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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第三章:見つめる先
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見つめる先ー11

「――なので」

「ストップ。ちょっと待って。先に注文させて」

 浩司は、冴香の言葉に被せて会話をストップさせた。

 意識したわけではなかったが、少しだけ、語気が強くなってしまった。

「え? あっ! すみません……」

 冴香は慌てた様子で謝ってくる。

 話しを止めた浩司の口調が強かったせいだろう。

「……」

「……」

 なんだか、微妙な空気が流れてしまう。

 注文を取りに来たウェイトレスさんも、二人の様子を見て、訝し気な表情を浮かべていた。

「……それで、夏祭りの話だっけ?」

「あ、はい」

 浩司は自分から話題を振り、会話を進める。

 駿介のことは、一度、頭から忘れることにした。

 冴香に変な気を遣わせたくなかったし、気にしていても仕方がない。

 そもそも、どうして気に食わないと感じたのか、浩司にもよく分からなかった。

「とりあえず、素案を作って、川瀬主任に出さないとだよな」

「そうですね。細かい調整はあとでするとして、大枠だけでも決めておかないと、先に進みませんよね」

 運ばれてきたブラックコーヒーを片手に、二人で夏祭りについて話し合う。

 駿介のことも気になるが、目下、一番大切な議題はこっちだ。

 業務時間外に話し合うことはあまりしたくなかったが、そうも言っていられない。


 とにかく、時間が限られているのだ。


 シフト勤務の辛いところである。

 行事の起案を任された際、共に動くべき職員と会う機会がなく、なかなか話が進まないことはよくあるのだ。

 事実、八月の勤務表を確認すると、出勤予定の二十日間のうち、冴香と会うことができるのは、半分の十日間しかない。

 まだ一ヶ月ある、などと考えていると、痛い目に合うのだ。

「――じゃあ、今日はそんなところか」

「そうですね」

 快適な空間で、邪魔も入らないとなれば、スムーズに話し合うことができる。

 浩司がコーヒーを飲み終わる頃には、ある程度まとまっていた。

 それぞれ話し合ったことを忘れないよう、メモを取り、その後、解散の流れとなる。

「駿介には、俺から伝えておくよ」

「お願いします」

 もう一人の起案者である駿介には、浩司から伝えることとする。

 今日、二人で決めたのは、大枠の日程や段取りまでだ。

 ここからさらに、当日の詳しい流れ――タイムスケジュール――や職員配置、来賓と御利用者の席順、その他、食事の内容や排泄介助のタイミング、送迎業務の段取りなど、様々なことを決めていかなければならない。

 新人である駿介にも、加わってもらうことになる。

 本格的な準備は、ここからが本番である。

「ごちそうさまでした」

「ありがとうございました」

 会計を済ませ、二人は店を出る。

「暑いな」

「ですね~」

 ドアを開けた瞬間、熱風に出迎えられる。

 相変わらずの灼熱地獄だった。

 ほんの数十分程度では、お天道様の機嫌は変わらないようだ。

「それじゃ、お疲れ様でした」

 浩司はそう言って、自身の車へ向かうべく、歩き出す。

 一刻も早く車に乗り込み、冷房を付けたかった。


「あの!」


 と、普段なら、「お疲れ様でした」と声が聞こえる場面で、別の声が飛んで来た。

 足を止めて振り返ると、なにやら、冴香が深刻そうな顔をしている。

 まだ話し合うべきことがあっただろうかと首を傾げると、彼女はこんなことを言った。



「護人さんに、彩峰さんが今年度で辞めること、伝えましたか?」



「あー……」

「まだ、伝えてないんですね?」

「……」

 無言で肯定する。

 これまでも何度か、同じことを聞かれていた。

 冴香からすれば、心配なのだろう。


 就職一年目の新人にとって、指導担当の存在は大きい。


 良いにしろ、悪いにしろ、その後の人生に大きな影響を与えると言っても良い。

 社会人としてのマナーや、職場での振る舞い方、業務に関わる技術面の指導はもちろんのこと、仕事に対する考え方にも影響があるだろう。

 それほどの相手が、一年目の終わりに姿を消すとなれば……ある程度の配慮が必要となって来る。

 冴香が気にかけるのも、理解できる。

「今すぐに伝えろとは言いませんけど、頭には入れておいてくださいね」

「……分かってるよ」

 言いつつ、思わず視線を逸らしてしまう。

 正直、まだ駿介に話すつもりがないからだ。


 ――きちんと決まったら、話すよ。


 心の内で、そう言っておく。

 介護職から離れると心に決めたものの、未だ、再就職先が確定していないのだ。

 だからと言って話さない理由にはならないのだが――なんとなく、先輩という立場上、就職先がきちんと決まってから話したかった。

 なんて、考えているのが顔に出てしまったのか。


「私は、直前になるより、早めの方が良いと思いますよ」


 冴香に念を押される。

 浩司は、投げやりになりつつも、素直に「分かった」と頷く。

 いつか、伝えなければならないことは事実なのだ。

 後輩からのありがたいアドバイスを無下にするほど、浩司もテキトーに生きているわけではない。

「……っ」

 それでもなお、冴香はなにか言いたげな視線を向けて来たが、やがて諦めたのか、「お疲れ様でした」と言い残し、自分の車へと歩いていく。


 ――珍しい、よな……?


 そんな彼女の後ろ姿を見て、思う。

 冴香は普段から、人のことをよく観察している。

 なにを言えば不快に思われるのか、どこまでならふざけて良いのか、そういった『空気を読む力』に長けている。

 その彼女が、浩司と駿介の間柄に対して、ここまで口を挟んで来たのだ。

 かなり、珍しいことだと言えた。


 ――なんだろうな?


 とはいえ。

 気付いたところで心が読めるわけではない。

 単に心配しているだけなのか、それとも、他に理由があるのか。

 考えたところで、分かるはずもない。

「帰るか」

 浩司は踵を返し、自分の車へと向かう。

 そろそろ、暑さに耐えるのも限界だった。




 エンジンを点ける頃には、抱いた疑問は汗とともに流れ落ちていた。


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