見つめる先ー6
「――ということなのですが、どう思いますか?」
「なるほどね~」
田島は真剣に、駿介の話を聞いてくれた。
うんうんと何度も頷き、そうよね、大変よね、と理解を示してくれる。
その上で、田島はこんなことを言った。
「うーん……。どう対応するべきなのかしらね~」
そして、箸でレタスをつまみ、咀嚼する。
「……」
シャキシャキと良い音がした。
実に美味しそうな音である。
――……え? 終わり?
田島は頷くだけ頷いて、それ以上、何も言わなかった。
いやいやいや、と駿介は戸惑う。
川瀬主任にしろ、浩司にしろ、こんなことはなかった。
なにか相談した時は――それが納得できるかどうかは別として――最低限、先輩職員としての意見やアドバイスをくれていた。
何事もなかったかのように、レタスを食べ始めるなんて、そんな態度はアリなのだろうか。
――この人が、理想……?
疑念が深まる。
駿介が理想とする介護士像は、少なくとも、目の前にいるこの人ではないように思う。
後輩が「悩んでいる」と言っている時、相づちだけ打って、それで終わりなんて、そんな『理想』はあり得ない。
一体どういう――
「結局、人間関係だからね」
「え?」
唐突に、田島は言葉を紡いだ。
かと思うと、今度はトマトをパクリ。
もぐもぐとゆっくり咀嚼し、ごくりと飲み込む。
それから、また喋り出す。
「護人君は、御利用者と職員の関係って、どういう関係だと思っているの?」
「関係、ですか?」
「そう。よく、接客業なんかでは『お客様は神様』みたいに話されることがあるでしょ? じゃあ、御利用者と介護士の関係って、どういうものだと思う?」
喋り終わると、田島はまた、箸を動かす。
「……」
知ってはいたが、想像以上にマイペースな人だった。
ひょっとして、答えようとはしていたが、口の中にモノを入れてしまったから喋ることができなかった、ということなのだろうか。
――よく分からん人だな……。
そんな感想を抱きつつ。
質問されたことを考えてみる。
お客様は神様。
それは確かに、よく聞く言葉だ。
でも、それにしたって、実際のところは少し意味合いが違うだろう。神様だからといって、客側が無茶な要求をして良いわけではない。
接客をする側の考え方の一つとして、そうした言葉が生まれたのではないだろうか。
それと同じように――
御利用者と、介護士の関係はどうだろうか……?
対等、ではないだろう。
少なくとも、介護士側はお金をもらっているわけで、それに見合う働き、支援をする義務がある。
また、それとは別に、御利用者全員が『年上』ということもある。
これは明確に、他の職種と違う部分である。
高齢者施設における介護現場では、職員よりも年下の御利用者は、限りなくゼロに近い。
自分より年齢を重ねている人に対して、間違っても『対等』などとは思わないだろう。
基本的な介護姿勢として、御利用者へ敬意を持って接するように、というのは一般常識だ。
つまり――
「わたしの考えだけどね」
と、駿介が答えを出す前に、田島は自分の考えを話し始める。
本当に、マイペースな人である。
「わたしは、そこにどんな立場があろうと、『人間関係』だということに変わりはないと思っているの」
「人間関係、ですか?」
「そうよ。わたしと護人君は、職場の先輩後輩かもしれないけれど、大きく捉えれば、『人間関係』でしょ? 介護士と御利用者も、それと一緒だと思っているのよ」
随分、ざっくりとした考え方だった。
そんなことを言ってしまえば、誰と誰を繋げたとしても、『人間関係』だと言えるのではないだろうか。
なにが言いたいのか。
「古俣さんの話だけどね」
「はい」
「もし、古俣さんの前に立つのが、わたしたち介護士じゃなくて、サングラスをかけて無精髭を生やした、モヒカン頭の巨漢だったら、古俣さんは同じように『お願いします~』って言うと思う?」
「…………いえ」
一瞬想像し、返答する。
というか、そんな人が相手だったら、古俣さんでなくても躊躇するだろう。
駿介だって、そんな人に甘えたいとは思わないし、そもそも、話しかけることすらしないだろう。
「だから、『そういうこと』なのよ」




