「勇者よ、名を聞いておこうか」
女神が俺たち魔王軍の前に現れてから次の日の朝。
俺たちは聖王都シャイーンに向かって進軍を開始して、その巨大な城壁から少し離れた所で陣形を構えていた。
シャイーンで暮らす人々を守るため、その街をグルリと囲ってある巨大な城壁。その通行に使う巨門の前には王国兵士などの武装した人間たちがズラリと並んでいる。
つまり、俺たち魔王軍は王国軍と対峙して、今まさに戦争を始めようとしていた!
「ついにここまで来たけども、ギル殿はサーガについての作戦はあるのですか?」
俺の隣にいるガーゴイルがそう聞いてきた。
『英雄伝説』、俺たちはこの戦いで八百長を演じ、勇者にその名を歴史に刻んんでもらわなくてはならない。
「うむ。俺も正直どうしていいのかわからなかったが、ここにきて閃いたぞ。見ろ、王国軍の数を。どう見ても我が軍の方が圧倒的に優勢ではないか。二倍ほども戦力差があると見える」
そう、こうして対峙してみると我ら魔王軍のほうが確実に数が多いのだ。
「王国軍は戦々恐々としている事だろう。しかしそんな状況で勇者が一騎当千の活躍を見せたらどうなる? それは大きな希望となり王国軍の士気も上がる。そして勝利へ結びついた時には勇者のサーガが生まれるという訳だ」
「なるほど! 確かにそうなる可能性は高い! さすがはギル殿」
よし。そうと決まれば早速勇者の姿を拝ませてもらうとしよう。
俺たち魔王軍はこの戦いに備えて、聖王都シャイーンの王族の顔と名前は調べている。しかし肝心の勇者の姿は今まで確認できていないのだ。
とりあえず、まずは軽く挨拶でもしてみるか。
俺は一歩前に出て、声を張り上げた。
「人間の諸君、お初にお目にかかる。俺は名前はギル。魔王ギルである!」
ザワザワと人間側が騒然となる。俺を本当の魔王だと思い、ざわついているのだ。
というのも、魔王デスライクという存在は人間たちにはまだ知られていない。精々魔王と呼ばれる人物がいて、魔族を率いているという事くらいだ。
だから俺は演じ切る。自分が最初から魔王だったという設定を演じ切るのだ。
「俺の思うに、我が魔王軍はそちらの王国軍よりも戦力が高い。貴様たちを蹂躙するのは簡単なのだ。しかし一つだけ気がかりなことがある。それは勇者の存在だ。人間側に勇者と呼ばれる存在が現れたという情報はこちらにも届いているぞ? さぁ勇者よ、その姿を見せて手合わせ願おうか!」
さて、この呼びかけにどう出るか……
まずは様子見だ。
「俺を呼んだか、魔王よ!」
するとすぐに返事が返ってきた。
兵士をかき分けて出てきたその青年は、ツンツンと逆立っている黒髪にバンダナを巻いていた。
小綺麗な布の服を二枚重ねて着こなして、その上にマントを羽織っている。
腰のベルトに丁度いい剣をこしらえて、並ぶ兵士の前へ堂々と出てきた。
なるほど、こいつが勇者……。確かに噂通り、かなりのルックスだ。
キリっとした表情は、それだけで多くの女性を魅了する勇ましさがある。
「勇者よ、名を聞いておこうか」
「ふっ。俺の名はプロミネンス=ビッグバンだ!」
……何?
なんだそのあからさまな偽名は。まるで勇者と呼ばれるようになってからカッコいい名前を考えようとして、逆にダサくなった感あるぞ。
「そ、そうか……まぁいい勇者よ、貴様の相手など我が軍のオーガで十分だ。ゆけ、オーガよ!」
「フンガー!」
まずはこのオーガと戦わせて実力を測る。オーガのレベルはたかが10だ。力は強いがその分動きが遅いし、こん棒を振り回すくらいの戦術しか取れない奴だ。
「いいかオーガよ、間違っても殺すなよ?」
「了解なんだな!」
小声でオーガと打ち合わせをする。そうしてからオーガは勇者に向かってズンズンと迫っていった。
そしてここで俺はある魔法を使用した。
『ジマクオン』
この魔法は周囲の状況を文字化して俺に伝えてくれる効果がある。これによって細かな状況を把握しやすくできるのだ!
【勇者とオーガの戦闘が開始した】
そうそう。こんな風に分かりやすく字幕が出るからわかりやすいんだよな。
「ウガー!」
【オーガの攻撃】
【勇者は身を守っている】
なに!? あの巨大なこん棒を受け止めようというのか!?
まさか勇者はオーガ以上の怪力を秘めている!?
――バコーーーン!!
しかし、オーガの一撃で勇者は小動物のように吹っ飛ばされていた。
【オーガの手加減によって勇者に98のダメージ】
【勇者は瀕死の重傷を負った】
【勇者はあと一息で死ぬ】
……え?
ええええええええええ!?
勇者よわっ! ってかこれってヤバいんじゃないの!? すぐに手当てしないと死ぬじゃん!!
そしてオーガがぎこちない動きで振り返り俺を見る。
その顔は青ざめていて、「やっべ! やっちまったよどうしよう」という表情をしていた。
いや、正直俺の方がどうしていいのか分からないんだが……
とりあえず人間、回復魔法をかけてやれよ! 勇者が死んだら俺たち全員地獄行きなんだからな!
しかし王国軍はまるで動かない。向こうもこの勇者の弱さは意外だったようで、口を開けたままポカンとしていた。
「ふ……フアーッハッハッハ! ゆ、ゆゆ、勇者とはこの程度か。こ、このままトドメを刺してやるー」
俺が必死にそう叫んでやると、やっと人間たちは正気に戻り慌ただしく動き始めた。
「ゆ、勇者様を後方に下げろ! 回復魔法をかけるのだ! 急げー!!」
そうしてすぐに勇者は担がれて引っ込んでいく。
いやこれどうすんの? 俺はあの勇者に負けなくちゃいけないわけだよな。え、負ける方が難しくない?
というか今からどうすればいいんだ? 勇者の回復をわざわざ待っていたら、俺たちが八百長を演じていると人間側にばれてしまう。そうなったら最終目的である勇者の『英雄伝説』が生まれなくなってしまうではないか!
「ぐぬぬ……よ、よし! 今が好機だ、魔王軍、攻撃開始ー!」
「お、おぉ~!」
みんな困惑気味で、オズオズと前進していく。
そういえば女神が言っていたな。普通に戦えばまず間違いなく魔王軍が勝つと。とにかくみんな、疑われない程度に手加減をして様子を見るのだ!
「やらせるなー! 勇者様を守れー!」
こっちの動きに合わせて国王軍も前進する。そうして両軍はぶつかった。
【オーガの攻撃。手加減により兵士Aに39のダメージ】
【兵士Aの攻撃。オーガに74のダメージ】
兵士強いな! 普通に勇者よりも活躍できんじゃん!
でもこのまま王国軍に負けても勇者が活躍できなきゃサーガが生まれない。えーい勇者よ早く復活して来い!
「はっ! 俺は確かオーガの攻撃を受けて……くそぉもう一度行くぜ!」
回復魔法で復活した勇者が一気に突っ込んできた。
よかった。死なれても困るけど、心が折れて「お家帰る―」とか言われたら完全に詰むところだった……
それにしても危なっかしいな。この乱戦でウロチョロされたら流れ弾に当たってまた死にかけるかもしれない……
そうだ、こいつを使おう!
「はーはっはっは! 勇者よまた来たか! 貴様などこのスライムで十分だ! ゆけスライム達よ!」
「ピキー!」
スライムなんてなんの役にも立たない最弱モンスターだけど、念のために五匹連れてきてよかった。
そんな俺の思惑通り、勇者の戦いを邪魔しないように兵士や魔族たちは気を使い始める。
こうして今、勇者とスライムの戦いが始まろうとしているのだった。




