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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第五章:介護士にできること
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介護士にできることー3

     ◆◇◆



 胸に石ころを詰め込まれたような気分だった。

 浩司に排泄介助へ入るよう指示され、桐谷さんの居室へやって来たのだが……

「どうしてなんでしょうね……」

 桐谷さん本人の顔を見たら、余計に暗い気分になってしまった。

 ほんの数分で排泄介助を終えるが、その場から動けなかった。


 ――なんで、家族からここまで避けられているのかな……?


 そんなことを思う。

 家族がもう少し協力的であるならば、難しいことはないのだ。

 浩司から『あの家族になんて説明するんだ?』と問いかけられた時、言葉が出てこなかった。

 特養に入ってしまえば、「オムツを持って来てくれ」とか「夏祭りの出欠は?」とか、そんなことは言われなくなるだろう。

 家族は、それを望んでいる。

 長くお世話になった場所で夏祭りに参加して、最後に楽しんでから――なんて、そんな考えは頭にないはずだ。

 一刻も早く、入所して欲しいのだろう。

「桐谷さん」

 名前を呼び、手を握ってみる。

 すると、いつも通り、ぎゅうっと力が返って来る。

「……」

 どこを見ているのか、桐谷さんの目は焦点が定まっておらず、口も半開きのような状態だ。

 『意識』と呼べるものがどれほど残っているのか、定かではない。

 もしかすると、本人にとっても、早く特養に入った方がいいかもしれない。


 ――けど、本当にこのままお別れで、いいのかな?


 浩司は、無理だと言っていた。

 現実的に考えれば、確かにそうなのだろう。

 そんなことは駿介だって分かっている。

 だから反論できなかった。黙って、頷くことしかできなかった。

 でも――。


「桐谷さん! 聞こえますか!!」


 耳元で、出来る限り、大きな声で呼びかけてみる。

 桐谷さんは、これでいいのかと。

 あなたには、なにか希望はないのかと。

 そう問いかけるように、名前を呼ぶ。

「桐谷さん!」

 と、


「……ぁ、ぅ」


 本当に微かな、蚊の鳴くような音が、桐谷さんの口からこぼれ出た。

 同時に、

「――っ!」

 握っていた手に、いつも以上の力が返ってきた。

「桐谷さん!」

 もう一度、

「桐谷さん!!」

 もう一度、呼びかけてみる。


「…………」


 けれど、それっきり、桐谷さんからの反応はなかった。

「……」

 なにかを訴えたかったのか、それとも、名前を呼ばれてただ反応したのか。

 それは誰にも分からない。

 一つ、確かなことは――


 桐谷さんは、まだふれあい西家にいて、ここで、息をして、生きているということだ。


 ここにいる限りはやはり、なにかしてあげたいと思ってしまう。

 特養へ行って、どんな扱いを受けるのか――ふれあい西家にいるよりも、手厚い介護を受けられるかもしれないし、その逆かもしれない。

 それは、入所してみないと分からない。

 駿介に、知る術もない。

 分からないからこそ――


 ふれあい西家の御利用者である今ならば、駿介たち介護現場の力で、してあげられることはある。


 そう思ってしまうのは、自己満足なのだろうか。

 間違っているのだろうか――。


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