「これがよく耳にする倦怠期ってやつか!?」
俺と王女がお試し期間で付き合い始めた初日の夜。
「魔王様。外は月が綺麗ですよ。少し散歩へ行きませんか?」
王女が俺の部屋を訪ねてそう言ってきた。
「う~む。悪いが今日は凄く眠い。もう休ませてくれ」
「ええ~!? 今日は早いですね。お疲れなんですか!?」
「うむ。今日は図書館へ行ったからな。非常に疲れた……」
「魔王様は熟読してませんよね!? 表紙しか見てませんよね!?」
そうは言うが、それでも疲れるものは疲れるのだ!
魔族は本を見ただけで頭が痛くなる!
「それに拗ねた王女の説得もした。あれが一番疲れた……」
「私が原因ですか!? 地味にショックなんですけど!?」
「という訳だから今日はもう寝る。また次の機会にな」
「……レベル85の魔王様でも精神的な疲労には弱いんですね……」
少しションボリとした様子で王女は諦めてくれた。
そうしてこの日は眠りにつく。なぁに、まだ始まったばかりなのだ。明日になってからでも散歩は出来るだろう……
――そう思っていた次の日。
「魔王様、今日はいいお天気ですよ。どこかに出かけ――」
「よぉし! いい事を思いついたぞ!!」
「いい事、ですか?」
そう。一晩寝ている時に、勇者を支援するいいアイデアを思いついたのだ。
「今、勇者は伝説の盾を探しに西の渓谷へ向かっている。そこへ先回りして、宝箱を設置するのだ。そうすれば自然に勇者の旅のサポートができるという訳だ」
「はぁ……なるほど……」
「そうと決まれば善は急げだな。おい、誰かいないか!」
俺が呼ぶと、翼をもつガーゴイルが部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか魔王様」
「勇者の向かう先に宝箱を設置する。箱や中身を用意するぞ!」
「ふむ。では中身は薬草と毒消し草を交互に配置しましょうか?」
いや、なんでそんなショボいのだ!? あんまりショボいとあの勇者といえど、誰が配置しているのか疑問に思ってしまうではないか。
もっと役立つ物を入れて、『こんないい物を貰えるなら、誰が配置してようがどうでもいいぜ!』と思わせなくてはならない。
「もっといい物を入れろ。鉄の剣なんかいいだろう!」
「ほほう。しかし鉄の剣は一番弱い武器ですぞ。喜びますかね?」
「いいんだ。武器なんて25回くらい攻撃すると壊れてしまうんだから、予備の武器を多めに持っておきたいものなのだ! ほら、強い武器とかはボス戦で使いたいから、それ以外の戦闘は鉄の剣で攻撃するもんじゃないか!」
「なるほど! では『鉄の剣』『鉄の剣』『鉄の剣』『薬草』『鉄の剣』、のローテーションにしますか」
「だからなんでそう極端なのだ!? ええい俺も現地に行って全ての指示を出すぞ。とにかく色んなアイテムを運ぶんだ!」
俺が命令をするとガーゴイルは慌ただしく部屋を出ていった。
今日は忙しくなるな。
「という訳だ王女よ。今から西の渓谷に行ってくる!」
「あ、はい。行ってらっしゃい……」
茫然とする王女を置いて、俺もいそいそと部屋を出る。頭の中は今日の立ち回りでいっぱいだ。
そうしてこの日も王女とは特に会話もなく過ぎていく。またこの部屋に戻ってきた時にはすでにヘトヘトになっていて、すぐに眠ってしまうのだった。
――そしてさらに次の日。
「魔王様! 今日こそは私にかまって――」
「大変です魔王様!! 勇者のやつが西の渓谷で川に流されたらしいですぜ!」
なにー!! なんでアイツはいつもいつも勝手にピンチになってるんだ!?
「見張りからの報告によると、すでにヘロヘロで今にも死にそうとの事です!」
「だぁ~もう今日も陰から支援するぞ! 急いでまた現場に向かう!」
朝からバタバタ準備を始めると、王女は何やら面白くなさそうな顔をしていた。
……やけに頬っぺたが膨れているが、今はそれどころじゃない。
「では王女よ行ってくる。今日も留守番を頼んだぞ!」
「……」
返事も待たずに俺は洞窟を出る。そうして今日も帰ってくる頃にはすでに夜も更けているのだった。
なんだか最近はやたら勇者に振り回されている気がする。そんな事を考えながら拠点に戻ると、なんと俺の部屋には王女がちょこんと座り込んで待っていた。
「おかえりなさい魔王様。ずいぶんと遅かったですね!」
しかもなんだか凄く機嫌が悪いように思える。
「いや~勇者が一日に三回も川に落ちるから大変だったのだ。今日も早めに休むとしよう」
俺はマントを適当に放り投げる。しかしそんな時、俺の後ろから凄まじいオーラが放出されるのを感じ取った!
これは王女だ! 王女が殺気ともいえるほどの怒りを俺に向けているのだ。
俺が恐る恐る振り返ると、王女は目を吊り上げてこちらをガン見していた。
その迫力はこの俺が気圧されるほどだ。
「今日も……何もありませんでした……」
ボソッと、王女がそう呟いた。
何もない? 何がだろう……?
あぁ、そうか。王女が自分の気持ちと向き合うためにお試し期間で付き合い始めてもう数日が過ぎたのか。確かにここ最近はあまり接する機会がなかったと思うが、それでも自分の気持ちを見つめなおす時間は十分にあったはずだろう。
「そういえば、あれから数日経ったわけだが、王女は自分の気持ちに整理ができたのか?」
そう言った瞬間だった。ピクッと王女の眉が震えた気がした……
「整理ができたかって? そんなの……できる訳ないじゃないですか!!」
突然王女がキレてしまった!
「ホントなんにもありませんでしたよね!? 付き合ってるっぽい事なんにもしていませんよ!? それで自分の気持ちを見つめなおせると思いますか!?」
うわ怖い! これ、どうやらかなり大きな地雷を踏んでしまったらしい。それにしてもそこまで怒らなくてもいいと思うのだが……
はっ、ま、まさか!
「これがよく耳にする倦怠期ってやつか!?」
「違いますから! 倦怠期どころか始まってもいませんから!!」
そして机をペシペシと叩いて否定する王女である……
「まぁ確かに、ここ最近はろくに話もできなかったのは悪かった。しかし俺も、付き合った後はどうすればいいのか分からなかったんだ。なぁ王女よ。俺はどんなことに気を付ければよかったのだ?」
「え、そこから!? 私に堂々と『その気持ちは本当の愛ではない』とか言っておいてそれですか!? 愛を熟知したような口ぶりでしたけど!?」
「あ、いや、その、スマン……」
あの、凄く肩身が狭いんだが。
レベル85の魔王がわずか十二歳の幼女に正論でお説教されて何も言えないとか、むちゃくちゃ情けないんだが……
「はぁ~、仕方ないですね。お付き合いというのがどういうものか、私が教えてあげます!」
俺が粛々としてたせいか、王女はやっと教えてくれる気になったようだ。
「いいですか? 凄く簡単に言えば、お付き合いを始めた男女はお互いにドキドキする事をやるんです!」
ほほう。ドキドキする事をね。
ふ~む、ドキドキか~……
「それは具体的に何をすればいいんだ? 王女は何をしたらドキドキしてくれるんだ?」
「それを私に聞いてどうするんですか! 自分で考えて行動してくれるのがうれしいんじゃないですか!! 本当に魔王様はなんにもわかっていませんね!!」
王女がまた怒り出した。
まぁ王女の言う通り、俺が恋愛にかなり疎いからなのだが……
「では、王女は俺がドキドキしそうなことを計画していたのか?」
「それはまぁ。綺麗な景色を二人で見ようとそんな場所を探したり、魔王様の好きなお料理で夜食を作ったり。けど、魔王様は毎日帰るのが遅くてすぐに寝ちゃうから、なんにも実行できなくて……」
そうして王女は小刻みに震えだした。
やばい。また怒りで身を震わせているのだろう。なんとか機嫌を取らなくては。
そう思ったのだが、王女の表情を見た俺は衝撃を受けた。
「なんか、私ばっかり必死になって……バカみたい……」
王女は今にも泣きそうな顔をしていたのだから……
よく考えたら当然の事だろう。俺は今までどれだけの想いを無視してきた? どれだけ心を傷つけてきた?
最初はほんの軽い気持ちだったんだ。お付き合いというお遊びに乗ってあげれば、あとは満足するだろうと思っていた。
自分の気持ちに気付いたり、現実を見たりしながら自然に諦めるだろうと思っていた。けどそれはとんでもなく浅はかな考えだったのだ。
俺が思っている以上に王女は本気で、毎日を必死に考えて、そんな想いが泡沫のように消えていった。いや、俺が消してしまっていたんだ。
それがどんなに愚かで軽率だったか……
「王女よ……」
だから俺は本気になる。
「道理を理解していなくてすまなかった。明日の夕方には時間が作れる。その時まで待っていてくれ」
未だお互いの気持ちなんてよくわからない。けど、ここでしっかりと決めないと男じゃない!
女の子にこんな悲しそうな表情をさせて何もしないなんて、そんなのは人として間違っているのだから。
「……」
王女は小さくうなずいてくれた。
そうして王女が部屋から出ていった後、俺は寝床に入って考える。王女がドキドキしてくれそうな事を。
俺はよく寝床で横になりながらモノを考えたりする。リラックスしている事がいいのか、こうしていると眠るまでの間に良いアイデアが浮かんだりするのだ。
けれど、女性を喜ばすなんて今までにやったことがない俺には良いアイデアがなかなか浮かんでこない。精々プレゼントを贈るくらいの事しか思いつかなかった。
王女といえば、お金には困っていないイメージが強い。そんな王女に、何かをプレゼントしてドキドキしてもらえるのだろうか……?
彼女に手に入らない物なんてあるのだろうか……?
俺は頭を悩ませながら考え込んだ……
・
・
・
「王女よ、渡したいものがある」
「わぁ、なんでしょう!」
次の日の夕方、俺は王女を呼び出していた。
夕日が綺麗に沈んでいく丘の上に、王女と並んで座っている。
そう。俺は結局、プレゼントを贈るという作戦を実行したのだ。なぜならこれ以外に思いつかなかったのだから。
「これは……ペンダントですね!」
俺からの贈り物を、王女はマジマジと凝視している。
「もしかしてこれ、手作りですか?」
速攻でバレてしまった。やはり作りが雑だったのだ。
「あ~、いや、まぁその……店で売っているものは王女という立場から入手するのは簡単だと思ってな。オリジナリティを出したかったんだが、どうにも難しくて……」
そう。俺は鉄鉱石を見つけてきて、それに魔法を使ってペンダントを作った。
基本的に魔族の使う魔法は万能だ。小さな洞窟でも中を抉り取って立派な拠点にすることだってできるし、物を作ることだってできる。
……ただし、それをやるのは部下たちで、俺は最近何かを作った事なんてないというのが問題だった。
魔王デスライク様の右腕になってから、物作りは全部ほかの魔族にやらせていたもんだから、いざペンダントを加工しようと思ってもうまくいかなかったのだ。
もちろん時間ギリギリまで練習をした。
鉄鉱石で本番に入る前に、別の岩石で何度も何度も試してみた。だが、朝から夕方という短い時間ではどうにもならないらしい。
俺としては久しぶりに加工した割にはうまくできたと思う。しかし、店に出して売れるレベルかと問われれば、そこまでの出来ではない。
現にその粗さから、王女にはすぐ売り物ではないと看破されてしまった。
鉄を削っただけで作り上げた、素朴な形のペンダント。やはりこんな物では、王女を喜ばすことなんてできはしない……
「中心の石だけ色が違いますね。これはどうやったんですか?」
「俺の魔力を込めたら変色しただけだ。とはいえ、魔力を込めたといっても、何もしないよりはマシかと思ってやっただけで、特に何かの効果があるわけじゃない……」
「へぇ~。そうなんですね」
やばい! 本当につまらない物で呆れられている!?
もうちょっと簡単な物にすればよかったのか!?
「その、王女よ。本当はもっとうまく作れるのだぞ? 今回は数年ぶりで感覚を忘れていただけで、もっと時間さえあれば――」
「魔王様……」
まずいまずい! 言い訳なんかしたら余計みっともないのはわかっているのに、恥ずかしすぎて口から言い訳しか出てこないぞ!
「いらなかったら捨ててくれても構わないからな! 次はもっとうまく作る。それこそ売り物と勘違いするレベルで――」
「魔王様!」
突然王女に強く呼ばれ、俺は反射的に王女の顔を見た。
すると――
「ありがとうございます。すごく嬉しいです!」
なぜか、とても幸せそうな顔でお礼を言われてしまった。
「これは私の宝物です。一生大切にしますね!」
どうしてだろう。そんないい物を贈ることなんてできなかったのに、どうしてそんなに喜んでいる……?
「あ~……王女は大げさだな。あまりうまく作れなかったのだが……」
「いえ。見ればすぐに分かりますよ。魔王様が頑張ってこれを作ってくれたことなんて」
そう。俺は頑張った。時間を忘れるくらい必死になって加工した。
でも、それでも王女を喜ばすレベルには届かないんじゃないかって不安で……
「出来栄えなんて関係ありません。魔王様が私のために必死になって作ってくれたことが嬉しいのです。だから、これは私の宝物なんです」
ペンダントを抱きしめるように握ってくれる王女を、俺は唖然としながら見ていた。
俺の想いを理解して受け取ってくれたことが嬉しかった。
俺が頑張ったことを認めてくれたのが嬉しかった。
そう。今日この日、俺は初めて王女の事を愛しいと感じたのだった。




