵に情けを掛けて、その敵が恩返しでもすると思うか?逆だ。負けた事を恨みに思い、今度こそ殺そうとする。その結果、お前が大事にしている人間が皆、殺されるんだ。お前にはそんな事も分からないのか??」
「・・・そんな事ない・・・」
「お前は、竹太郎が甘やかすものだから、つけ上がっている。今日、お前がした事は竹太郎に害を成そうと謀反を起こした者を、一時の思い付きで助けようとしたんだぞ。お前は、食べる物を全て奪われ自分の子供を殺されても、その殺した人間を恨まずに赦す事が出来るのだな」
「・・・」
「そんな事も分からず、竹太郎の決めた事に口を出すな!」
確かに、母上の所為で苦しい立場に成ったのは事実。でも、こうなったのは俺が原因だ。あの場で、刀を借りても家族全員、殺せば終わった話だ。
でも、俺には出来なかった。武士失格だな。俺は。
「皆、聞いてくれ。今回の事は俺が判断を迷った事にある。その所為で、彦左衛門殿の手を汚してしまった。初めから、俺自身の手で田子造と田子造一家を殺せば何の問題も無かった。ただ、俺は躊躇してしまった。すまぬ。許せ!」
「竹太郎様。もう済んだ事でございます。竹太郎様のご母堂様も今回の件で武士がどういうものか、理解されたと思います。今は、田子造一家をどうするかという事です」
「そうだな。今後、この話をするのは禁止する。良いな?そして、田子造一家だが、俺の郷から追い出しても良いが。そうすれば、野垂れ死に致すであろう。野垂れ死にするのが分かっていて追い出したとなれば俺を良く思わない者も増えよう。したがって、今回は村八分とする。それに従い財産は全て没収する。その上で現在の田んぼと畑を取り上げて、田んぼ1反、畑1反を別途村はずれに渡すものとする」
「・・・村八分?それはどういうものでしょうか??」
げっ!村八分って言葉は、まだ早いのか?八分を切って残り二分。確か、二分は火事と葬式だったよな。要は他の村人に害に成るような事以外は無視して助けない。よく考えると残酷だ。出産も病気も誰も助けない。厳しい生活の中で動物の様に暮らし、ゆっくりと死んでいく。
「村八分というのは、村人同士の関係を表したものだ。村人同士は普通、助け合って生きている。これを十分とすると、他の村人の害になる場合、つまり二分を除き、誰も相手をしないという事だ。この二分とは人が死んだ時と火事の場合だ。税は小山田郷と同じだ」
「それが村八分ですか・・・なるほど。目の届く処に置くと・・・宜しいですな。これからは、竹太郎様の命に背いた百姓は皆そうしましょう。生かしておけば銭になります。そして、何れは消えていく。流石は竹太郎様ですな」
彦左衛門殿は感心していたが、村八分は金山で働かせる事と余り変わりがない。消耗して死ぬまでの間、米などを生産するのだから俺の役に立つ。死ぬまで救いがない罰だ。
暫くして、田子造一家は、家や財産を全て取り上げられて村はずれにある空き家に引っ越していった。その際に彦左衛門殿から、一族全員首になる所だったが、竹太郎様のお慈悲により村に住む事は赦されたと聞き、涙を流して礼を言っていたらしい。
その後、村八分について彦左衛門殿から説明されると、別の意味で泣き叫んでいたらしい。
次の日に村人全員に田子造一家の処分と村八分について説明を行った。村八分について分かった者は半分程度だった。ただ、今後一切、田子造一家と話すらしてはいけない事は理解したらしい。
村八分に関しては彦左衛門殿が文を書き、それに俺が署名し花押を入れたものを各村の村長に届けて知らしめる事にした。
村人は昨日の事があったからか、静かに俺の説明を聞き、今後俺の家臣が各家々に農業指導を行い、四角い田んぼや正条植え等の意義を実施しながら身に付けさせる事が決まった。
やっぱり、武士は舐められたら終わりだな。
実話かどうかは分からないが、徳川次郎三郎(家康)さんは武田騎馬軍にビビッて馬上で糞を漏らし逃げて来た。それを絵師に書かせて己の教訓にしたのだから、凄いとしか言いようがない。
俺の郷の農業改革は家臣が増えた事から比較的早く終わると思う。上川耳村の農業改革が終われば、上谷村、下川耳村、落合村の順で農業改革を順に進める予定だ。
彦左衛門殿の所の小作人の若い連中は、今回、浅利家の足軽になるらしい。その上で、自分の田んぼの米が沢山採れると分かると、家人を増やすらしい。
浅利家も竹三郎が継げば、浅利家は平氏の家系になるのか?でも、家というのは誰が継ごうが浅利氏は浅利氏だから、やはり源氏のままなのか?
竹三郎の代になったら、浅利家の家系図を少し弄って平氏に変えても誰も気が付かないだろう。
その時代の権威や都合に合わせて変えられるものが、今の世の家系図だ。名家となれば確か・・・朝廷に原本を提出して承認されたものが本来の家系図だったか。
この乱世では、意味が無い。生き残った者が主張すれば、死んだ者は否定できないからだ。
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春の1期めの米の作付けの頃には上川耳村の1/3程度の農業改革が進んだ。上谷村から連れて来た家臣も生活や作業に慣れて来て、この分だと2期目の米の作付けの頃には上川耳村の農業改革は終わるだろう。
俺も家臣に混じって田んぼ仕事をしていると、十兵衛が現れた。
「十兵衛か、どうした?」
「・・・竹太郎様。前回の白粉の件がありまして、どういう顔をして現れたら良いか・・・自分が情け無くて・・・」
「ふっ・・・そんな事で悩んでいたのか?十兵衛、本質を誤るなよ。良いか。物事には知っていて悪を行う者と知らずに結果として悪を行う者がいる。俺はな。知っていて悪を行う者には罰を与えるが、知らずに結果として悪を行った者を善意の者として罰するつもりは無い。なぜか分かるか?」
「・・・分かりません」
「善意の者は、結果として悪事を働いたとしても、騙された結果かも知れぬ。前回の件は十兵衛が知らぬ事、もし、白粉の害を知っていて十兵衛が売ったとしたらそれは罰しなければならない。そうであろう?」
「神明に誓って白粉の害については知りませんでした。それでも、商人としては失格でございます」
「商人として失格か。・・・分かった。十兵衛、これからその汚名を雪ぐためより一層、俺の為に励め!」
「お許し頂けるのですか?」
「当たり前だ」
十兵衛は初めは泣いていたようだが、商売の話になるといつもと変わらない。流石は商人。
「そう言えば、塩がかなり安くなりました」
「塩が?なぜだろう??」
「竹太郎様が正木様と婚礼を挙げるとの噂が広まっていて、正木様配下の者達が安く売ってくれるのです。それだけはありませんぞ。魚も安く買う事が出来ます」
「それは真か?うーん、でもなあ。勝浦では塩田は無かったよな。弥次郎の奴、どこからか盗んできたのかな?」
「何を仰います。正木様の本拠地は鴨川でございます。塩田ですと九十九里浜が多いのですが、鴨川でも塩田はございます」
そうか、そうだった。弥次郎の本拠地は鴨川だったんだ。そうすると、あいつ何で勝浦にいるんだろう?今度聞いてみるか。
「そうだった。弥次郎の本拠地は鴨川だった。忘れていた。塩や魚が安くなったのは助かる。それでは塩を今までの倍、貰おう」
「塩ですか。畏まりました」
これでやっと、塩での塩水選別が行える。塩水の濃度は沈めて生卵が浮くくらいだったよな。塩水を行う桶と塩を計る枡を決めて、何処でも同じ塩の濃度で塩水選別が出来る様にしよう。
俺の今の田んぼのやり方だと、苗を育ててから植えるから塩水選別の意味が余りない。苗の時点で選別できるからだ。ただ、芽が出ないような米や貧弱な苗になる米も苗用として使うからその分の米が無駄になっていた。
無駄が無くなるから多少は助かるか。
塩水選別を行うのなら温湯消毒を行うか。今までは夏の気候によっては病気が発生してその都度、病気の稲を抜いたりしていた。それが、少しでも減れば収穫が増える。
前世の死んだ爺ちゃんも田んぼや畑をやっていた。自分達で食べる米や野菜は無農薬だった。田んぼに使う籾は、温湯消毒していて確か70℃のお湯に10分程度漬ければよいと言っていたよな。70℃のお湯と言うと温度が高い気もするが、籾が常温だから籾を入れると丁度良い湯加減らしい。
温度計が無いから70℃なんて計れないから大体だな。沸騰した100℃のお湯に半分の量の20℃の水を入れれば70℃?になるような感じで調整すればいい。春と夏では水温も違うから微調整が必要だが、実際にはそんなに厳密な温度でなくとも問題はないと考えている。
正条植で随分病気が減ったが、この温湯消毒を行えば更に病気が減り収穫量が増えるだろう。
よし、家臣どもを集めて説明して徹底させよう。
塩が安くなりやっと、塩水選別が出来る。魚も安くなって弥次郎、いや珠ちゃんに感謝だ。弥次郎の奴は気が利かないからな。
「それと、以前から頼まれていました磁石が見つかりました。ただ・・・値が・・・」
「・・・(ゴクリ)幾らだ?」
「磁石が30両に付き500文です。磁石は時々、鉄鉱石に混ざって採れるそうで通常、鉄と一緒に溶かしてしまうらしいですな」
30両と言うと大体、1kg程度だな。500文って米が5俵だぞ。しかも、鉄の様に製鉄もしていない見た目ただの石ころだ。
「因みに鉄は幾らだ?鉄鉱石ではなく鉄にしたものだ」
「30両で300文です」
「分かった。磁石は貰い受ける。銭は竹次郎から受け取ってくれ。その前に鍛冶の関次郎と大工の佐吉の所へ寄って、今後我が郷で使う必要な材料を聞いてくれ。俺から必要な道具や材料を買って良いと許しが出ていると話せば、十兵衛に必要なものを頼むだろう。宜しく頼んだぞ」
「ははっ」
十兵衛は、思い悩んでいた事が晴れたのか、俺に向ける背中が明るかった。
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季節は春。最近の俺は俺は珠ちゃんとの新生活に向けて離れの大きさや場所に関して図面を描いている。
「フフフフッ。大きさは六畳が二間に8畳が一間で良いか。6畳は俺と珠ちゃんのそれぞれの居室だ。8畳は寝る所だな。窓は南向きと、縁台と庭はどうしようか?洋風に芝を植えて桜の木も植えて?あれ??芝とかあったっけ???更に染井吉野は江戸時代に品種改良されたんだよな。う――――ん」
「兄上、失礼します」
「おお、竹次郎か、どうした?」
「兄上、顔がにやけていて気持ちが悪いです」
「えっ!?・・・ごほん。どうも痰が絡んだようだ。すまぬな」
「いえ。そんな事より兄上の嫁取りで準備を進めているのですが、費用がどうにも足りません」
「銭か。出来るだけ質素にして、足りぬ分は十兵衛に借りるしかあるまい」
「十兵衛から銭を借りるのですか?・・・仕方がありません。十兵衛には酒や膳に使う小物など多数あります。承知するでしょうか?」
「十兵衛には俺から話す。それとな。これは、俺と珠子が住む離れの図面だ」
「分かりました・・・これが離れですか?木材はどうにかなりますが、普請するとなると佐吉達で大丈夫でしょうか??」
「その為に昨年は親方指導の元、色々な普請をやらせたんだ。大丈夫だろう?」
「・・・分かりません。取り敢えず佐吉に聞いてみます」
「頼んだぞ。婚礼に必要な物は彦左衛門殿と相談して進めていると思うが、これから戦になれば恩賞として銭が必要になる。その銭についても十兵衛に相談しなければならんな」
これから嫁取りを行うというのに戦とかどういう事だ。腹が立つ。何もかも足利氏が悪い。そうは言っても先立つものが必要だ。
そうだ。籠城戦になったら、首なんか要らない。銭蔵に突撃し、銭を奪えば良い。
そうだよ。ある所から貰えば良いじゃないか。




