「魔王様が部屋の鍵を壊して強引に中へ入り、嫌がる私を力ずくで……」
王女がいじけてしまった……
原因はそう、図書館に入った時に俺が使用したジマクオンの魔法だ。
かなり精密に心の中を表示してしまったせいで、王女は自分の部屋、もとい仮拠点にしている洞窟の部屋から出てこなくなってしまっていた。
「あ~……王女? いい加減に出てきてくれないか?」
俺の呼びかけにも反応しない。扉にも鍵がかかっていて、誰もいれようとしない。
完全にご機嫌を損ねてしまったようだ……
この仮拠点に使っている洞窟は元々あったものを利用させてもらっているのだが、内部は俺たち魔族の手によって改築してある。
例えばこんな風に部屋を作り、そこに扉を立て鍵まで掛けられるようにしてあったり、最初の頃に作った不完全な牢屋だって今では完璧に仕上げてある。
魔族は魔法が使える者ばかりなので、物を作ったり加工したりも出来るのだ。
当然、家具や小物も置いてあり、秘密基地と言われてもおかしくないほどの構造になっていた。
「俺が悪かった。謝るから、一度ここを開けてくれないか?」
そう言っても返事はない。しかし、確実に王女はこの部屋に引きこもっていた。
俺は考える。どうしたらよいものかと。そして、一種の決断をする事にした。
「王女よ、悪いが強引に入るぞ」
俺は魔法で鍵を切断して、その扉を勝手に開けて中へ入った。
「なんで勝手に入ってくるんですか……」
それが王女の最初の言葉だった。実に張りがなく、沈んだトーン。
見ると王女は寝るときに使っている布で全身を覆い、部屋の隅っこでうずくまっていた。
ジト目で俺を恨めしそうに見つめているが、どうやら泣いていたわけではないようだ。
「こうでもしないと話も出来ないからな」
「今は何も話したくありません……」
まぁそうだろうな。勝手に心の中を覗き見ていたのだから。
しかしこうなった以上、もうはっきりと言った方がいいだろう。俺はそのために鍵を壊してまで中に入ったのだから……
「王女よ。キミは城に帰った方がいい」
「……っ!?」
王女がピクリと反応した。
「悪いとは思ったのだがな、キミの心を見てはっきりとした。キミは、俺が勇者にやられる作戦を良く思っていないな? そして隙あらば潰そうと考えている」
「……」
「そして俺はキミの気持ちには気付いていたよ。アレほどあからさまな態度で気付かないほど鈍感なつもりはない。しかし俺はずっと考えていたんだ。キミの気持ちは愛なんかではないんじゃないかってね」
王女の体が強張るのがわかる。さらにわずかに震えだしていた。
「そう、キミの気持ちは愛なんかじゃない。退屈な城を抜け出して、斬新な気持ちで生活する中で芽生えた『興味』や『好奇心』の類だ。恐らく感情が高ぶった時の高揚感を恋だと勘違いをして――」
「違います!!」
王女が突然そう叫んだ。
見ると、王女はつらそうな表情のまま俺を凝視していた……
「確かに私は魔王様が殺される作戦が失敗すればいいと思っていました。邪魔をしたこともあります。だからそれに関しては謝ります。ごめんなさい……。けど、この気持ちが勘違いだなんて事はあり得ません!! 私は……本当に魔王様の事を……お慕いして……」
次第に声が小さくなっていく。そしてついには膝を抱えて顔を伏せてしまった。
今の王女は、完全に布に包まって部屋に置いてあるただの置物だ……
「どの道、我々の作戦を妨害する者をここに置いておくわけにはいかない。これまでの事は忘れて城に帰るんだ」
俺は王女が包まっている布を引っぺがし、王女を立ち上がらせようとその手を掴んだ。
「い、いや! 帰りたくない!! 離してください! いやぁ誰か助けてぇ!!」
すると王女は、まるで強姦に襲われているかのような悲鳴に近い声を上げる。
「どうしたっスか~? ってうわ! 魔王様が王女ちゃんを襲ってる!?」
騒ぎを聞きつけて入ってきた魔族が変な誤解をしていた。
なんでそうなる!? 俺ってそんな信用ないのか!?
「うわ~ん助けてください! 魔王様が部屋の鍵を壊して強引に中へ入り、嫌がる私を力ずくで……」
そしてこの言われようである……
「あ~……仕方ないっスよ。だって魔王様ってロリコンだし」
その設定って魔王軍の中でも浸透してんの!? 俺は人間側だけじゃなく同族からも変態扱いされなくてはならんのか!?
「ええ~い! 真面目に話をしているのにギャグ風に持っていくな! 空気を読め空気を!」
俺が王女を捕まえようとすると、王女はその魔族の後ろに隠れてしまう。
そして王女はその魔族の後ろで必死に何かを考えていた。
握った拳を口元に当てて、真剣な顔で何かを考えている。それは時折見せる王女の癖だ。真剣に何かを考えている時、王女は手を口元に持っていく。
「……いや……でもこの際……」
そしてブツブツと呟いて、何かを覚悟したように俺を見上げた。
「魔王様、私は帰りたくありません。だからこの先、もう二度と作戦の邪魔をしないと誓います。ちゃんと助言も致します。だからどうか、私をここにいさせてください!」
王女は真剣に、そう俺に言ってきた。
「その言葉を信じろと?」
「なんなら魔王様の魔法、『ジマクオン』でまた私を見透かしても構いません! だからどうかお願いします!!」
その言葉に驚いたのは近くにいた魔族の方だった。
「ええ~!? 王女ちゃん止めた方がいいっスよ! 魔王様のジマクオンの魔法は練度が高くて、本当に心の中も見透かしたりするんスから。プライバシーも何もあったもんじゃないっスよ~?」
「一度は完全に見透かされた心です。それに今帰されたら、きっと私は二度とみんなには会えなくなるでしょう。それならばまだ助言をしながら、魔王様が最後を迎えるまでおそばにいたいんです!」
それは王女の確固たる決意だと言えた。
はっきり言って、そこまでしてここの残る意味があるのか俺にはわからない。ただの強がりにも見えるし、意地になっているようにも思える。だけど……
「はぁ~……わかった。これまで通り、王女は魔王軍でさらっている事にしよう」
そこまで必死な想いをぶつけられて、認めないなんて俺にはできなかった……
「あ、ありがとうございます魔王様! それともう一つ、ついでに提案があるのですが」
入ってきた魔族を外に押し出しながら、王女はさらに続けた。
「ん? なんだ?」
「はやり私の想いが愛ではないと言われたのには納得がいきません。なので、これから私と魔王様でお付き合いをしてみてはどうでしょうか?」
「むむ!? どういう意味だ?」
「で、ですから、お付き合いをするんですよ! あくまでも仮に、私と魔王様で、その……恋人という関係になって、私が本気かどうかを見てもらうんです!」
「ほほ~……」
「そうする事で、私自身も自分の気持ちが本当なのか計る目安にもなりますし……数日間だけでもいいんです。だから、その……」
「なるほど。わかった」
「ですよね。こんなの認められませんよね……って今わかったって言いましたか!?」
言った。俺はその王女の提案を承諾した。
なぜなら王女の言う通り、こうする事で王女が自分の本当の気持ちに気が付くかもしれないからだ。
自分の想いが愛ではない事に気付き、自分から城へ帰るというきっかけにもなるかもしれない。ならばそれに乗るのも悪くはないと思った。
「では王女よ。今から俺とキミはそういう関係という事で過ごしてみよう」
「は、はい! よろしくお願いしますね、魔王様!」
なぜが物凄く嬉しそうな王女は、後ろを向いてから小さくガッツポーズを取っているのだった。




