介護士にできることー2
――ま、こうなるよな。
予想はできていた。
「どうした?」
浩司は足を止め、駿介と向き合う。
お風呂場前に、二人だけが取り残される。
駿介は硬い表情のまま言う。
「なにか、できることはないのでしょうか?」
浩司は、やれやれと息を吐く。
「なにか、って?」
「いえ、その……」
駿介は、口の中でもごもごと喋る。
なにかしなければならない、なにかしたい――そういう気持ちはあるけれど、具体的な案は出てこない。
そんな状態なのだろう。
駿介本人も、妙案が浮かばない自分に苛立っているようだった。
――気持ちは、分からないでもないけどな。
桐谷さんの境遇を考えれば、浩司とて、気持ちが揺れる部分はある。
家族からぞんざいな扱いを受け、長年一緒に過ごしてきた介護士からも、なにもされず『入所が決まったのでさようなら!』となるのだ。
なにか、最後にしてあげたいと思うことは、自然な感情だろう。
それは、十分、理解できる。
胸中ではそう思いつつ、浩司は別のことを言う。
「例えば、夏祭りに参加できるようにする、とかか?」
「あ……そう、そうです! 桐谷さんは、誕生日も近いですし、最後に、どうにかして参加してもらうとか――」
「無理だよ」
早口でしゃべり始めた駿介を一蹴する。
駿介には悪いが、無理なものは無理なのだ。
「夏祭りの案内状は、既に外部にも配っているし、その日程に合わせて準備も進めているだろ? 今更、夏祭りの日程をずらすことはできないよ」
「じゃあ、桐谷さんの入所日の方をずらすとか――」
「それは、俺らの仕事じゃないだろ。それに、確定したっていうことは、家族も了承したってことだよ。あの家族に、なんて説明するんだ?」
「それは……っ!」
駿介から、キツイ視線を浴びせられる。
この人はまた、正論ばかり並べて、頷いてくれない――とでも思われているだろうか。
「……」
浩司は、駿介から視線を外す。
駿介の気持ちに、間違いはない。
けれど、不可能なのだ。
もしも、夏祭りの日程自体をずらすとなれば、和田管理者の協力も得て、外部へ連絡をしなければならない。既に出欠を取っている御利用者や、ご家族への連絡も同様だ。
夏祭りまで、一ヶ月どころか二週間もない状況で、そんなことは行えないだろう。
また、入所日を変更するという案についても、それは、ケアマネージャーの仕事で、介護士の仕事ではない。
百歩譲って、大原を説得できたとしても、大原だけを説得すれば良いわけではない。入所する予定となっている特養側の都合もあるだろう。それに合わせて準備を進めているはずだ。迷惑をかけることになる。
家族からの了解も得た上で決まった日程を、介護現場からの提案で無理やりずらすなんて、聞いたことがない。
「通常業務に戻るぞ」
浩司は、その場を離れる。
できない言い訳をしているわけでも、正論だけを並べているわけでもない。
事実として、多方面に迷惑がかかるのだ。
駿介の気持ちを否定するわけではないけれど、先輩職員としてはどうしても、頷くことはできないのだ。
「……分かりました」
駿介は、渋々ながらという様子だったが、一応、浩司に従ってくれた。
「排泄介助、お願いできるか?」
浩司の指示にも、「はい」としっかり返事をして、業務へ向かって行く。
「……仕方ないんだよ」
肩を落とす後輩の背中へ向けて、浩司はそう呟いた。




