お盆と家族ー3
◆◇◆
八月十四日。
お盆真っ只中である。
蝉の鳴き声が室内にまで響き、暑さを倍増させる。
気持ちの良い晴天と言うべきか、恨めしいまでの青空と言うべきか、ここのところ、雲一つない天気が続いていた。
ふれあい西家の職員は、八月中旬から順番に、お盆休みを取る決まりになっている。昨日より和田管理者や大原、浩司が連休へ入っていた。
新人である駿介は、先輩職員が取り終えたあと、連休へ入る予定となっていた。
――ま、お盆休みとは名ばかりの、三日間だけの連休だしなー。
テレビに映る帰省ラッシュの映像を見て、思う。
普通、お盆休みと言えば最低でも四、五日は休みがありそうなものだが、介護職員はそうもいかない。
事業所内は、お盆でも関係なく、平常通りの光景が広がっている。
「桐谷さんの排泄介助に入ってもらっていいか?」
古俣さんの相手をしていた川瀬主任から、指示が入る。
古俣さんはお盆でも関係なく、「お願いします~~~」と声を張り上げていた。
「分かりました!」
駿介は、古俣さんに負けない大きな声で返事をし、桐谷さんがいる居室へと向かう。
就職してから六ヶ月弱が経過し、排泄介助にも随分慣れて来た。
排泄介助用の手袋や、専用のお尻拭きが入ったカゴを持ち、「桐谷さん、失礼します」と入室する。
桐谷さんは壁際に設置されているベッドで横になっていたが、
「……」
こちらも相変わらずと言うべきか、返答がない。
目は開いており、寝ているわけではないようだったが、どこを見つめているのか、なにを考えているのか、まるで分からなかった。
「桐谷さん!」
ベッド脇まで近づき、耳元で名前を呼ぶ。
「……」
僅かに眼球が動き、駿介の姿を捉えた――ように見える。
駿介はオムツ交換に来たことを伝え、床に新聞紙を広げる。
それから、新しいオムツやパットを用意するため、押し入れの中へ首を突っ込み――
「あ、そっか……」
気付く。
新しいオムツがない。
何日か前に浩司が連絡を入れたはずなのだが、音沙汰がないのだ。
浩司曰く、電話口では「分かりました」ときちんと返事があったとのこと。
駿介も、浩司が電話している際、「あと少しでなくなるので」と念を押しているのを耳にしている。
それでも、持ってくる気配がないのだ。
――一体、どういう家族なんだ……。
駿介が祖母の介護をしていた時は、電話を受けたその日か、翌日には、必要なものを届けていた。
一日二日であれば、なにか予定があったのだろうと考えることもできるが、電話をしてから一週間程が経過している。
いくらなんでも、遅すぎる。
難しいことをお願いしているわけではないのだ。
オムツを買って来てくれと頼んでいるだけだ。
なにがそんなに大変なのか、理解できなかった。
「……」
駿介は一度、居室を出て、川瀬主任に指示を仰ぎにいく。
「桐谷さんのオム、ツまだ届いてないですよね? どうしますか?」
「え? あ、そっか。そうだったな……」
未だ、古俣さんと格闘していた川瀬主任は、しばらく考え込む。
ここまで、残り五枚となったオムツを汚さないよう、なんとか手を打ってきたが、限界だった。
「仕方ないから、事業所のオムツをカウントしていてくれ」
うーん、と唸ってから、川瀬主任はそう言った。
カウント――事業所が常備しているオムツを使用し、あとで、家族が新しいオムツを持参した時に、そこから使用した分だけもらう、という対応だ。
まさかオムツをしないわけにもいかないし、それしか方法はないだろう。
「分かりました」
駿介は了解し、事業所の倉庫へと向かう。
事業所には、緊急時の備えとして、オムツや紙パンツ、パット等が常備されている。
災害時や、なんらかの理由で家族が持参できない時のため、保管してある『非常用』のものだ。
――使いどころがおかしいよな。
駿介はオムツを数枚、引っ張り出し、桐谷さんの居室へ戻る。
「お待たせしました!」
駿介は桐谷さんの耳元でそう言ってから、オムツ交換へと入る。
駿介が汚れたパットやオムツを交換しても、陰部やお尻を拭いても、桐谷さんはぼうっとした表情のまま、反応を示さなかった。




