第26話 風雲急を告げる
明日の投稿で地侍編の前編が終わりになります。
上川耳村へと帰る途中、彦左衛門殿が何度か言い淀んでいた。その度に俺をチラチラ見るので、流石に気に成った。
「なあ、彦左衛門殿。何か俺に言う事があるのか?」
「・・・竹太郎様にはご苦労をお掛けして家臣として、申し訳なく。竹太郎様に掛ける言葉もございません」
「すまんが、何が言いたいのか良く分からない。何が言いたいんだ?」
「・・・それはこの度の嫁取りの話です。我々家臣の力不足の為、あのような醜女を竹太郎様に娶らせる事になってしまいました。確かに、正木と誼を通じるのは大事にございます。しかし、余りにも竹太郎様が不憫でございます」
醜女?珠ちゃんが??いやいや、美人だよ。彦左衛門殿の美的感覚が可笑しい。着物の上からも胸が大きいのが分かる。全体としてダイナマイトボディだろう。古いけど。
「そうか?俺には理想的な女子に見える。背はもう少しあった方が良かったが、仕方が無い」
「(痘痕も靨、とはよく言ったものだ)」
そう言えば、家臣どもも珠ちゃんを見たら、微妙な顔をしていたよな。正木の奴らも鬼姫とか言いやがって、今後、珠ちゃんの事を悪く言う奴は首を刎ねようか。
いかん。また、物騒な考えになっている。
そりゃあさあ、大人の男の身長がどいつもこいつも、155cm位だから165cmの珠ちゃんは大きいよ。また、俺より2歳上だから20歳だ。20歳で行き遅れとか可笑しいだろう?確かに俺の母上は16や17歳で俺を生んでいるけど。
器量が悪くて貰い手がいなかったと言うのは、俺には理解出来ない。
いずれ、俺の家臣どもの美的感覚を矯正しなければならない。
おおっ!上川耳村が見えて来た。やっぱり、俺の生まれ故郷なんだな。ほっとする。あれ?カンカンカンと鐘が鳴っている。おいおい、俺は夜盗じゃないぞ。どうなっている?
あれは・・・竹次郎だな?俺が留守の間に何かあったか??
「兄上―――大変です・・・八郎五郎様・・・はあ、はあ」
「竹次郎よ。落ち着け。ゆっくり、呼吸をして落ち着いてから話せ」
「・・・もう大丈夫です。昨日ですが、小田喜城から使者が来て、御父上の三河守様が亡くなったとの知らせが入った。どうする?兄上??」
「・・・まずいな。八郎五郎様は俺より年上とは言えまだ若い。八郎五郎様に兄弟がいるのか、お父上の兄弟関係も分からぬ。家督をそのまま継げれば良いが、あの若さでは難しいかも知れぬ。急ぎ、小田喜城に参るぞ!」
「お待ち下れ!そのままの姿でいかれるつもりか?急ぎ参るにしても礼を逸しては八郎五郎様のご不快を賜る事になるでしょう」
「そうか。喪に服す服装が必要だな。と言っても直ぐには用意出来ぬから、この小袖に黒い肩衣で良いだろう」
「黒?・・・喪に服すのでしたら白。誰か白の肩衣を2枚、直ぐに作るよう伝えてこい。竹太郎様と儂の分だ」
あれ?喪服と言えば黒だ。この辺の喪服の色は白なのか??彦左衛門殿に任せておけば良いか。
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結局、上川耳村を発したのは次の日になった。供は吉三と竹次郎だ。こいつら二人は鎧で武装させている。こういう不安定な時期は物騒だ。間に合うかどうかは知らないが、葬儀に出るのは俺だけだから問題は無いだろう。それに、多くの兵を連れて行けば、変に勘繰る奴もいると困る。
一週間分の兵糧を持参したが、多分足りるだろう。足りなければ街で騙されないように買えばよい。
何事も無く夕方、小田喜城に着き、葬儀に付いて問い合わせをすると、以前、会った爺が門から出て来た。
「ほう?確か小山田を名乗った者だったな。一体、何用だ」
「某は小山田竹太郎と申します。八郎五郎様の御父上、三河守様が逝去されたとお聞きしました。葬儀の末席でも構いません。最後の別れを賜りたい。お願い申し上げる」
「無礼者!貴様、何様だと思っておる?百姓上がりの地侍の分際で、つけ上がるのもいいかがにせよ!!やはり、あの時、この酒井小次郎の手により成敗しておけば良かったものを・・・八郎五郎様の特別な計らいでその首がつながっているが、それも今日で終わりにしてやろう。下郎、そこに直れ!!!」
この爺、本気だ!しかし、武士の中でも更に身分があり、ここまで厳しいとは。この爺は俺が手柄を立てた時から殺そうとしていたよな。
この爺からすると、当たり前の事なんだろう。その辺の雑草を引き抜く様に俺を殺そうとしている。
やばいな。門からぞろぞろ兵が出て来やがった。こちらは武装しているのが二人いる。爺を殺すのは簡単だが、殺した後が問題だ。こちらも被害を受けるだろう。何れにしろ、こいつは重臣だろうから、俺の一族も根切にされる。だが、ここで爺に殺されるのは御免だ。殺るか?
「どうした?何を騒いでおる??」
「これは、八郎五郎様!今、この無礼者を叩き切る所です。御目が汚れますゆえ、城の中へ」
「うん?!・・・おおっ!竹太郎ではないか?爺、竹太郎が何をした??」
「はっ!この下郎が忌々しくも若の御父上の葬儀に出ると申します。このような卑しき者に葬儀を汚されては末代の恥!!今すぐ、成敗する所でございます」
「まあ、待て。竹太郎は逝去された父上が武士に取り立てた者。爺は父上のご遺志を軽んじるのか?それが本当だとしたら、俺は悲しいぞ」
「はっ?!・・・若・・・この小次郎。若の気持ちも分からぬ阿呆でございます。御免!若、爺は御父上の元に参ります!!」
おいおい、また、皆で爺を止めてるよ。どうなってるんだ?武士って、命軽すぎだろう。
「爺・・・父上が逝去され、お前までいなくなったら、誰が俺を支えてくれる?それでなくとも叔父上が・・・今、そんな話をしている場合では無いな。これから、真里谷城に行く、爺、直ぐに発つぞ!竹太郎!!恩を忘れぬその方の気持ち、この八郎五郎、忘れぬぞ。俺に付いて来るが良い」
危なかった。確かにポッと出の百姓が三河守様に認められて、八郎五郎様配下の地侍になるなど、普通に考えると嫉妬の対象だ。俺は、調子に乗って自分が百姓上がりの身分だという事を忘れていた。
今回、大勢の武士の前で、逝去された三河守様と八郎五郎様が俺を武士にしたと言う事で、少なくとも改めて下級武士と認められた。
俺が思っていたより身分制度が厳しい。そう考えると、この社会で生まれて成人になった人間が下克上を行うのは、凄い事だと思う。
この分だと、明日の朝に出立だ。俺達は以前の広場に連れていかれた。この場所が何だか懐かしい。夕と朝の炊事し、早朝に小田喜城を出立した。
「兄上!鎧・・・はあはあ・・・鎧を脱いで宜しいか?」
「うん?!確かに、鎧を着ているのはお前と吉三だけだな。・・・うーん、でもな皆、お前らの姿とその腰の旗印を見て、褒めていたぞ。いつどこでも戦う事を忘れないとは流石だ、とな」
「小次郎様は、ふん!無粋な奴らだ。葬儀を何と心得る、と申されました」
「(あの爺。昨日、腹掻っ捌いて死ねばいいのに)お言葉を頂いたのだ。有難く思え」
うっ?!鋭い視線を感じる。視線を感じる方を見ると、爺がこちらを睨んでいた。爺の癖に耳は良いらしい。
今俺達は、八郎五郎様以下数人が馬に乗り、俺達その他大勢は徒だ。道が良くないので馬に乗っていても歩く速度と変わらない。
八郎五郎様達を見ていると、馬に乗ってはいるが道も悪く、馬に合わせて上下に動くので結構疲れそうだ。俺も時々馬が馬糞をポトポトと落とすのでそれを踏まないように歩くから気が抜けなかった。
これって余り馬に乗る意味が無いと思う。貴人や上級武士は馬に乗るのは当たり前か。いつか、爺の目の前で馬に乗ってやろう。
あっ!?そうか馬に乗れば少なくとも馬の馬糞を踏む事も無いから馬に乗る意味があるな。
昼も食べないで、と言うか元々、俺達以外は昼は食べない。途中、馬の為の少しの休憩を挟み進む。関所を越えて暫く行くと、夕暮れに真里谷城が見えて来た。
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真里谷城は小高い丘にある城で、城下町が発達していた庁南城とは比べると、寂しい限りだ。薄暗い中、ここから木更津が見えるかどうかは分からなかった。でも、真里谷一族からすると、木更津の街は一番発達していて金箱のはずだ。
真里谷城の門の前には篝火が焚かれて門は開かれていた。先触れが出ていたせいか、そのまま城まで直行だ。
この時代の城は石垣が無いのか、俺の見た城だけ石垣が無いのか知らないが、ここも土と板で出来た城だ。どんどん進むと流石に一部は漆喰が塗られていて、何と無く城っぽい。
でも、俺の知っている城では無いんだ。
竹次郎と吉三は、兵士の溜まり場の様な所に待機だ。八郎五郎様達とは途中で別れて、俺と彦左衛門殿は庭に案内された。既に庭も人で一杯で大きな座敷は見えるように障子が取り外されていて、奥に棺が見える。
あれ?既に納棺されているよ。八郎五郎様は三河守様の長子だから、普通は一番初めに駆けつけて臨終を看取るのが普通だろう?
爺が何か偉い人に文句を言っている。
「太郎様!何故に?八郎五郎様が御父上の臨終に間に合わなんだのですか??しかも既に納棺されているではありませぬか、これでは余りにも八郎五郎様が不憫じゃあ!!」
「はて?儂は兄上の臨終に間に合うように使いを出したのじゃが、間に合わんとはすまぬことをした。八郎五郎よ、すまぬな」
「白々しい。某にはわざと使いを遅れて出したとか思えませぬぞ」
「なんと、申されるか!八郎五郎付けの宿老と言えど、無礼であろう!!」
「爺!・・・葬儀である。静かにせんか。これでは父上も安らかに眠れぬ。叔父上、爺の事は謝る。爺は昨夜から寝ておらん。妄言だ。許してくれ」
「・・・うむ。分かり申した」
おいおい、不穏な空気だ。しかし、あの爺。気が短いな。あれじゃあ、八郎五郎様が気の毒だ。
「(始まっちまった)」
「(お前はどちらに付く?)」
「(俺は太郎様だな。八郎五郎様は頼りない)」
ヒソヒソ話が始まった。ここは情報を仕入れないと不味いな。
「(あのちょっと宜しいでしょうか?)」
「(何だ?突然)」
「(いやいや、今の話もう少し詳しく聞かせて頂けませんか?俺は新参者で・・・これは、ごあいさつ代わりです。酒でも飲んで下さい)」
「(おっ?!・・・これは悪いな。知りたい事か、まあ、良いだろう。先程、話に上がった太郎様は逝去された三河守様の弟だ。逝去された三河守様も含めて一族の多くはこの地に根付き名を武田から真里谷に名を変えた。本家から枝分かれした支族として、武士なら普通だ。ここからが問題なんだが、太郎様はそれを由としなかった。そこで、武田本家から嫁を貰い武田を名乗ったんだ。太郎様は武田の名を尊び、名を捨てた兄の三河守様とぶつかる事が多かった。これは、重臣の方々の噂だが、太郎様が武田を名乗り庁南城の城主になるらしい。武田の名は大きいからな。お前もどちらに付くか決めておいた方が良いぞ)」
「(なるほど。どうもありがとうございました。お陰で助かりました)」
武士の世界は、良く分からない。でも、名が大きいと言うのは理解出来る。本家が治める甲斐は狭いが金が採れる。甲斐源氏の直系とも言えるし、名族で嫁も公家から貰っていたりと、中央とのつながりも強い。
今まで出会った武士は権威に従うのが普通だから、太郎様に従う人間が多いだろう。
庁南城はこの真里谷城と比較すると、城下町も発達している。真里谷で銭が集まるのは木更津だが、木更津は正木の一族である内房正木が押さえていて、立場的には家臣ではなく協力者だろう。となると、今回の件で多くの銭も期待出来ない。
小田喜城なんかは、城下町としては未発達だし、山城や砦では銭は期待出来ない。このままでは、八郎五郎様は危ういな。
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葬儀も滞りなく終わったが、未だに真里谷城にいた。その間に話が色々な所から流れてくるが、結局、庁南城は武田太郎改め、武田庁南次郎様が庁南城と湿津城以下を治める事になった。湿津と言うのは多分、前世の市原市の湿津だろう。あの辺は、平地や水が豊富で稲作に適し、巨大な米生産地だと思う。
それと、安房国の安西氏が勢力を広げていたのだが、その主力だった里見に下克上されて里見が安房をほぼ手中にしたらしい。
八郎五郎様は里見の抑えとして、真里谷城と小田喜城以下を任さられる事になった。
安房国はまだ安定していないので里見が進出して来るのには、まだ時間があると思うが、油断は出来ない。
しかし、少し大きな勢力になると、家を割り没落していくのは良くある話だが、目の前でその現実を見ると哀れだ。
伊勢改め北条と比較しても何と小さい事か?
「殿がお呼びでございます」
俺を含めて下級武士は真里谷城の広場で炊事したり、寝泊まりしていた。そこにお呼びの声が掛かった。いいのかよ?俺は下級武士だぞ。小物か小姓に案内されて、座敷に通された。おおっ!末席と言え庭じゃないぜ。感動してる場合じゃないな。座るか、板間だけどな。
見渡すと、葬儀の時の人数の半分もいない。
「皆の者。揃ったか?この度、叔父上が武田庁南次郎を名乗る事になった。それに伴い庁南城と湿津城を含む上総国下側は武田庁南次郎殿が治める事になった。俺は父上の三河守を継ぎ真里谷城と小田喜城を含む上総国上側を治める事になった。と言ってもだ。元は同じ武田だ。今後はお互いに合力し助け合う間柄だ。心配している者も居ると思うが安心しろ」
「やっぱり・・・」
「本当に大丈夫なのか?」
「武田の名・・・」
「ええい!静まれ!!今、若・・・殿の仰せの通り心配はない。それと、そちたちはこのままここで暫く待機だ。一人ずつ名を呼ぶので別室に来るように。小姓にそちたちを呼に行かせる」
八郎五郎様と爺が退出した。それと同時にざわめきが大きくなっていく。何れも不安そうだ。確かに武田の名前は偉大だ。実際、ここにいる武士の人数は葬儀の時の半分もいない。なぜなら、俺が座敷にいるくらいだ。
八郎五郎様には、真里谷城と小田喜城を主に安房国の里見の抑えに幾つかの城が有るらしいが、どこもかしこもいつ戦場になるか分からない不安定な状態で、安定した米の供給は難しい。せめて、木更津を真里谷が占有出来れば銭が入って有利になるのだが、港を実質支配している内房の正木がいるからな。
一方、庁南城と湿津城を含む下半分を手にした庁南次郎だが、敵対勢力の原や千葉がいる。ここまで領地を広げられたのは真里谷が一枚岩だったからだ。そこを分けるとは、原や千葉に対して策があるのか?
ひそひそ話が聞こえて来るが、どいつもこいつも自領が安堵されるかどうかが一番の関心事だ。俺もそうだな。此処まで来たんだ。今更、召し上げられても困る。
座敷にいた連中は、出て行った限り戻って来た奴はいない。朝から始まり、もう直ぐ暗くなる。もう座敷には俺一人だけだ。腹が減ったな。八郎五郎様は飯でも食べているのか?俺の順番を忘れているのか?足が痛くて限界だ。胡坐をかいていても痛いものは痛い。
面倒だ。足を延ばし、そのまま仰向けゴロリと転がった。
「・・・あの・・・もし・・・もし、起きてくだされ!」
「うん?!・・・あれ?いつの間にか寝てしまったか。すまぬな。俺の番か」
辺りは真っ暗だ。小姓が持っている明かりだけが頼りだ。ぼーと、映し出される小姓の顔が少し不気味だな。小姓に続き廊下を歩くと、月明かりに庭が見えて来るが本当に不気味だ。
少し歩くと、ぼーと明るい障子が浮かび上がる部屋が見えて来た。
「こちらでございます」
「うむ」
小姓が障子を開けて何か言うと、八郎五郎様の入れと言う声が聞こえた。
「呼ばれて参りました」
「うん。態々ここに呼びだしたのは、竹太郎の所領の安堵とこの起請文に血判を押して貰いたいからだ」
「はっ!所領を安堵して頂き有難き幸せ。起請文に血判を押す前に八郎五郎様にご報告があります。宜しいでしょうか?」
「つまらぬことでは、無かろうな?お前の様な者が所領安堵されるなど普通ではあり得ぬ事と分かっていて、報告致すのであろうな??下らぬ事を言えば刀の錆にしてくれるわ」
「爺・・・そんなに脅すな。竹太郎には今後、里見の抑えでも活躍して貰うつもりだ。今は少しでも味方が欲しい。ところで何だ、竹太郎?」
「実は、先にご報告致していた正木弥次郎殿の件でございます」
「ああ、正木か・・・困った奴らだ」
「その正木弥次郎殿の姉上をこの度、嫁取りした事をご報告致します」
「はあ?・・・」
「惚けた事を申すでない!お前の様な何処の者とも分からぬ怪しげな者を正木が外戚にするはずがない!!ふざけた事を申しおって、そこに直れ、叩き切ってくれるわ!!!」
「待て、爺!なるほど・・・勝浦の正木と。これは良い。良くやった!竹太郎、褒めて遣わすぞ!!」
「殿、何故でございましょう?」
「我ら真里谷は、武田と真里谷に分かれてしまった。そして、木更津は名目上真里谷の領地だが、実際は違う。正木一族が各港を占拠して自由にしている。今回、安房国で事変があり、正木に対抗していた東郷や安西は里見に下った。つまり、内房の多くの海は内房正木氏の支配下だ。今回、竹太郎が誼を通じたのは聞く所によると三浦一族の遺児、つまり弥次郎殿だ。その姉を竹太郎が嫁取りするとは、この真里谷と外房正木が誼を通じるという事。これがどういう事になるか、爺、理解出来るだろう?」
「・・・なるほど。外房から里見を牽制する事が出来て、旨く行けば内房正木にも誼を通じる事が出来ると・・・ごほん。竹太郎!そちはこの小次郎が見込んだ男。これからも八郎五郎様のご恩を忘れぬように。励めよ!!」
おい!爺。お前、さっきまで俺を切ろうとしていたよな。武士は利益が全てか。利益が無ければ殺せば良い。怖い世界だな。
「・・・それとお願いがございます」
「うん。申して見よ」
「勝浦に城を普請する事をお許し願いたい」
「何と!城だと!!お前、城と言うのは(爺!・・・良いだろう。許す)は?!」
「祝着至極でございます。これで里見を蹴散らす拠点が出来まする」
爺は不満たらたらだった。八郎五郎様が城を普請するのは良いが、銭が無いから出せないと言うと、急に機嫌が直った。爺は本当に利益に素直だ。
八郎五郎様が銭が無いと言ったのは本当の事だろう。でも、銭が無いというのは領主としては失格だ。
座敷で他の地侍の話を聞いて驚いたのだが、内房の一つの村の人口は小さい村で300人、大きい村だと500人位だった。
つまり、俺の所領としている一つの村の人口は大体150人程度だから、四つの村合わせてやっと大きい村程度だ。
真里谷の中ではど辺境。小多喜城は辺境を開発する為の城で八郎五郎様を教育する場でもあったのだろうか。今となっては分からないが、今回の一連の騒動は八郎五郎様の叔父の庁南次郎にやられた感じだな。
金箱が無ければ、この戦国はやっていけない。
起請文には血判を押した。指を切るのに小刀が無かったから自分の打刀を抜こうとしたら、爺が何を勘違いしたか無礼者として刀を抜いたが、俺が小刀が無いからこれでと言うと、早く言え!とか顔を真っ赤にしていた。
指を落とさないようにびくびくしていると、爺が何をやっておると言うと、すぱっと爺の刀で俺の指先を切りやがった。
凄い!薄皮一枚、切れている。どうにか血判を押し、忠誠を誓うとお役御免だ。腹が減った。今日は広場で飯を食べて寝て、明日、上川耳村へ出発だ。
勝浦に城が出来れば、俺も城を持つ国人だ。




