介護士にできることー3
◆◇◆
胸に石ころを詰め込まれたような気分だった。
浩司に排泄介助へ入るよう指示され、桐谷さんの居室へやって来たのだが……
「どうしてなんでしょうね……」
桐谷さん本人の顔を見たら、余計に暗い気分になってしまった。
ほんの数分で排泄介助を終えるが、その場から動けなかった。
――なんで、家族からここまで避けられているのかな……?
そんなことを思う。
家族がもう少し協力的であるならば、難しいことはないのだ。
浩司から『あの家族になんて説明するんだ?』と問いかけられた時、言葉が出てこなかった。
特養に入ってしまえば、「オムツを持って来てくれ」とか「夏祭りの出欠は?」とか、そんなことは言われなくなるだろう。
家族は、それを望んでいる。
長くお世話になった場所で夏祭りに参加して、最後に楽しんでから――なんて、そんな考えは頭にないはずだ。
一刻も早く、入所して欲しいのだろう。
「桐谷さん」
名前を呼び、手を握ってみる。
すると、いつも通り、ぎゅうっと力が返って来る。
「……」
どこを見ているのか、桐谷さんの目は焦点が定まっておらず、口も半開きのような状態だ。
『意識』と呼べるものがどれほど残っているのか、定かではない。
もしかすると、本人にとっても、早く特養に入った方がいいかもしれない。
――けど、本当にこのままお別れで、いいのかな?
浩司は、無理だと言っていた。
現実的に考えれば、確かにそうなのだろう。
そんなことは駿介だって分かっている。
だから反論できなかった。黙って、頷くことしかできなかった。
でも――。
「桐谷さん! 聞こえますか!!」
耳元で、出来る限り、大きな声で呼びかけてみる。
桐谷さんは、これでいいのかと。
あなたには、なにか希望はないのかと。
そう問いかけるように、名前を呼ぶ。
「桐谷さん!」
と、
「……ぁ、ぅ」
本当に微かな、蚊の鳴くような音が、桐谷さんの口からこぼれ出た。
同時に、
「――っ!」
握っていた手に、いつも以上の力が返ってきた。
「桐谷さん!」
もう一度、
「桐谷さん!!」
もう一度、呼びかけてみる。
「…………」
けれど、それっきり、桐谷さんからの反応はなかった。
「……」
なにかを訴えたかったのか、それとも、名前を呼ばれてただ反応したのか。
それは誰にも分からない。
一つ、確かなことは――
桐谷さんは、まだふれあい西家にいて、ここで、息をして、生きているということだ。
ここにいる限りはやはり、なにかしてあげたいと思ってしまう。
特養へ行って、どんな扱いを受けるのか――ふれあい西家にいるよりも、手厚い介護を受けられるかもしれないし、その逆かもしれない。
それは、入所してみないと分からない。
駿介に、知る術もない。
分からないからこそ――
ふれあい西家の御利用者である今ならば、駿介たち介護現場の力で、してあげられることはある。
そう思ってしまうのは、自己満足なのだろうか。
間違っているのだろうか――。




