見つめる先ー10
◆◇◆
ひんやりとした空気が肌に触れる。
「涼しいな」
店内は、冷房の効いた心地良い空間となっていた。
ふれあい西家から車で十分。
いつものカフェである。
「えーっと……?」
浩司はぐるりと店内を見回す。
濃い茶色を主体とした内装と、オレンジ色の電球が、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
避暑地を探しに来たのか、今日は普段以上に人が多かったが、店の雰囲気もあってか、騒々しくはない。
のんびりとした優しい空気が充満していた。
「あ、いた」
浩司はお目当ての人物を発見し、テーブルへと向かう。
一番奥の壁際の席だった。
「悪い、待たせた」
「いえいえ。お疲れ様です」
にこりと笑う彼女は、浩司の一つ下の後輩、硯冴香だ。
今日も今日とて、ポニーテールが元気よく揺れていた。
「古俣さん、落ち着きましたか?」
「落ち着いてはいないな。駿介が相手していたよ」
腰をかけつつ、そんな会話をする。
冴香は「あー」と頷く。
そして、こんなことを尋ねて来るのだった。
「護人さんの方は、落ち着いていましたか?」
「……」
浩司は一瞬考え、
「一応、な」
そう返す。
――気になるよな。
冴香の心中を察する。
一ヶ月ほど前、駿介は、ある一人の御利用者に注意が偏り、警察や周辺住民をも巻き込む大騒動を起こしている。
その時、最も近くにいたのが彼女なのだ。
御利用者に関心が向くのは決して悪いことではないが、駿介の場合、極端なのだ。
指導担当を任されている浩司にとっても、懸念事項の一つだった。
「さっきも注意して見ていたけど、古俣さんだけに集中している感じはなかったし、大丈夫だと思うよ」
「そうですか……」
「田島さんも、アドバイスしたらしいし、な」
浩司がそう言うと、冴香は「田島さんが?」とびっくりしたような表情を作る。
それから、
「だったら、大丈夫ですね」
と、ようやく安堵の息を吐く。
自身の目の前にあった、ふわふわのカプチーノを口にして、顔をほころばせた。
「……」
その様子を見て、浩司は複雑な気分になる。
田島に対する信頼度は、かなり高い。
普段は『マイペースおばさん』なんて、皆で冗談交じりに言い合っているけれど、実際、田島の『介護に対する真剣度』は職員内でも一、二を争う。
それこそ、川瀬主任と比べても遜色ないレベルなのだ。
仕事の早い遅いはともかくとして、『御利用者へ寄り添う姿勢』に関しては、群を抜いている。
田島は、誰よりも御利用者の気持ちを考え、誰よりも御利用者の立場に寄り添っている。
だから、決して事故を起こさないし、ご家族や職員からも慕われているのだ。
その田島が、アドバイスをした。
良い方向に進むと思うのが自然だ。
面倒くさがりで、今年度いっぱいで辞めると宣言している浩司が、「アドバイスをした」などと言うよりも、余程、安心できるだろう。
それは、分かるのだが……。
「そう言えば彩峰さん、夏祭りの件ですけど――」
冴香は、もう別の話題に切り替えようとする。
もう駿介の『しゅ』の字も出てこない。
完全に安心したようだった。
――………………。
なんとなく、面白くない。
浩司が、どれほど安心できるよう言葉を重ねても、こうはならない気がした。
――別に、いいけどな。
冴香が悪いわけでも、田島が悪いわけでもない。
強いて言うなら、浩司自身が悪い。
日頃の行いの差だろう。




