「頬っぺたニュ~ンも禁止だ」
【聖王都シャイーンから北の洞窟・魔王軍仮拠点】
俺たちは洞窟に入るとリーザ王女を地面に下ろした。
王女はもはや逃げても無駄だと悟ったのか、おとなしくなってその場から動かなかった。
両手を重ねて胸の前で固く握り、自分で震えを抑えようとしているようにも見える。そんな彼女だが、誰よりも先に口を開いた。
「私をどうするつもりですか。殺すなら早く殺しなさい!」
どうやら自分は殺されると思っているらしい。まだまだ遊び盛りというお年頃なのに、潔い子だと思った。
「勘違いをするな。別にあなたを殺すつもりはない。お前たちも王女を丁重に扱うのだ」
俺が周りのみんなにそう言うと、王女は驚いた表情になった。
「私を殺さないのだとしたら、なんのためにさらったのですか?」
……ふむ。そこなんだよなぁ。これはただ単に勇者が強くなるための時間稼ぎであり、最終的に勇者が王女を救い出したら『英雄伝説』が生まれると思っている。けど王女から見れば、確かになぜ自分がさらわれたのか全く理解出来ない状況となるわけだ。
俺たち魔王軍が勇者を殺さないように手加減をしている事は絶対に秘密である。これがバレたらサーガどころか、勇者お笑い珍道中が生まれてしまうかもしれないからな。
「ふっ。王女はなぜ自分がさらわれたと思う?」
俺はあえてそう問いかける。少しでもヒントが欲しかったからだ。
はっきり言おう。俺たち魔族は頭が悪い。と言うよりも、人間のように学び舎に通って勉学に励むという習慣がない。
基本的には体を鍛えたり、魔法をコントロールできるように練習をしてレベルを上げる事に時間を使っているのだ。
そんな俺だからこそ、王女をさらった理由なんてものが簡単に思い浮かぶ訳もなく、こうして密かに王女の考えを参考にしようとしている。
……まぁ、こんな年派のいかない少女の考えを参考にしようというのも情けない話だが、この際使える者はなんでも使おう。そうでなければ俺たちは地獄行きになってしまうのだから。
「……私はてっきり、全人類の見せしめのために酷い殺され方をされるのだと思っていました。そうやって魔族に逆らう意欲を削ぐのが目的とばかり……」
怖っ! 何この子、そんな怖いこと思いつくの!? そんな事するわけないじゃん!
まぁ確かに、魔王デスライク様ならそういう手段を使っていたかもしれない。あの人は割とガチで人間を滅ぼそうとしていたからなぁ。
俺だって魔族の未来のため、人間と戦う事を決めたわけだが、正直、人間を殺す事に抵抗がないと言えば嘘になる。誰だって子供なんか殺したくはないはずだ……
「はっはっは。そんな事はしないさ。王女は魔族を少し誤解している。皆が残酷だとは思わないでほしい」
「……では、私はなんの目的でさらわれたのですか? はっきり言ってあなたたちは先ほどの戦いでも優勢だったではありませんか。私をさらってまで撤退する理由が全くわからないのですが……」
ほう。あの局面を見て魔王軍が優勢だと判断したのか。
俺たちの軍は皆、手加減をして互角の戦いをしているように見せていたつもりだ。それがこの娘の目には、このままでは王国軍は負けると映ったのだ。
やはり人間は子供でも頭がいい。俺たちが八百長を演じている事がバレないように気を付けねば。
「ふっ、それをわざわざ教える理由はないな。あなたはここでおとなしくしていればいい」
「……」
正直なんにも思いつかない。だからここはそう誤魔化しておく。
「お前たち、王女を牢に入れておけ。外に出すなよ」
俺はそれだけを伝えて立ち去ろうとした。だが――
「魔王様!」
いつも俺の近くで待機しているガーゴイルに呼び止められた。
「なんだ、何か文句でもあるのか?」
「いえ、ここには牢なんてありません。ただの洞窟ですし……」
「……へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「ぷっ!」
王女が吹きだした。見ると必死に笑いを堪えている。
うわっ、恥ず! なんかめっちゃ恥ずかしい! 王女に笑われたじゃん!
「し、知ってたぞ! これはその、そう! 牢を作って閉じ込めておけという意味で言ったのだ! ほら、右の部屋が丁度いい大きさだろ!? だからだし! すぐ作れるし! 問題ないし!」
「わ、わかりましたから落ち着いてください! すぐに作りますから!」
「ぷーーっ!!」
そんな俺たちのやり取りを見て、王女はさらに笑っていた。
お腹を抱えて必死に笑いを抑えようとしている。
「あ~! 人質のくせに魔王様を笑ったぞ~! 生意気な人間め、こうしてやる~!」
近くにいたゴブリンが王女の頬っぺたを引っ張った。
すると王女の頬っぺたはお餅のように伸びていく。
「ふえ~! 痛いれふ~……」
「こら、止めておけ。丁重に扱えと言っただろう。頬っぺたニュ~ンも禁止だ」
「はっ! 魔王様がそう言うのなら」
ゴブリンが手を離すと王女は頬っぺたをさすり始める。
王女はまだまだ子供だ。恐らくは箸が転がってもおかしい年ごろなのだろう。笑われたからといっていちいち腹を立ててもしょうがない。
「……時に王女よ。あなたはいくつなのだ?」
「え!? 今十二歳ですけど……」
ふむ。俺と十も歳が離れているのか。それなのにあの思慮深さ、やはりこれだけは警戒しておかねばな。
「俺は部屋に戻る。王女の見張りはお前らがてきとうに決めておけ」
「ははー!」
こうして俺は自分の部屋に戻り、今後の作戦を考えるのだった。




