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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第五章:介護士にできること
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介護士にできることー5

     ◆



 甘い匂いが鼻をくすぐる。

「……うま」

 午後一時。

 なんとなく甘い飲み物が欲しくなり、職員用に置いてあったミルクティーを入れてみた。

 普段ならあまり口にしない類のものだが、じんわりとした甘さが疲れた体に染みわたる。

 休憩時間である。

 この時間にしては珍しく、休憩室には誰もいなかった。


 ――どうすればいいだろうな……。


 駿介はぼんやりと宙を見つめる。

 冴香からの厳しい言葉を受け、冷静に考えてみた。

 桐谷さんに、なにができるのか。あるいは、なにもしない方が良いのか。

 これまで、先輩たちから教えられたことを反芻し、じっくりと思考を巡らせた。



『リスク管理は問題ないのか?』

 ないわけがない。

 一人の御利用者のためだけに時間を割くことが、どんな結果を及ぼすのか、六月に嫌というほど味わった。

 行動を起こすのであれば、自分だけでなく、他の職員の協力も得て、全職員が一丸となる必要がある。そうでなければ、リスク管理が疎かになる。

 駿介に、その力があるのか?



『御利用者本位で――御利用者の「ありがとう」のために――頑張ること』

 これも、微妙なところだ。

 桐谷さん本人の希望が分からないのだ。

 行動を起こしたとして、それが桐谷さんのためになるのか、むしろ逆効果なのか? 一刻も早く特養へ入所した方が良いのか、それとも慣れ親しんだ場所で、少しでも楽しんでもらえるよう、努力するべきなのか?

 それが、分からない。



『正解を追い求めるのではなく、御利用者に寄り添って、一緒に考えていくこと』

 一緒に考えると言っても、桐谷さんは、ほとんど反応がない。

 そもそも『桐谷さんに寄り添うこと』とは一体なにを差すのか。

 御本人に寄り添って行動を起こすとするなら、どうすれば良いのか、駿介には分からなかった。



『他の御利用者にも同じようにする覚悟を持つこと』

 正直、自信がなかった。

 口だけならなんとでも言える。

 だが、西坂さんがふれあい西家から去る時、駿介は「これでいいのか?」と思いつつも、何もできなかった。『今は』、多少余裕があるからなにかしようと思えるけれど、別のタイミングだったらどうだっただろうか。

 分からなかった。



 ――なにも、しない方が良いのかな。



 考えれば考えるほど、否定材料ばかりが増えていく。

 突き詰めていくと、桐谷さん本人がどうして欲しいのかも分からないため、結局、『自己満足じゃないか?』と思ってしまうのだ。

 通常業務や、夏祭りの準備だってある。

 行動できたとしても、できることは限られているだろう。

 どう考えても、駿介一人が騒いでどうにかなる問題ではなかった。



「お疲れ様で~す」



 休憩室のドアが開く。

 間延びした声で、誰が来たのかすぐに分かった。

「お邪魔しますね~」

 普段と変わらぬ、柔和な表情を浮かべて、田島が入って来る。

 駿介は「お疲れ様です」と返事をして、ミルクティーを口に含む。


 ――……甘い、な。


 口の中に広がる優しい甘さを堪能し、ごくりと飲み込む。

「はあ~」

 同時に、思わずため息が漏れた。

「あら。ため息なんかついて、どうしたのかしら?」

「ああ、いえ……」

 駿介は曖昧な返事をして、目を逸らす。

 なんでもないです、とは言えなかった。

 田島は可愛らしいピンク色の弁同箱を手に、駿介の正面に腰を下ろす。


「桐谷さんのこと?」


「……」

 問われて、どう答えるべきか、悩む。

 桐谷さんの入所を告げられてから、浩司と話し合ったり、桐谷さんの部屋に長時間いたりと、駿介の言動は明らかにおかしかった。

 何を気にしているのか、誰だって察しが付くだろう。

 違います、と誤魔化すのもおかしい。


 ――けど、話しても、な……。


 自分の中でも、なにをすればいいのか、どうしたいのか、はっきりしていないのだ。

 今の心境をそのまま伝えても、『お悩み相談』のようになってしまう。

 それは少し、気恥ずかしい――



「もし、桐谷さんのためになにかしたいと思っているのなら、するべきだと思うわよ」



「……」

「違ったかしら?」

「……いえ、合っています」

 肯定すると、田島は得意気にふふっと笑う。

 田島は弁当箱を開け、「いただきます」と手を合わせる。

 相変わらず、田島の弁当は鮮やかな緑色が目立っていた。

「わたしで良ければ、相談に乗るわよ」

 ドレッシングのかかったレタスを口に運びながら、田島はそんなことを言う。

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