第20話 戦う為には
年が明けて俺は18歳、竹次郎は11歳、竹三は9歳、吉三は12歳になった。年末にちゃんこ鍋の様なものを食べたのだが、好評で正月早々、家臣どもが集まって来て、飯とちゃんこ鍋を食べている。こいつら遠慮が無いからな。勿論、彦左衛門殿もただと名の付くものには大歓迎だ。
俺は、鶏の数が心配で食が余り進まなかった。鯛の尾頭付きじゃないけど、母上が鯵まで焼いて振舞っていた。最近は銭の事で頭が一杯で気が変になりそうだ。
小川の向こう側の荒地に家臣の長屋を建てるので、近くに訓練所も作らせよう。追加で、小さくとも良いから木工部屋と鍛冶部屋が必要だ。鍛冶部屋は今回は何の変哲もないものだ。製鉄や本格的な鍛冶は本拠地が決まってからで良い。
そろそろ頃合いか、あいつらには今後の目標を話し、活躍して貰わねばな。
「皆の者!腹はふくれたか?去年は戦から無事に帰る事が出来て、お前らは俺の家臣となりこの村の田畑を広げ、そこで取れる米などをお前らに食わした。でもな。それでは足りぬ。お前らが今食べている鶏や魚をもっとたらふく食べたいであろう??そこでお前らに相談がある」
「俺達に相談ってなんだ?」
「俺はもっと鶏が食いてえ」
「もっと旨いものがあるのか?」
「色々なものを腹一杯食べるのには銭が必要だ。銭を稼ぐにはどうすれば良いと思う?」
「もっと田畑を作り、米を売るんだろう」
「いや、鶏を増やしているから鶏を売るんじゃないか」
「他の奴から奪うのか?それじゃあ、賊と変わらんぞ」
「そうだな。そういう事も必要だ。でも、一番必要なのは海だ。海があれば港を開き、他の遠方の領地や商人と商いが出来る。塩だって作れるぞ」
「・・・海でございますか?さすればこの辺からですと勝浦でしょうか?ただ、勝浦辺りは上総国とは言え八郎五郎様のご意向も届かぬ所もあると存じます」
確か、勝浦辺りだと三浦氏の支族が土着した正木がいたな。あいつらは、海賊衆で内房や外房など支族に分かれて好き勝手にやってるはずだ。本拠地は何処だったかな?里見に手痛い仕打ちを受けてからは同心して家臣と言うか仲間になるはず。
海賊という言葉を聞くと賊と考えるが、海辺を寄合としている武士の事だ。
海上貿易の中心は内房だ。安房国の国主と言っても館山を拠点にしている訳では無い。外房は大した敵もいないはずだ。
「彦左衛門殿。安房国はどうなっている?」
「さあ、余り詳しい話は聞きませんが、安西様が勢力を伸ばしているようですな」
「里見ではないのか?」
「里見?聞いた事がありませんな」
「そうか。まあ良い。皆、よく聞いてくれ!今後、目指すのは勝浦だ。勝浦に八郎五郎様のご威光を示すぞ!!」
「「「「おう!」」」」
目標はあった方が良い。モチベーションが上がるからな。但し、今年一年間は勝浦方面を目指すが、様子見だ。武具も集まらんし、訓練を見ているとまだまだ習熟が足りない。また、戦える人数も少ないし、敵となる奴らの情報も少ない。
明日から、また訓練宜しくと言いたいところだが、彦左衛門殿に言われて最近は一緒に訓練しているんだ。やっぱり、人を殺す事を幼い頃から学んで鍛えた彦左衛門殿の家人から学ぶ事は多い。
槍で狙う所は、首、顔、脇の下、太ももなど大動脈ある急所を的確に刺すコツや、刀は刃筋を切るものに対して立てないと切れなかったり、刀が曲がる原因になるなど、扱いを実践的に教えてくれる。
人間が血袋だと言っていたのは確かにそうだ。去年の戦場は所々に血だまりが出来ていた。
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まだまだ寒いが、家臣は田畑や開墾に忙しい。どんどん建築用資材がと言うか、乾燥させた丸太が上谷村から川を使い運ばれて来ている。まだ、大工衆が来ていないが、来れば直ぐに利用可能だ。
「竹太郎様!竹太郎様はおりますか?」
なんだ?彦左衛門殿にしては慌てているな??
「彦左衛門殿、どうした?何か問題でも起きたか??」
「いやはや、隣村と言うか下川耳村の村長が当家に来ております」
「隣村?隣村と言われてもな。海の方か小田喜城の方か??」
「そうですな。そういう事では海の方かと」
「なるほど。それで一体、何用だ?」
「それが、村境にある木を切っていいかどうかの相談です」
木か。この時代からすると貴重な資源だな。木は銭にもなるし、暖房などの燃料にも使える。家や城を建てるのにも必要だ。苗木から木材として使用できるまでに四十年程度かかる。平均的な百姓の寿命より長い時間必要だ。
前世では銭は命の次に大事なもの、との言葉があったが、今世では命の価値が低すぎて比較の対象にもならない。村では勝手な伐採は禁じられていたし、上谷村の木材は重要な戦略物資だ。今は俺が管理しているけど。
「分かった。話は聞こう。俺の部屋に連れて来てくれ」
「お待ちくだされ。これは良い機会ですぞ」
彦左衛門殿の目がきらりと光った気がした。彦左衛門殿は人の機微に敏感で相手の優劣を掴む事が非常に長けている。
彦左衛門殿から話を聞き、流石は彦左衛門殿とフフフフッと笑ってしまった。
暫くすると、彦左衛門殿と下川耳村の村長の五平が現れた。見た感じは上谷村の村長と同じように百姓の様だ。襖を開けて二十畳の部屋にポツンと座布団の上に座る俺に見て驚いたようだ。
「(きょろきょろ)」
「五平殿。先ほど話した。こちらが竹太郎様だ。挨拶をしなされ」
「うっ?!・・・これは申し訳ありませぬ。彦左衛門殿より竹太郎様がお武家様とはお聞きしていましたが、この様な立派なお屋敷に住んでおられるとは驚いている次第です。私は下川耳村で村長をしている。五平と申します」
「五平であるか。して、五平はそこにおる彦左衛門殿によれば木が欲しいと聞いたが間違いがないか?」
「ははっ!間違いございません」
「この痴れ者が!そこに直れ!!八郎五郎様に代わり切って捨ててくれるわ!!!」
「これは、竹太郎様!お待ちくだされ!!ここにおる五平の話も何卒、お聞きくだされ。お願い致しまする」
「うむ。彦左衛門殿がそこまで庇うには何某の事情があるのだろう。直答を許す!」
「・・・あっありがとうございます・・・。実は我が村周辺の木は正木様が船に使うとかで切って持って行かれまして、まだまだ、寒く凍死するものも出る始末。このままでは暮らしていけません。どうにか竹太郎様のお慈悲をお願いしたく、こうして参りました。私なんかの首で良ければどうぞ。その代わり、薪を・・・村に頂くようお願いします」
「何だと?!何と言う狼藉だ。上総国は真里谷三河守様の治めるものぞ。何の断りもなく勝手に村の木を切る事を命じ己の私腹を肥やすとは、許せん!・・・事情も知らず罪もない民を恣意にて刃を向けようとは八郎五郎様に申し訳が立たん。この通りだ五平、許せ」
「とんでもない事です。私の方こそ思慮が足りませんでした。この上総国が真里谷三河守様が治められているとは知らず年貢も正木様に納めていました」
「何と!年貢もか!!正木とは賊、いや朝敵ぞ。この事は八郎五郎様に報告せねば。それとは別に五平よ、薪の件だったな」
ごめんな、五平。初めっから切るつもりは無かったんだよ。彦左衛門殿は悪だくみに優れているんだ。大した苦労無しに年明け早々、村が一つ手に入った。しかし、正木か中々手強いな。でもあいつら海賊だから海で戦わない限り有利か。あいつらの兵力を十兵衛を使って調べて貰おう。十兵衛は海産物の仕入れと煮干しの件であの辺には良く行くからな。
八郎五郎様へ書簡を出すか。初めてのお手紙だな。あっ!俺は楷書しか字が書けない。その所為で俺の家臣や弟達もそうなんだ。取り敢えず、楷書で書いて彦左衛門殿に見て貰えば良いか。手紙には下川耳村が俺の領地になった事。正木と言う土豪が上総国の勝浦周辺を支配下に治めている事。そして、上総国を治める三河守様に従わず年貢を横領している事。これから、俺が勝浦を支配下に治める事だ。
忘れてはならないのは、この俺、小山田が正木と戦になるかも知れないので、その準備で暫く合力出来ない事を忘れずに文に書く事だ。更に、八郎五郎様には小田喜城周辺を安寧して頂き、こちらは任せて欲しい旨で良いだろう。
元々、上総国は親王任国で天皇の子供が親王になり、その生活をする為の領地だったはず。織田三郎が上総介を名乗ったのはこの為だ。上総守は京にいる親王だから介が領地に於ける最上位だ。
小競り合いや戦が早春や晩秋にあるような状況だから、当然、三河守様も誰かの所為にして朝廷には税は納めていないと思う。
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「ふむふむ。内容は分かりましたが、字が行書ですかな?確かに読みやすい。でも、これでは子供の習い事の範囲。恥ずかしくて文として出せませぬ」
でもさあ。何というの草書?崩し過ぎて何が書いてあるのか半分も分からない。あんなので良く意思が伝わると思う。確か右筆とか言う職業も合ったと思う。花押はこの前、考えてある。どうにかなるだろう。
「俺はそれしか書けない。誰か代わりに右筆をして貰えば良いのではないか?」
「ほう。字がきちんと書けない割には難しい言葉は知っているのですね。フフフフッ。この彦左衛門がこれから毎日、きちんとした字を読み書きするまでお教え致しましょう。今回は私が代わりに清書を致しますので花押の方はお願いします」
がーん、彦左衛門殿は本当に変わらない。助かるんだけど、何か納得出来ない。そうだ、文字の練習が終わった家臣から彦左衛門殿に草書の指導をして貰おう。苦しみは分かち合うんだ。
弓を作る為に佐吉を呼んだ。大工衆がもう少し経ったら来ると思うが、空いた時間を見つけて弓の制作をさせる為だ。
「竹太郎様。お呼びでございますか?」
「おお、佐吉来たか。そして、お前の後ろの者は?」
「お・・・私は四助と言います」
「であるか。それでは佐吉と四助に作って貰いたいものが合ってな。ついて来い」
俺は今まで色々なものを開発していた崖下の洞窟近くの小屋にやって来た。
「ここは俺が色々なものを製作していた場所だ。ここで見たものは他言するな。他言すればお前らを殺さねばならない。良いな?」
「(ゴクリ)・・・他言致しません」
「よし!それで頼みと言うのは、この弓だ。図面はここにある。この弓を見本に優れたものを作って貰いたい。目標は武士が使う大弓より小さく同じ威力があるものだ」
佐吉が俺の手から試作した弓を手に取り、四助と何やら相談している。弦を張っていない弓と比較した後、弓を引いて驚いているようだ。どうだ?凄いだろう。フフフフッ、褒めるが良い。
「父ちゃんが時々弓の修理もしていたので弓の構造は大体知っているのですが、この弓は変わっていますね。弓全体が反対側に曲げられているのは弦を張る力が強くなり、弓自体の長さが短くとも矢が遠く飛びます。でも、それだけでは力が強いものしか弦を引くことが出来ない。そこで、弓の両側を弦側に曲げる事で弦を楽に弾けるという事ですか?」
「フフフフッ。気が付いたか?凄いだろう??」
全然、凄くないんだよなあ。俺が考えた構造じゃないし。なんちゃってアーチェリーだ。
「それに弓の中心部に穴があるので、弓の経験が浅いものでも少し訓練すれば的に当てる事が出来ます。ただ気になるのは、ここの曲げた部分ですが火で焙りましたね。これでは数回引くと、この部分から折れると思います」
「竹を曲げるには焙るしかないだろう?」
「籠など作る時にはそれでも良いのですが、焙ると曲げやすくなりますが折れやすい。当て木をして少しずつ曲げて行けば簡単には折れません。それと、この部分だけ後付けですから構造的に弱いです。作るのなら同じ竹でつなぎが無い様にすれば、折れる問題もかなり減ります」
なるほどな。佐吉達には大工仕事をして空いている時間に試作品を作って貰う事にした。弓の長さや弦も俺が適当に決めたものなので、原理が利用できれば後は任せるとした。
危険が無い様な構造にする事と、指や手を養生するものも考えさせる。矢を連続で放つと、発射する時に矢と指の摩擦で指の皮がむけてしまうんだ。
大工衆が来たら親方の元、二人とも働いて貰う予定だと話したら、目を輝かせていた。大きな組の親方の下で働けるというのは職人冥利に尽きるらしい。
取り敢えず、この二人に試行錯誤して貰おう。俺が独りで作るものより良いものが出来るだろう。
家に帰ってくると、彦左衛門殿が来ているらしい。
「彦左衛門殿、待ったか?」
「いえいえ、大して待ってはおりません。それより、書簡が出来ましたのでお持ちしました」
渡された書簡を見ると、殆ど分からなかった。
「悪いが一度読んでくれ」
うん。読んで貰っても『そうろう』とか『これなり』、『まさき』程度しか分からなかった。恐ろしい。同じ日本語なのに文書にすると書体と言い、漢文だろうか。因みに俺は前世では古典の成績が最悪だった。
「所で最後の方のきょうこうきんげん?って何だ??」
「恐惶謹言でございますか?恐惶謹言と言うのは書簡として報告する場合、自分より目上の方に出す場合の決まりでございます。恐れかしこまり謹んで申し上げますという事ですな」
「なるほどな。こう言う書簡一つでも書式が有って、それを間違えると俺の首が飛んだりする訳だ」
「竹太郎様が始めに書いた文ですと、そうなりますな」
怖いよ。書簡一つであいつの心に謀反の心ありとか言われても困るし、礼も知らぬのかと責めてこられても死ぬ運命しかない。
武士の戦の原因は領土欲にあるが、名目上の理由として、俺から見れば取るに足らない理由が多い。
それが武士か。
幼い頃から草書で文字を習い。書簡の書き方も教えて貰える武士は、やはり凄い。人の殺し方だけでなく、礼儀や作法などの武家社会で生きる為の術を知識として持っているんだから。
でも、それは固有の思想や考え方に固まり、新しい物時には馴染めない固着した人間を生み出してしまうのだろう。
何となく織田三郎さんの考え方が分かるような気がする。俺は武士の真似事をするが、武士ではない。でも、武士に対しては武士として振舞おう。
書簡は彦左衛門殿の家人が届けてくれるらしい。俺が直接届けようと言ったら、重要な書簡以外は家臣が届けるのが普通らしい。
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水が少しぬかるんで来た頃、新しい田畑の進行具合を見ていたら十兵衛が大工衆と一緒に現れた。これで、普請が進むと思っていたら、十兵衛が申し訳なさそうにこちらに来る。
「今宜しいですか?」
「うむ、十兵衛がそういう時はあまり良い話では無いな」
「そうなんです。去年の年末の地震で小田喜城の一部が崩れたり、追加の普請がありまして大工衆の数が減ってしまったんですよ。どうにか三組手配出来ましたが、銭が・・・」
はあ?!ここは千葉だから地震はしょうがないよ。小田喜城の為にこちらの普請が遅くなり、大工衆を雇う銭も上がるってどうなっているんだ。全く、しょうがない。ここはきちんと言おう。
「なるほどな。それは八郎五郎様もお困りであろう。こちらから銭や人を出したいが、ここにはそんな余裕も無い。無念だ。・・・銭の件は仕方が無いよな(チラッ)」
流石は俺だ。長いものには巻かれる。十兵衛の話からすると木材の需要が高くなるという事だ。上谷村にも木材の在庫はあるが、それでも有限だ。八郎五郎様は自分の領地から木材を取り寄せて使うはずだが、足りぬ時は声が掛かるだろう。その場合は召し上げになるのか、買って頂けるのかが分からないな。俺の戦力は殆ど無いから召し上げなんだろうな。
でも、それって主君としてどうなんだろうな。自分が与えたものの一部を取り上げるというのは許されるのだろうか?後で彦左衛門殿に相談しよう。
「(うっ!?)まあ、夏頃には残りの大工衆もこちらに伺えると思います。それと・・・竹太郎様は鍛冶をお探しでしたな?」
「確かに探してはいたが・・・そいつか?若いな」
「はい。名は関次郎と申しまして、今年15歳になりました。実は去年の冬に上谷村の入り口で親子共々行き倒れていた所を初右衛門殿の家人がたまたま見つけましてな。残念ながら父親の方は亡くなってしまいました。ここにおる関次郎は体が回復しましたので、こうして連れて来た次第です」
「なるほどな。お前がこの辺で野鍛冶をしていた息子か。父親は残念な事をしたな。関次郎だったか。お前は俺の家臣になる気はあるか?」
「・・・?!雇うのではなく家臣ですか?それが本当ならお願いします。何でもします」
「相分かった。それでは関次郎を家臣としよう。と言っても住む所と飯を食わせるだけだがな」
鍛冶が手に入ったがどの程度の能力があるのか分からんが、素人よりましだろう。目が不自由な父親が死んだか。働けなければご飯を食べたり、寝泊まりも出来ない。何処の村も病気の者も体の不自由な者もいない。
病気に成れば死ぬ。熱で頭が可笑しくなったり、体が不自由に生まれると『御山』に連れていかれる。
要は山に連れて行き、放置する。飢え死にするか、野生の生き物に食い殺されるか、凍死する。数日するとなにも無かったような日常だ。それが村で生きるという事だ。
俺は小さい頃から日常的に見て来た。死なんて、珍しい事でも悲しむ事でもない。そう思わないと生きて行けないんだ。




