「俺のターン、ドロー!」
「久しぶりだな奇跡の巫女よ。今日こそは一緒についてきてもらうぞ」
「あ、あなたは!? 私のパンツに顔を潜り込ませて匂いを嗅ぎまくったあげく、最終的に全裸にしていった変態ロリコン魔王!!」
酷い言われようである。
時間を置けば落ち着くかと思ったのだが、そう簡単には忘れてもらえないらしい。
「とりあえず借りていたマントはお返しするわ! ちゃんと洗っておいたんだからねっ!」
そのくせ妙に律儀だった。
今日、俺と王女はまたまた巫女が保護されているノドカ村に出向いていた。
目的はもちろん、巫女をこちら側で保護して勇者に直接押し付けるためだ。
しかし、そんな巫女は今日も元気いっぱいだった……
「私は魔王なんかに従わないわ! また私の前に現れたことを後悔させてあげるんだから! 『神よ。この悪しき魔王を打ち倒す力を私に与えたまえ!』」
「ふっ。できるものならやってみるがいい。王女よ、少し下がっているがいい」
神の奇跡は厄介だが、一度この力を退けてからじゃないと連れ帰ることは難しい。ならば全力で相手をしよう。さぁ来るなら来い!
「ええ~っと、どれが正解かな……」
それにしても、相変わらず選択肢に迷っているようだった……
「よし、これにしよう。『魔王、あなたにデュエルを申し込むわ! デュエルスタンバイ!!』」
な、何? でゅえる? それはどういった物なのだ? 初めて聞く言葉だぞ。
俺が困惑していると、突然地面が隆起し始める。まず俺と巫女の足元が盛り上がって台座のようになり、手元には物を置くようなスペースが作られる。そしてそこには、なぜかカードの束が置かれていた。
これは……もしかしてカードゲームか!?
「さぁ魔王、このカードで勝負よ! これは今流行りの『デュエルガールズ』ね。これなら私も少し心得があるわ!」
「ちょ、ちょっと待てーい! 俺はカードゲームなんてやった事がないぞ! ルールがわからん!」
「それは好都合ね。でもすでに神の奇跡は発動しているわ。戦わなければきっと神の裁きがくだるわよ! さぁ、その手元のデッキからカードを五枚ドローするのよ!」
デッキ? ドロー? このカードの束から引けばいいのか?
とりあえず言われた通りに引いてみたが、この後はどうしていいのかわからない。
すると、後ろで見ていた王女がアドバイスを飛ばしてくれた。
「魔王様、カードゲームは基本的にキャラクターを出して戦わせる遊びです。とりあえず手札から一枚、キャラを出して様子を見ましょう!」
「な、なるほど、さすが王女だ、助かるぞ! よし、なら俺はこの、『不幸なゾンビ娘、あさくら』を出す!」
俺が目の前のスペースにカードを置いた瞬間だった。なんと俺と巫女が対峙しているその中間にカードと同じキャラが等身大で出現した。
なんだこれ!? 神の奇跡すげぇ!! ってかもうなんでもアリだな!
「じゃあ私のターン、ドロー! 私は『ドジっ子アイドル、天海春菜』を召喚! ゾンビ娘に攻撃!」
すると巫女側の空間にアイドル衣装を着た女の子が出現する。その子は俺が召喚したゾンビ娘に向かって走り出した!
「ゾンビ娘の攻撃力は1500。それに対して私のキャラは攻撃力1800よ。いけ~天海春菜ちゃん!」
アイドル娘が俺のゾンビ娘に攻撃をしようとした時、なんと躓いてわたわたしている。そしてそのままゾンビ娘を巻き込んで転倒してしまった。
ドンガラガッシャーン!!
するとゾンビ娘はバラバラになって死んでしまった。
「よし! ゾンビ娘、ドジ殺!! 魔王のライフポイントは300減るわ!」
ドジサツってなんだよ!? なんかマヌケな殺され方だなオイ!
しかしその瞬間に……
【魔王に300のダメージ】
なに!? なんか俺のリアルな体力も減少したぞ!? これは……まさか、ゲームのライフポイントと俺の体力が直結していているのか!?
そういえば、ゲームのライフポイントは一万。俺の体力も同じようなものだ。つまり、このゲームに負けると俺は死ぬ事になるのでは!?
こ、これはヤバい! 絶対に負けられんぞ!
「私はターン終了よ。次は魔王のターンね」
「よしっ! 俺のターン、ドロー!」
つい巫女の真似をしてしまった……
「くっ……俺の手札にはアイドル娘より攻撃力が高いキャラがいない……」
「ふふっ、では私のターンでいいのね? 私のターン、ド――」
「俺のターン! ドロー!! よしっ、強いカードを引いたぞ!」
「ちょっと待ちなさーい!! 何を勝手に連続でカードを引いているのよ!」
「え? これはアクティブバトルではないのか?」
「そんな訳ないでしょ! 『自分のターン』って言ってるんだから理解しなさいよ! というか、なんでカードバトルが初めてなのにアクティブバトルは知ってるのよ……」
むぅ~、そんなことを言われても、初心者である俺にルール説明も何もしないのが悪いと思うのだが……
「神よ! この者はルール違反をしました。よってペナルティーを与えたまえ!」
すると、今まで晴天だった空が急に曇り、ゴロゴロとカミナリが鳴り始めた。
マズい! これはペナルティーで裁きの雷でも落とされかねないぞ!。なんとか言い訳しなくては……
「ふふ、これであなたもお終いね。魔王、覚悟しなさい!」
ぐぬぬ……巫女め、ドヤ顔で勝ち誇っているな。ここはなんとしても切り抜けなくては!
「ハーッハッハッハ! 何を勘違いしているのだ巫女よ。俺はルール違反などしていないぞ!」
「ど、どういう事!?」
「お前が相手にしているのは魔王だぞ? 古来より魔王は二回攻撃と決まっているのだ! 魔王を倒すという事がいかに大変かを思い知るがよい!!」
「なっ!? そ、そんなのカードゲームには関係ないわ! 神よ、早く魔王にペナルティーを!!」
しかし集まった雷雲は散り散りになって消えていく。そしてまた綺麗な青空になってくれた。
よっしゃー!! 神も納得してくれたー! なんとか助かったー!
「えええぇ~~~!? そんなルールでいいのぉ~~!?」
「ふっ、神が認めたのだ。さぁゲームを続けるぞ!」
俺は改めて手札を見る。今引いたカードは強力なのだが、よく見ると攻撃力の弱いキャラ、普通のキャラ、強いキャラと、ステータスがバラバラだ。
なぜこんなデッキの組み方をするのだ? 強いキャラだけを入れればいいのに……
でもまぁ、よくわからないから強いカードを出すぞ!
「俺は、『ゾンビになった先生、エグ姉』を召喚! 攻撃力は3500だ!」
……って、なんかまたゾンビキャラだな。よく見ると手札にもモンスター系のキャラばかりなんだが……。まぁこのデッキは神が用意したものだし、魔王が使うデッキにふさわしいからいいか。
「ちょっと待ちなさーい! そのキャラは高ランクじゃない! そういうキャラを出す時は、場に召喚してある低ランクのキャラを生贄に捧げないとダメなの!」
なにー!? だから攻撃力にムラのある構築になっていたのか!
う~む、カードゲーム、なかなか奥が深いな……
「神よ! この者はまたルールを無視しました! 今度こそペナルティーを!!」
ゴロゴロゴロ……
再び頭上に雷雲が集まってきた。このままだとマズい!
「ふはははは! 誰を相手にしているつもりだ? 俺は魔王だぞ? 全てのしもべの頂点に君臨しているのだ。その魔王に扱えないしもべなどいる訳がなかろう!!」
ファッサァァァァーー……
アッという間に雷雲が晴れていく。
「ええええぇぇ~~!? これもアリなのぉ~!?」
「魔王の力を思い知るがよい! ゾンビ先生よ、アイドル娘に攻撃!!」
俺のしもべがその爪で攻撃を仕掛ける。そして見事、巫女のしもべを撃破した!
「クックック。さらにテキストに書いてあるぞ。このゾンビ先生で敵を倒した場合、攻撃力を500下げた状態でゾンビ感染させて味方にできるとな」
「くっ……」
「これで俺が優勢だな。ターン終了!」
よしよし、初心者だが、なんとか俺ルールが認められてなんとかなっている。このまま押し切るぞ!
そんな時だった。この騒ぎを聞きつけたのか、村の子供二名が駆け寄ってきた。
「うわー! デュエルガールズが具現化してる! なんだこれすげー!!」
「こんな機能は初めて見ましたね。どこの製造元でしょうか?」
ちょっと小太りでガキ大将っぽい子供と、眼鏡をかけていかにもおぼっちゃ風の二人組だ。
するとそんな子供たちに、巫女が声をかけ始めた。
「キミたち、デュエルガールズを知っているの?」
「ああ、これでも俺たちはかなりやり込んでるぜ! いつでもマイデッキを持ち歩いてんだ!」
「そう。なら私に力を貸して! 相手はあの魔王だから、二人の力が必要なの!」
「面白そうですね。ぜひこの具現化バトルを体験させてください」
「へっ、俺様が加われば百人力よ!」
二人組がそう承諾した瞬間に、二人分のスペースが自動的に確保された。まるでゲームへの乱入が成立したかのようだった。
「ちょ、ちょっと待て~い! これじゃ三対一で卑怯ではないか! 神よ、これは明らかなるバランス崩壊だ! これこそペナルティーを与えることを要求する!」
ゴロゴロゴロと雷雲が集まってくる。
「何を言っているのかしら? 古来から、魔王が相手ならパーティーを組んで挑むのは当然でしょ? 何も不思議な事なんてないわ!」
ファッサァァァァーー……
アッという間に雷雲が晴れていく。
くっそー! とりあえずこのゲームのジャッジをしている神がRPG好きだという事は十分にわかった!
「私のターン、ドロー! そして仲間が増えたこの状況で魔法カードを発動させるわ! 『フレンズの増援!』よ。このカードは1ターン前に敵プレイヤーが召喚したランクと同じランクのキャラを無条件で召喚できる!」
「な、なんだと!?」
「この魔法カードの効果で私は、『勇者部、結城友火』を召喚! 攻撃力は3300!」
よし、まだ俺のゾンビ先生の方が攻撃力が高い。まだ安心だな……
「さらにこの魔法効果は仲間にも適応されるわ! さぁ君たち、高ランクキャラを召喚して!」
「へへっ! 手札が事故って召喚できそうもなかったんだ。巫女のねーちゃん感謝するぜ! 俺は、『暴君の魔王、ミリアム』を召喚! 攻撃力4000!」
なに~!? それはヤバいぞ! あ、でも魔王のカードいいなぁ。俺も欲しいかも……
「へへっ! 俺様はいつも強いカードをかけてバトルしているからな! 勝ち続けていろんな奴のレアカードを持っているんだぜ!」
なんだこのジャイアニズム的な子供は! 魔王である俺よりもよっぽどヤバいんじゃないか!?
「やれやれ、レアカードなんてお金を払えばいくらでも手に入りますよ。次は僕が召喚する番ですね」
眼鏡の子供が手札からカードを一枚抜き取る。というか、レアカードをお金で買い取るという発想もどうなんだ? 何が当たるかわからないドキドキ感がないじゃないか!
「このカードは融合の魔法カードがないと出せないので、まさかこんなに早く召喚できるとは思っていませんでしたよ。そのカードとは、『全ての魔女を消し去る魔法少女、アルティメットマジかよまどか!』です。攻撃力4500!」
なんだそりゃ強すぎだろ! これは一気にピンチだぞ!
「私のターンはまだ終了していないわ! この攻撃フェイズで結城友火ちゃんで奪われた天海春菜ちゃんに攻撃!」
当然、攻撃力に差があるためにあっさりと撃破されてしまった。
【魔王に2000のダメージ】
うおおおお~ヤバいヤバい! 次で子供たち二人に攻撃されたら一気にライフポイント、もとい俺のリアルライフポイントが溶けてしまう!
そんな時だった。
「ちょっと待ってください! 今から私も参戦します! そっちがパーティーを組むのなら、私が魔王様の味方をするのもアリなはずです!」
そう言って王女が俺の横に並んでいた。そしてそれが承諾されたようで、すぐに王女のデッキが地面から出現してカードをセットできるスペースが現れる。
「普通、こういった複数バトルだと敵と味方のターンが交互に来るはずです。よってここから私のターン。ドロー! 私はカードを四枚伏せてターン終了です!」
「くっ! あの伏せカード、怪しすぎるぜ!」
「はい。まず間違いなくトラップカードでしょうね。うかつに攻撃できません」
子供たちの表情が険しくなる。
さすが王女だ。こういう戦いだとものすごく頼りになる!
「ナイスだ王女よ。助かったぞ! あとで存分にナデナデしてやろう」
「本当ですか!? 嬉しいです♪」
こうして俺たちのカードバトルは熾烈を極めた。俺が決めた魔王ルールと、相手の人数が多いことが意外とバランスを保ち、互角の戦いを繰り広げ、一進一退の攻防が続いた。
そして空が赤く染まる夕暮れ時に、ついに勝負が決まる事となる。俺のライフは500を残して、なんとかギリギリの勝利を収めることに成功した。
俺は大きく一息ついて、王女は自分の事のように喜んだ。
そして巫女は――
「ま、負けた……。魔王を倒せる千載一遇のチャンスを逃すなんて……」
と、地面に両手をついて項垂れていた。
しかしそんな巫女とは逆に、途中から参加した二人の子供は未だ興奮冷めやらぬ状態で俺の近くまで駆け寄ってきた。
「くっそ~! あと少しだったのによ~!! けどすっげー面白かったぜ。あんな滅茶苦茶なルール始めてだ!!」
「ですね。お互いに滅茶苦茶なルールが故に、逆にバランスが取れていた感じでした。非常に斬新な戦いでしたよ!」
「なぁ~魔王~、明日もやろうぜ~! 今度こそ俺たちが勝つからさ~!」
「あ、その時は僕も混ぜてください。この立体ビジョンもまた体験したいです!」
子供たちは目を輝かせていた。そんな子供を見ていると、俺はいつも昔の自分を思い出す。
人間だの魔族だの、そんな事なんて気にせずただ無邪気に遊んでいた頃の自分。まだ人間と戦おうなんて思っていなかった頃の自分だ。
だから俺は子供たちにこう告げる。
「そうだな。明日は無理だが、いつか機会があったらまたやろう。それまでに腕を磨いておくがよい。この魔王はそう簡単には倒せんぞ」
そうして子供たちは手を振って帰っていく。あとに残されたのは未だ崩れ落ちている巫女だけだった。
「……なんで……何もしないのよ……」
ふと、小さな声で巫女がそうつぶやいた。
「なにがだ?」
「だから、なんで私たちに何もしないのか聞いているの! あなたはこのゲームで負けたら死んでいたのよ? 勝ったのなら普通、報復くらいするでしょう? あの子たちだってこの戦いをただの遊びだと思っていたけれど、あなたの命を脅かしたのよ? なのになんで手を振って帰したの!」
巫女は喚いた。きっと自分の思っていた魔王という存在と俺が重ならなかったからだろう。
そんな巫女の問いに、俺が本当の気持ちを伝えられる訳もなく黙っていると、巫女はさらにこう続けた。
「……あなたは、本当に人間を支配しようとしているの……?」
それは、帰り道の分からない仔犬のような目だった。
何もかもがわからなくなって、何が正解かをさまよい求めるような瞳……
そんな上目遣いで見つめられて、少なくとも俺はこれ以上嘘をつくことができなくなってしまった。
だから、俺は――
「そんな大事なことを魔王である俺に聞くな! 自分の目で見て、耳で聞いて、自分自身で答えを出すのだ。そうでなければ、また先日の盗賊たちに騙されることになるぞ!」
「っ!?」
「自分の考えが間違っていたと気づいたのなら、そこから正せばよい! 自分の考えは間違っていないかったと確信したなら、それを最後まで貫き通せばいい。止まるも曲がるも、進も戻るも自分次第なのだ!!」
巫女は立ち上がった。唇をかみしめて、悔しそうに俺を見つめながら。
「ふっ。とりあえずキミは今日から魔王軍で預かろう。王女よ。巫女を連れていけ」
「は~い。アヤちゃん確保~♪」
王女が巫女の腕にしがみ付く。そうして俺たちは魔王軍の仮拠点にしている洞窟まで帰ることになった。
巫女は複雑そうな顔をしながらも、ちゃんと俺についてくる。それは、しっかりと自分の意志で答えを見つけようとする者の、確かなる歩みであるように感じるのだった。




