見つめる先ー8
「……」
駿介は、その笑顔を呆けたように見つめてしまった。
たかが数分、されど数分。
ほんの少し、言葉を交わしただけだったが、田島への印象ががらりと変わった。
――この人、ちゃんと考えてるんだ……。
失礼ながら、普段の勤務態度から、田島のことを単なる『マイペースな先輩』としてしか見ていなかった。
しかし、現実は逆。どころか、ひょっとすると、介護に関して、遥か高みに位置する人かもしれなかった。
目線を合わせるだとか、言葉遣いに気を付けるだとか、特定の言葉を言わない方がいいとか、具体的な指導は一切ない。
それでも、田島の回答は、駿介の深いところに突き刺さった。
これまで駿介は、『正解』を探し続けていた。
なにが正しいのか、どんなコミュニケーションが良いのか、食事介助の正しい方法はなにか、排泄介助はどうか、無駄な時間をどうやって省いたら良いか、事故が起こった時は……。
そんなことばかりを思い悩んでいた。
浩司は、それに応えてくれていた、と思う。
その都度、浩司なりのアドバイスをくれていたし、それを受けて、駿介も少しずつ、成長できていた実感がある。
『正しいやり方』というものはあるだろうし、『してはいけないこと』もある。
じゃあ、『それだけ』で良いのか?
それが、介護士の理想の姿なのか?
駿介が憧れた介護士、柚希は、いつも祖母へ『寄り添って』いた。
決して、『正しいやり方が○○だから、ここは○○しなくてはならない』なんて、そんなことは口にしていなかった。
――そう言えば……。
いつだったか、川瀬主任からも『介護という仕事に正解はない』と言われたことがある。
あの時とは悩んでいることが違うし、川瀬主任は田島と全く同じことを言っていたわけでもない。
でも共通して、『正解がない』と言っていることだけは分かる。
おそらく、浩司や冴香より、さらに上を歩いている人たちにとって、それは共通認識なのだろう。
――……そうか、だから、か。
再び、浩司が口にしていたコトを思い出す。
田島は、駿介の理想に近い、と。
まだ、心から「その通りだ!」とは思えないものの、少しだけ、理解できた気がする。
田島は決して『マイペースなだけ』ではないのだ。
「あ、お菓子食べる?」
と、田島がテーブルの脇に置いてあったお菓子を差し出してくる。
ご家族や、関係各所からいただいた差し入れの品だ。
差し出されたのは、クッキーにチョコレートが乗った、スーパーなどでもよく見かけるものだ。
「いただきます」
「どうぞ」
駿介が受け取ると、田島は嬉しそうに、にこっと笑う。
近所に住んでいる気の良いおばちゃん、といった雰囲気である。
「これ、わたし大好きなの」
「美味しいですよね」
口の中へ入れると、クッキーのサクサク感と、チョコレートの程よい甘みが広がった。
なんとも、満たされた気分になる。
「まだ若いんだから、頑張ってね」
田島はそう言って――
「んごっふっ!」
盛大にむせ込み、顔を赤くした。
数秒で涙目になる。
「大丈夫ですか!?」
駿介は慌てて、水を汲みに立ち上がる。
田島は「大丈夫!」と言いながらも、駿介から受け取った水をごくごくと飲み、
「んんっ! んんっ!」
それでも収まらず、しばらくむせ込んでいた。
「……あはは」
その様子を見て、駿介は笑ってしまう。
きっと、こういう飾らない部分も、田島が好かれている理由の一つなのだろう。




