「この俺が魔族にして魔王軍の頂点、魔王ギルだという事に!」
「村の中に魔物!? いや野犬!? オオカミ!?」
巫女がいち早く立ち上がり、手に持つ杖を構えた。
複数の、恐らくオオカミであろう獣は獲物を探すように眼光を鋭くしていた。
「くっ! ここは私がなんとかするわ。二人は避難して!」
ほほう。間近で神の奇跡を見るチャンスだな。一体何が起こるのか。
そんな興味津々な俺に、王女がこっそりと耳打ちをしてきた。
「魔王様。あれも魔王軍の魔物なんですか?」
「ぬ? いや違うな。あれはただの野生動物だ。オオカミなんじゃないか?」
魔物とは、魔王デスライク様が自らの魔力で生み出した異形の生物だ。
しかしそれらは魔王軍に忠実で、会話などの意思疎通もできたりする。
よって、あの獣は魔王軍とは全くの無関係なのだ。
「さぁ、二人とも早く逃げて!」
「いや、俺らも手伝おう」
そう言ってから立ち上がり、俺は巫女の背後に付く。
「キミの奇跡は失敗することもあるのだろう? そうなった場合、力ずくて追い返すための戦力が必要なんじゃないか?」
「それはそうだけど……」
「なぁに、腕には多少自信がある。いざと言うときは俺が力を貸そう。まぁ、キミが奇跡を成功させれば一番いいのだがね」
「……わかった。やってみるわ!」
そうして巫女は一度深呼吸をしてから、オオカミの群れを見据える。
「魔王様魔王様、ジマクオンの魔法です! あれを使えば神の奇跡の詳細が分かるかもしれませんよ。だから私にも掛けてください」
王女がまたヒソヒソと話してきた。
なるほど。その手があったか。ナイスだ王女!
俺はジマクオンの魔法を発動させた。
「神よ。飢えた獣から人々を守るため、その力をお貸しください!」
【巫女は神に祈りを捧げた】
【なんと、どこからともなく声が聞こえてくる。『供物を用意しろ。我に子供を捧げれば力を与えん』】
お~、巫女の耳にはこれが聞こえているわけか。それにしてもなんだか禍々しい要望だな。これじゃ神というよりも悪魔なんだが……
【さらに別の声も聞こえてくる。『裸になれ。我にその生まれたままの姿を晒せば力を貸そう』】
なに!? 選択肢が増えたぞ!? どうなっているんだ!?
っていうかなんだそれ! こんな幼い子の裸を見たいとか変態かよっ!!
【さらに別の声も聞こえてくる。『魔力の剣を突き立てろ。さすれば道は開かれん』】
「三択ですね。どうなっているんでしょうか?」
さすがの王女も困惑している。
だが、俺にはなんとなく理解できた。
「そうか。神の声が聞こえるという事は、人ならざる者の声が聞こえるという事なんだ。だからそこら辺にいる悪魔や浮遊霊の声まで聞こえてしまっているのではないだろうか」
「なるほど! アヤちゃんがよく失敗するというのは、この選択肢から正解である神様のお告げを選べなかった場合なんですね!」
おそらくはそういう事だろう。さぁ巫女よ、どれを選ぶ?
……とは言え、この中なら選ぶのは決まっているようなものだが。
「わかったわ。私が選ぶ答えは……コレよ!!」
巫女は杖を天高くかざし、力強く地面へ突き刺した!
それと同時に、オオカミの群れは腹が減っているのか、よだれをまき散らしながら巫女へと突進してくる。
勇者の仲間候補である巫女を死なせるわけにはいかない俺は、いつでも魔法を放てるように魔力を集める。
だが次の瞬間、地面が揺れた!
揺れは次第に大きくなり、もはや立っていられないほどになる。もちろん突進してきたオオカミも、その足を止めて困惑しているようだった。
――メリメリメリメリ!!
なんと杖を突き立てた場所から地面が割れた!
ヒビが入るように、その亀裂はいくつもの枝分かれを果たしオオカミの足場を崩していく。
割れた大地の底は真っ黒な闇で、底が見えないほどに深く、恐ろしいものだった。
そんな闇に、何匹かのオオカミが落ちていく。
残ったオオカミは激しい揺れの中、無理をしてでも駆け出して、巫女から逃げるように山の方へと走っていった。
すると、割れた大地が再び元に戻り始める。
地獄にでも続いているような深い割れ目はどんどんと元に戻っていき、ついには何事もなかったかのように綺麗な大地になっていた。
「神様、力をお貸しいただき感謝いたします……」
再度、神に祈りを捧げる巫女。
それもそうだろう。地面には亀裂も残っていないのだ。まさに神の奇跡だと言えた。
「す、すごいですね。これは本物ですよ!」
王女も唖然としながらそんなことを呟いていた。
確かにすごい。これならば俺にダメージを与えるどころか、即死級の一撃を与えることも可能なのではないだろうか?
ぜひとも勇者の仲間になってもらい、戦いのアシストをしてもらいたいところだ。
俺がそう思っている時だった。空から『パァン!』という花火のような音が鳴り響く。それと同時に空気に混ざりあう魔力の粒子。誰かが空に向かって魔法を放ったのだ。
その人物とは、まず間違いなく俺の仲間の魔族である。合図を送るのに、この方法を決めていたからだ。
俺は魔王軍のみんなに、できる限り勇者の動向を見張るように言いつけていた。そして、勇者がこのノドカ村に向かうようなら合図をするように伝えていたのだ。
そう、つまり、もうすぐで勇者がこのノドカ村にやってくる!
いいぞいいぞ。作戦は順調だ。このまま勇者と巫女を出会わせてパーティーを組ませる。
巫女の奇跡で俺はダメージを負い、勇者は俺にとどめを刺す。
最後に王女を助け出し、国へ帰れば英雄伝説が完成するという流れだ。
完璧ではないか。そうと決まれば早速ネタばらしだ!
「くっくっく……。はーっはっはっはー!」
「え? ギルさん、どうしたのかしら?」
ついつい本気で笑ってしまった俺に、巫女が怪訝そうな顔になる。
さぁ、ここからが本番だ!
「神の奇跡、しかと見せてもらったぞ。なるほど、凄まじい力だな」
「な、なに? ギルさんどうしたの!?」
不安そうにする巫女に対して、できるだけ悪い笑みを浮かべる俺。
そして右手には魔法でメラメラと炎を生み出し、プレッシャーを与えておく。
「くっくっく。まだわからないのか? この俺が魔族にして魔王軍の頂点、魔王ギルだという事に!」
「そ、そんな! ギルさんが魔王!?」
「信じられぬか? はぁーー!!」
俺は右手に生んだ炎を空に向かって解き放つ。炎は渦を巻きながら天へと上り、雲さえも吹き飛ばした。
さぁ勇者よ、これを目印に早くここまで来い! ほんと頼むぞ!
「くくく。この村に神の奇跡を操る巫女がいるという噂を聞き、もしも危険であるなら自ら排除しようと思って出向いたのだ。それがまさかこんな子供だったとはな」
「あ、あぁ……嘘よ……」
巫女は気が動転しているようだった。
ふむ、少し急すぎたかな? 勇者もまだ来ないし、もうちょっと時間を稼ごう。
「貴様だって先ほどは疑っていたではないか。こやつが聖王都の王女リーザではないかとな!!」
そう言って俺は、王女がかぶっているフードを勢いよく下ろした。
「ふみゅ!」
王女の口から気が抜けるような、可愛らしい声が漏れたが気にしないでおくことにする……
「そ、そんな! 本当に魔王にさらわれたはずの王女リーザだというの!? だってあなたたちはさっきから、とても仲良さそうにしてたじゃない!」
え……?
あ~……
それもそうだな。王女と仲良くしてたら不自然か。
あれ? 俺は暴露するタイミングを間違えたのか?
「えへへ。私と魔王様は仲良しに見えるんですね。えへへへ♪」
王女だけは嬉しそうに体をクネクネさせている。
いや、喜んでないで助けてくれよ。魔王軍が八百長してるってバレるじゃないか。
俺が目線で合図を送ると、王女は『仕方ないですねぇ』というやれやれ顔になる。
「実は私、魔王様の魔法で洗脳されているんですよ。だから今は魔王様に従順なリーザなんです」
自分で振っておいてなんだが、その言い訳はどうなんだ!? 洗脳されている者は自分で洗脳されているって言わんだろ!
しかし巫女は驚愕していた。
「なんてことなの! 魔王はロリコンで王女と結婚したいからさらったと噂になっていたけれど、まさか本当だったなんて!」
ぬおおおおお!? やっぱりそういう話になってんのねー!
けど俺はもう割り切ったのだ! 目的のためにロリコン魔王を演じ切ることに迷いはない!!
「はーっはっはっは! ロリコンで何が悪い? 好きなものを欲するのは誰しも同じことよ! 王女は一生俺のものだ。誰にも渡さん!」
俺はキメ顔で王女を抱き寄せる。
もちろん演技でだけど。
「きゃー! 嬉しいです魔王様! 私も魔王様に一生付いていきますぅ~♪」
するとここぞとばかりに王女が俺にしがみ付き、頬ずりをしてくる。
「な、なんて高度な洗脳魔法なの! 人の心をこれほど完全に操るなんて!!」
いや、これ洗脳されてないんだよなぁ……
これ演技でもなんでもなく、王女の素なんだよなぁ……
「さぁ、おしゃべりはここまでだ。奇跡の巫女よ、貴様にはここで消えてもらおう。その能力は魔王軍の邪魔になりそうなのでな!」
「くっ! そうはいかないわ!!」
う~ん、勇者はまだ来ないのか? このままだと本当にバトルになってしまうぞ。
そんな俺の気持ちなどゆつ知らず、巫女は俺に向けて杖を構えるのだった。




